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地中の森  作者: 管澤捻
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第一章 怪盗ハロウィンズ2/9


======================



 時刻は昼の二時。四方を岩石に囲われた地下世界において、昼夜の違いなどないに等しい。それでも昔からの慣習により、多くの人が昼に活動して、夜には睡眠をとる。ゆえに身を潜めて行動するのならば、人が眠りにつく夜が望ましいのだろう。


 だがティムはあえて昼間の時間帯を選択して行動する。それが非効率であることは理解していた。だが彼は自身の信念を優先している。その信念とは――


(折角こんな格好をしているのに、誰にも見てもらえないなんて寂しいじゃないか!)


 自身のドラキュラ伯爵の扮装――ではなく最終形態――を意識して、ティムはそう心内で呟いた。誰にも見られないコスプレ――ではなく真の姿――ほど寂しいものはない。


 そもそも怪盗と泥棒は別物だ。少なくともティムはそう考えている。怪しいという単語がその言葉に使われている以上、その存在は他者に目撃されることを前提としているはずだ。怪盗を名乗るのならば、損得にかかわらず、その姿を公然と晒さねばならない。


 そういうわけで、ティムは屋敷を警備していた門番の前に、堂々と姿を現した。


「ふははは! 恐れ慄け! 慌てふためけ! 我こそは怪盗ハロウィンズだ!」


「トリック・オア・トリートだよ! お菓子(たから)をくれないと悪戯(あばれ)ちゃうんだよ!」


「……どうも」


 ティムに続いて、リリーとササがそれぞれ決め台詞――ササのは少々淡白だが――を高らかに言う。ティムは特に意味もなく頭上を指差したまま、華麗な登場を決めた怪盗ハロウィンズに、門番が恐れ慄き、慌てふためくのをしばし待った。だが――


 門番はぽかんと目を丸くするだけで、特に慄く様子もふためく様子もない。


 意外な門番のその反応に、怪訝に眉をひそめるティムとリリー。中年男性の門番が、こちらの恰好をじろじろと不思議そうに眺めた後に、躊躇いがちに口を開く。


「……あっと……ん? 君たちは一体何をしているんだ?」


 緊張感の欠片もない門番の問いに、ティムは深々と落胆の溜息を吐いた。


「ぬ……何だ貴様。俺たちの話を聞いていなかったのか? 仕方ない。やり直しだ」


 リリーとササに手振りで合図を送り、先程まで隠れていた路地に戻る。そして二呼吸ほどの間を空けた後、再び路地から素早く駆け出して、門番の前に立ち止まった。


「ふははは! 恐れ慄け! 慌てふためけ! 我こそは怪盗ハロウィンズだ!」


「トリック・オア・トリートだよ! お菓子(たから)をくれないと悪戯(あばれ)ちゃうんだよ!」


「……ホントすみません」


 ササの台詞が先程と異なることが若干気になるも、今度こそこちらの意図が伝わったものと、ティムは門番が慄きふためくのをしばし待った。だがやはり、門番はただ目を丸くするだけで、こちらが期待している反応を返す気配はない。


 ティムは顔をしかめると、きょとんと目を瞬く門番に、不満げに尋ねる。


「なぜ狂乱しない? 恥ずかしがらずに、眼孔から眼球を噴出しても良いのだぞ?」


「もしかしてこの人、ハロウィンズのファンなんじゃない? だから緊張してるんだよ」


 リリーの鋭い推測――なぜかササが頭を振るも――に、ティムはポンと手を打つ。


「そういうことか。ならばサインをくれてやるゆえ、服をめくって腹を出すがいい。カッターナイフで一生消えないサインを刻んでやるぞ。どうだ? 嬉しかろう」


「いや……ハロウィンズ……ってなんだ?」


 カッターナイフを取り出そうと懐に手を入れたところで、ティムは顔をしかめる。


「今まさか……怪盗ハロウィンズを知らないとか、そんな陽気なことを言ったのか?」


「陽気ではないが……そう言ったんだが?」


 思いがけない門番のその言葉に、ティムは「何ということだ」と大きく肩を落とした。


「さては貴様、コミュ障をこじらせるあまり、常に目と耳を塞いで生活しているな?」


「そんな奇特な生活などしていないぞ。えっと……ハロウィンズって有名なのか?」


「もちろん有名なんだよ。最近だと井戸端会議で噂にもなるって……噂で聞いたんだよ」


「なんか有名そうじゃないなあ……」


 顔をしかめる門番に、再び落胆の溜息を吐くティム。怪盗の最も輝く場面であるはずの登場シーンがこんな肩透かしでは、やる気が削がれるというものだ。もっとも――


(だから止めようなどとはならないがな)


