第三章 空のある世界3/11
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「ふはは! 我こそは闇より具現せし悪魔! ダーク・オン・ザ・ライスであるぞ!」
「残虐非道なんだよ! 蠅さんの羽を千切ることだって目を瞑りながらできるんだよ!」
「……マネキンの解剖が趣味です」
そう声を上げたのは、警備兵詰所に現れた三人の少年少女であった。黒のシルクハットにマント姿の少年と、獣耳と尻尾をつけた少女、そして頭にカボチャを被った少年。それぞれ奇抜な恰好をした彼らに、ドミニクはぽかんと目を丸くしていた。
だがあまり呑気にしている場合でもないと、ドミニクは気を引き締める。少年少女らの手には各々武器が握られていたのだ。それは、竹棒にパンチンググローブをつけたものだったり、巨大なハリセンであったり、よく分からないグネグネしたものだったりと、あまり恐ろしそうなものではなかったが、問題となるのはそれら武器が――
ヴァルトエック家の次女に向けられていたということだ。
「何と恐ろしい! ヴァルトエック家の次女であるこの私が殺されてしまいますわあ!」
ヴァルトエック家の次女が――自らそれを口にしたのでもう間違いないだろう――、そう悲痛に声を上げた。何やら棒読みのようにも聞こえたが、恐らく勘違いだろう。
「ぼろげごろぼろしるごこらもも」
「へげらともろかろしるごんじり」
ヴァルトエック家の次女の悲鳴に、彼女の背後にいた二人が、奇怪な声を出す。頭から足先まで一枚布を被った――目元だけ穴が空けられており視界が確保されている――不気味な存在で、その声色から察するに、一人は男性で一人は女性であるようだった。
布人間の手には一本の縄が握られており、その縄の先が背中に回されたヴァルトエック家の次女の手元へと伸びていた。恐らく彼女の手首を布人間が拘束しているのだろう。
布人間の解読不能な言葉に、シルクハットの少年が哄笑する。
「そう急くな! 地獄より生まれ出た最強布生命体よ! 彼女を殺すのはまだ早い!」
「この人は利用するんだよ! 甘い汁を絞って、ハチミツトーストを作るんだよ!」
「……人の口に画鋲を入れるのが得意です」
この少年少女の脅し文句――だと思う――に、ヴァルトエック家の次女が声を荒げる。
「なんと凶悪なことを口にするのでしょう! これはもう言うことを聞かなければ、あれやこれやとひどいことをされるに違いありませんわ! 早急に彼らの要求を――ぶげ!?」
話の途中で、シルクハットの少年が手にしていた竹棒のパンチンググローブで、ヴァルトエック家の次女の顔面を叩いた。彼女の頭がぐらりと揺れて、一筋の鼻血が流れる。すると途端に、悲壮感ある表情を怒りの形相に変えて、彼女が少年に声を荒げた。
「何をするのですか! 本当には殴らないと約束していたじゃありませんか!」
「ふむ……しかしリアリティを追及すると、やはり多少の折檻は必要だろう」
「余計なアドリブはいりません! それよりも早く、話を進めてください!」
地団太を踏むヴァルトエック家の次女に、シルクハットの少年が頷いて、声を上げる。
「見ての通り、この者の命は我らの手の内にある! 我らの要求を呑まなければ、この者は地下世界に潜む悪意にその身を引き裂かれ、無残に命を散らすこととなるだろう! それを防ぎたくば、我らを下界と神聖樹をつなぐ光の回廊へと導いてもらおうか!」
「ついでにお腹が空いたから、お菓子とかあると良いんだよ! あとキャットフード!」
「……黒と赤の絵の具の減りが早いです」
「つまり神聖樹を封鎖しているこの塀を通せということですね! 皆さん! どうか彼らの指示に従ってください! あとお菓子とキャットフードは忘れてください!」
金色の瞳に涙を浮かべそうな面持ちで――だが実際には泣いていない――、ヴァルトエック家の次女がこちらに懇願してくる。ドミニクは丸くした瞳を瞬かせると、近くにいた同僚と視線を交わして、再びヴァルトエック家の次女と三人の少年少女を見やった。
何も応えそうにない同僚の代わりに、ドミニクは躊躇いがちに口を開く。
「いやあの……実は上層部から連絡がありまして、マリエッタ様の命令でこの封鎖を解くことは禁止されているのです。ええ……申しわけないことなのですが――」
「そんなことを言っている場合ですか!」
ドミニクの言葉に、ヴァルトエック家の次女が必死の形相で声を荒げた。
「私の命が掛かっているのですよ! ヴァルトエック家の次女たる私が、凶悪犯罪者の手に掛かり死亡したとなれば、貴方はその責任をどう取るおつもりなのですか!」
「そんな……責任と言われましても……」
「だいたいこれは私の命令ではなく、凶悪犯罪者である彼らの命令です! それに従うことは上層部の指示に背くことにはならないでしょう! 違いますか!?」
「理屈はそうですが……どうも危機感と言いますか、そういったものが感じられず……」
「何を……ってああ! コラ! 武器を掲げるんじゃありません! 貴方が余計なこと言うから、この子たちのやる気スイッチが入ってしまったではありませんか! ちょ……いやああ! 掠った! 掠りましたよ! 止めて! グネらないで! 早く! 早く言うことを聞いてください! 本当に死んでしまいます! のおお! 新感覚の苦痛うう!」
一向に感じられなかった危機感が、途端にひしひしと伝わってきた。ヴァルトエック家の次女である彼女が、危険に陥っていることはどうやら間違いではないらしい。
ドミニクは同僚に目線で合図を送り、慌てて塀の通路口へと走った。通路口の脇にある電子キーに六桁の数字を入力して、エンターキーを押下する。ガチャリと施錠の音が聞こえたところで、ドミニクは通路口の扉を素早く開いて、自身の体を脇にどかした。
神聖樹への通路が開いたことを確認して、シルクハットの少年が満足そうに頷く。
「ご苦労であった。では進むとしよう」
「じゃあねお兄さんたち。バイバイ」
「……お騒がせしました」
「はあ……はあ……ヴァルトエック家の私が……どうしてこのような目に……」
意気揚々と歩く三人の少年少女と、意気消沈して歩くヴァルトエック家の次女、そしてその彼女を拘束する二人の布人間が、ドミニクの開いた扉を抜けて――
神聖樹へとつながる通路を進んでいった。




