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地中の森  作者: 管澤捻
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第三章 空のある世界4/11


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 マリエッタ曰く、南区の神聖樹を封鎖している塀は二重構造となっているらしい。内側の塀と外側の塀との距離は百メートルほどあり、塀を抜けて神聖樹に向かうためには、計四か所あるという外側と内側をつなぐ通路を使用する以外に、方法はないのだという。


 だが神聖樹につながる通路は、警備兵と電子キーにより封鎖されている。当初の予定では、マリエッタの口利きで通路を開いてもらうことになっていたのだが、カルロスが警備兵に根回ししている可能性もあったため、その方法は見直さざるを得なくなった。


 そして見直された手段が、先程の茶番劇というわけだ。カイは全身を隠している布の中で嘆息すると、布に空けられた穴を通して、神聖樹へとつながる通路内を見回した。


「……どうにか、上手くいったな」


「……まったく信じられないことだがな」


 カイの独りごとに応えたのは、カイと同様に全身を布で隠している最強布生命体――もといルーラである。彼女もまた布の中で溜息を吐き、安堵と疲労を滲ませていた。


 この二人の呟きに、ドラキュラ伯爵の恰好をしたティム・カーティスが胸を反る。


「俺の作戦に死角はない。ゆえに俺たちを追い払おうとした愚策の訂正を要求しよう」


「ルーラお姉ちゃん。あたしたち役に立ったんだよ。褒めて欲しいんだよ」


「……僕はただの偶然だと思うけど」


 ティムに続いて、獣耳のリリー・ベネディクトと、カボチャ頭のササ・フライヤーが口を開く。三人の少年少女の言葉に、ルーラが「まあ……な」と曖昧な返事をした。


 神聖樹を暴走前の姿に戻す。その危険な仕事に子供たちが付いてくることを、当然ながらルーラは強く反対した。しかしだからと、右も左も分からない場所に子供たちを置き去りにすることもできず、いったん自宅に戻ろうにも、あまり時間を掛けていては、カルロスの妨害がまた入らないとも限らない。何よりそもそも論として――


 子供たちがこちらの言うことを、素直に聞くはずもない。


 口論する時間すら惜しいこの状況で、ルーラは渋々に子供たちの同行を許可した。子供たちの安全を最優先とする彼女にとって、それは断腸の思いであっただろう。


 当然ながら、カイも子供たちの安全は気に掛けている。ゆえにルーラとは事前に話をして、仮に目的を達成できず、再び神聖樹が暴走するような事態になったその時は、互いの安否を無視して、二人のどちらかが子供たちを逃がすよう、意識を合わせている。


 だがそれでもルーラは、不安を拭えないのだろう。神聖樹へと向かう道中、彼女の表情は終始、暗いものであった。だが今、その彼女以上に暗い顔をしているのが――


 若干ズタボロとなった、マリエッタ・ヴァルトエックであった。


「なぜ私が……今まで私にこのような仕打ちをする者などおりませんでしたのに……」


 そう不満をこぼすマリエッタに、カイは「そう愚痴るなよ」と何の気なしに呟いた。しかしそれが癇に障ったのか、マリエッタが視線を尖らせて、こちらを睨みつけてくる。


「私はヴァルトエック家の次女、マリエッタ・ヴァルトエックですよ? この地下世界の管理を担う特別な人間です。それを貴方がたはきちんと理解しているのですか?」


「特別かは知らんが……地下世界の重要人物だってのはちゃんと理解してるよ」


「いいえ。認識が不足しています。でなければ、私にこのような無礼を働けるはずが――」


 声を潜ませながらも、相当に腹に据えかねているのか、ありありとした怒りを滲ませるマリエッタ。いかに自身が地下世界において大切な存在かを、つらつらと語り始める彼女に、カイは適当に生返事をしながら、こっそりと嘆息する。


 ここでふと、カイはマリエッタの背後を歩いているリリーに視線を向けた。彼女の胸元がもそりと動き、襟からひょこんと子猫が顔を出す。その子猫は、カイの魔法により赤ん坊にまで戻された、ベリエス・ガイザーに飼われていたブリードであった。