 懐から手を取りだすティム。少年のその手には、カッターナイフではなく、直径十センチほどの黒い球が握られていた。怪訝に首を傾げる門番。疑問符を浮かべている彼を無視して、ティムとリリーはそれぞれポケットからサングラスを取り出し、装着する。


「……それは――」


 門番が口を開いたところで、ティムはその黒い球を地面に叩きつける。直後――


 眩い光が弾けて周囲を白く塗り潰した。


「――ぎゃあああああ!」


 門番が目を手のひらで押さえて倒れ込んだ。あまりにも強烈な光は、対象の視界を奪うだけでなく、その意識さえも刈り取る。この閃光弾にそこまでの効果は望めないが、対象を行動不能に陥らせる程度のことは可能だ。


 苦悶して地面を転げまわる門番。それを横切り、ティムは屋敷の庭園へと侵入した。


「ふははは! 恐れ慄け! 慌てふためけ! 我こそは怪盗ハロウィンズだ!」


「トリック・オア・トリートだよ! お菓子(たから)をくれないと悪戯(あばれ)ちゃうんだよ!」


「……その台詞はもういいんじゃない?」


 サングラスを投げ捨てながら叫ぶティムとリリーに、ササが溜息まじりに呟く。


 広い庭園を横断して屋敷の玄関へと近づいていく、奇抜な衣装を身に着けた怪盗ハロウィンズ。視線の先にある重厚な玄関扉を見据えて、巨大なリュックサックを背負ったササが、頭部に被ったカボチャの奥から、期待と不安の入り混じった声をこぼす。


「それで……あの玄関はどう開けるつもり? 考えがあるって言っていたけど?」


「うむ! この俺の超必殺技、ローリングタイフーンでぶち開けてやるぞ!」


「うわあ! 必殺技があるなんて、ティムってばすごいんだよ!」


 マウスピースの牙をキラリと輝かせるティムに、頭の三角耳をピコピコと上機嫌に動かすリリー。だがその二人に対し、なぜかササだけがカボチャの奥から不満を滲ませる。


「ええ……ティムの名案ってそれのこと? ちょっと強引過ぎやしないかな?」


「怪盗ハロウィンズの登場だ! 派手であればあるほど箔がつくというものだ!」


「……まあ開けば何でもいいけど、それってどういう必殺技なの?」


「ド派手な蹴り技だ! よく見ていろ! これぞ一子相伝! ローリ――ぎゃあああ!」


 玄関前の階段に足を引っかけ、ティムは駆ける勢いそのままに地面を転がり、玄関扉に激突した。ボーリングのピンが弾けるように、玄関扉が屋敷の内側に弾けて飛ぶ。


 ぐったりと倒れ込むティムに、扉の外れた玄関口を抜けて、リリーとササが駆け寄る。


「ねえティム……今の必殺技って蹴り技というより、体当たりに見えたんだよ?」


「ふ……ふふ……リリー……俺の必殺技は常に進化し……リニューアルしているのだ」


「……そうだね。僕もそう思うよ」


 自身の失敗を上手く誤魔化して――ササがやけに棒読みだったが――、ティムは「ふんぬ」と勢いよく立ち上がった。そして目の前のロビーをズビシと指差して、声を上げる。


「ふはは! ついに怪盗ハロウィンズの侵入を許してしまったな! もはや屋敷の財宝は我らの手に落ちたも当然! ゆえに面倒を省くために財宝を進んで献上するが良い!」


「ここにあたしたちの住所書いておくから、後から宅急便で送ってくれてもいいんだよ!」


「……どうして二人は墓穴しか掘らないの?」


 そんなことを話していると、ロビーの右手にある扉が勢いよく開かれ、そこからスーツを着た四人の男が姿を現した。スーツの男たちが困惑しながらも声を上げる。


「お……オイ! テメエこのクソガキども! 何騒いでやがんだ!」


「ここが誰の屋敷か分かってんのか!? ああ!? 遊ぶなら他所でやりやがれ!」


 口々にがなり立てるスーツの男たちに、ティムはむんと胸を反り、高らかに話す。


「たわけたことを言うな! 俺たちのどこをどうみたら遊んでいるように見える!?」


「あたしたちは真剣だよ! この耳も尻尾も可動式で、クオリティに拘ってるんだよ!」


「……これだけ大きいカボチャを見つけるのは苦労したな……」


 ティムに続いて、リリーとササも怪盗ハロウィンズにおける意気込みを口にする。だがその熱意がいまいち伝わらないのか、スーツの男たちがポカンと目を丸くした。


 理解力のない男たちに憐れみの視線を送りつつ、ティムはベルトに吊るしていたモノを引き抜いた。それは直径が十センチほどの筒に、グリップと引き金が取りつけられた――


 スプリング式の拳銃の玩具だ。


「スプラッアアアアシュ!」


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