第四章 過去の邂逅3/11
ササがティムに指摘したように、三人はこの七日間、謹慎命令を受けて施設から出られずにいた。それはこの地上世界を訪れた初日に、三人が起こしたトラブル――複数の店舗に多大な損害を与えたという――に対して、ルーラが下した処罰だ。正直それを彼らが守るとも思えなかったが、クリステルの監視もあり、どうやら素直に従っていたらしい。
因みに子供たちには、カイたちが神聖樹を探していることは伝えているが、地上世界を消滅させることで、クリステルたちもまた消滅してしまうことは伝えていない。それを知っていれば、子供たちもこれほど無邪気に喜びを見せることはなかっただろう。
きゃいきゃいと騒ぐ子供たちから視線を逸らして、立ち尽くしているルーラを見やる。不満げに黒い瞳を細めている彼女に、カイは適当に手をハラハラと振ってやった。
「こいつらは目ざといところもあるし、子供の視点ってのも馬鹿にできない。だがこいつらだけで街をうろつかせるわけにも、いかねえだろ? だからルーラ、こいつらが無茶をやらかさねえように、お前がこいつらをしっかりと見張っていてくれ」
「……なるほど……見張りね……」
深々と嘆息するルーラ。彼女のその呆れたような反応に、カイはニヤリと唇を曲げる。
この三人と一緒に調査に向かうなど、ともすればルーラの疲労をより深くすることにもなりかねない。だがそばに子供たちがいれば、彼女も無理をすることはできないだろう。自分が万が一にも倒れてしまえば、子供たちを守る人間がいなくなるのだから。
つまりルーラと三人の子供たちは、互いに互いを見張る関係にあるといえる。
そのカイの浅はかな考えは、ルーラも気付いているのだろう。だが調査の効率を考えると、こちらの提案を拒絶することもできないはずだ。大きな溜息を吐いたルーラが、渋々ながらに席に腰を下ろす。そしてコーヒーカップを手に取り、その縁に唇をつけた。
ルーラのその様子に、カイは心内で安堵の息を吐く。まだ不安は残るが、とりあえずルーラについては、最低限の手を打っておいた。あと残る問題は――
「……マリエッタ。お前もそう言うことで構わねえだろ?」
「――え?」
唐突に話し掛けられたためか、カイの対面に座っていた金髪の女性――マリエッタ・ヴァルトエックが驚いたように、ポカンと目を丸くした。目の前に置かれたコーヒーカップに一切手を付けていない彼女に、カイは「だから……」と改めて口を開く。
「子供たちの謹慎を解く話だ。一番の被害者であるお前も、それを認めてくれねえか?」
「子供たちの謹慎……ああ……そうですね。構わないのではありませんか?」
マリエッタはそう上の空で答えると、すぐに視線を俯けて口を閉ざした。今朝起きてから、彼女はずっとこの調子だ。どうにも覇気がなく、何か思い悩んでいるようである。
(いや……マリエッタのこの態度は、何も今朝に始まったことでもねえか)
地上世界を訪れてから七日間。マリエッタは少しずつその口数を減らし、その表情を沈めていった。特に体調が優れないということではなさそうだが、神聖樹に奪われた土地を取り返すと、鼻息を荒くしていた頃の彼女とは、別人のようにしおらしくしている。
カイは首を傾げつつ、ぼんやりと顔を俯けているマリエッタに、躊躇いがちに尋ねる。
「……なあ、マリエッタ。もしも連日の調査で疲れているなら、一日ぐらいは休息を取っても構わねえんだぞ? こんな手探りの調査なんぞ、ただでさえ疲れるんだからよ」
「え……あ……いいえ。皆さんが努力されている時に、私だけが休むわけには参りません。確かに疲労はしていますが……まだ問題ありません。心遣い感謝いたします」
マリエッタが俯けていた顔を上げて、その表情に微笑みを浮かべる。だがやはり、その笑顔にはまるで力が感じられず、すぐにひび割れてしまいそうな儚いものであった。