 リリーの襟から顔を出した子猫が、プルプルと顔を振り、一つ欠伸をする。そして左右のひげをピクピクと動かした後、小さな牙の生えた口を大きく開けて――


 くしゅんと、くしゃみをした。


 くしゃみと同時に、子猫の口から小さな火の玉が吐き出され、マリエッタの金色の髪にその火の玉が着弾する。自身の重要性を説いていたマリエッタが、きょとんと目を丸くして後方を振り返る。そしてメラメラと燃える自身の髪を見やり――


「にぎゃああああああああああああああ!」


 両手を振り上げて絶叫した。


 勢いよく地面にダイブして、ゴロゴロと地面を転げまわるマリエッタ。幸いにも金色の髪に引火した炎は小さく、彼女がもがいているうちにあっさりと消火された。


 地面を転がり薄汚れたマリエッタが、がばりと立ちあがる。炎に炙られて毛先が縮れた自身の髪を見やり、彼女がプルプルと体を震わせて、涙をためた金色の瞳を尖らせた。


「ちょっと……何をしておりますの!? 大怪我するところだったではありませんか!」


「ご……ごめんなんだよ。ほら、ミィもちゃんと謝るんだよ」


「ミャアア」


 マリエッタに怒鳴られて、シュンと肩を落とすリリー。心なしか子猫も――ミィと命名したらしい――、そのひげをちょこんと落としているようだった。


 だが憤懣やるかたないようで、両手を戦慄かせたマリエッタがさらに声を荒げる。


「私はヴァルトエック家の人間ですよ! それがどうしてこう何度も――一時的に協力関係にあるとはいえ、犯罪者である貴方がたと私とでは立場が違うのですからね!」


 しゅんと顔を俯かせるリリーに、さらに詰め寄ろうとするマリエッタ。その彼女に、「やめろ!」とルーラが声を上げた。被っていた布を剥ぎ取り、マリエッタとリリーの間に割って入るルーラ。金色の瞳を尖らせるマリエッタに、彼女もまた鋭い視線を返す。


「子供のしたことにムキになるな! リリーに悪気があったわけじゃないんだ!」


「邪魔しないでください! 貴方だってよく子供に怒っているではありませんか!」


「私のはしつけだ! 怒り任せて怒鳴りつけるだけのお前と一緒にするな!」


「だとしたら、そのしつけがなってないのではありませんか!? だからこうして――」


「……おーい、お前たち」


 唾を飛ばし合う二人に、カイは溜息まじりに呼び掛ける。ギロリとこちらを睨みつけてくるルーラとマリエッタ。その二人に、カイは無言で後方を指差してやった。訝しげに眉をひそめた二人が、カイの指差した先に視線を向ける。そこには――


 通路の出入口付近で、ポカンと目を丸くしてこちらを見ている、警備兵の姿があった。


「あの……マリエッタ様? こいつらに拘束されていたのではなかったのですか?」


 マリエッタが「……あ」と呆けた声を漏らす。縄で拘束されていると見せ掛けるために、背中に回していた両手を見下ろして、彼女がパチパチと目を瞬かせた。


 カイはゆっくりと被っていた布を剥ぎ取ると、小さく溜息を吐き――


「とりあえずお前ら――逃げるぞ」


 神聖樹に向けて駆け出した。


 警備兵が慌てて追い掛けてくる。警備兵との距離はおおよそ五十メートル。通路の長さが百メートルだとすると、子供たちがいるとはいえ、十分に逃げ切れる距離だろう。この通路を抜けて、神聖樹の森にさえ辿り着けば、身を隠せる場所はいくらでもある。


 そんなことを計算していると、すでに通路の出口は目の前にあった。カイは全員が逃げ遅れていないことを確認してから、通路を勢いよく飛び出す。するとその直後――


 奇妙な白い光がカイを包み込んだ。



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