神聖樹に奪われた土地を取り戻す。その計画の発案者はマリエッタだ。ゆえに彼女は、いつまでも進展のないこの状況に、誰よりも強い苛立ちと焦りを覚えており、このような奇妙な態度を取っているのかも知れない。
確かにそれも考えられる。だが仮にそうならば、マリエッタはその苛立ちを隠すことなく、素直に表現するだろう。まだ付き合いこそ短いが、これまで無神経なまでに自身の感情を示してきた彼女が、ここにきてその感情を隠そうとする意味はないように思える。
地上世界で過ごした七日間。この期間で、マリエッタにどのような心境の変化があったのか。それは、柔らかく細められた彼女の金色の瞳を注意深く見据えたところで、理解できそうにはなかった。彼女の真意を探ることを諦めて、カイは小さく息を吐く。
するとここでふと、マリエッタの金色の瞳が横に移動した。彼女の視線の先には、顔を俯けた黒髪ボブカットの少女――メラニー・バーゼルトが座っている。
肩をすぼめるメラニーに、怪訝に首を傾げたマリエッタが、優しい声音で尋ねる。
「……どうしたのですか、メラニー? 落ち込んでいるように思えますが?」
マリエッタにそう尋ねられて、メラニーがもじもじと肩を揺らし、小さな声で呟く。
「う……うん……今日はみんな出掛けちゃうから……ちょっと寂しいなって……」
メラニーのこの言葉に、マリエッタが金色の瞳を僅かに見開いた。
メラニーはこの七日間、謹慎処分を受けていたティムとリリー、ササの三人と一緒に、施設で遊ぶことが多かった。だがその三人が今日はカイたちの調査に加わるということで、夕食までの間、施設に残される子供が彼女一人だけとなってしまう。
もちろん施設には、メラニーの他にクリステルもいる。だが家事に忙しいクリステルが、メラニーに構ってやれる時間など、それほど多くないのだろう。
メラニーはこの孤児院で六年間、クリステルと二人きりで暮らしてきた。ゆえにクリステルの手が離せない時は、少女は一人で時間を過ごしてきたはずだ。その意味では、この状況は少女にとって、特別なものではないのかも知れない。だがティムやリリー、ササと過ごした七日間があるだけに、その慣れていたはずの環境に、寂しさを感じたのだろう。
顔を俯けているメラニーを、マリエッタが金色の瞳で見つめている。寂しそうに肩を落としているその少女を、マリエッタがどのような想いで見つめているのか。
それは彼女の金色の瞳に瞬く温かな光を見れば、容易に知ることができた。
マリエッタがカイに振り返り、申し訳なさそうに眉尻を落とした。
「あの……休みはいらないと豪語した後で申し上げ難いのですが……やはり午前中だけ休息する時間を頂けませんか? 午後からは休んだ分も含めて、調査をいたしますので」
マリエッタの唐突な申し出に、メラニーがきょとんと目を瞬かせる。こちらを真正面から見据えるマリエッタの金色の瞳。それをしばらく見つめ返して、カイは苦笑を浮かべた。マリエッタの金色の瞳から視線を逸らして、目を丸くしているメラニーを見やる。
「……だそうだ。悪いんだけどよメラニー、疲れてるマリエッタの介護を頼むな」
「――うん!」
ぱあと表情を華やがせて、メラニーが力強く頷く。カイの言葉に、「介護とは……私は老人ですか?」と眉をひそめるマリエッタ。だがすぐにその不満げな表情を微笑みに変えて、隣ではしゃいでいる少女の頭に、彼女が優しく手のひらを乗せた。
それを微笑ましく思いながらも、気疲れから大きな溜息を吐くカイ。するとそのカイの背後にクリステルがそっと近寄り、彼にだけ聞こえる小さな声で、こう囁いた。
「やるじゃないカイ君。さすが今の孤児院を支えてくれている、年長者さんね」
「……からかうな、クリス姉さん」
またも大きな溜息を吐いて、カイはクリステルに苦笑を向ける。
「俺はいつも失敗してばかりだ。クリス姉さんのようにはいかねえよ……」




