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地中の森  作者: 管澤捻
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第三章 空のある世界1/11

 神聖樹の暴走。六年前のその災害は、アレクシア南区の面積に対して約三十パーセント、街全体の総面積に対して約五パーセントもの土地を、森の中に呑み込み奪い去った。


 その神聖樹の暴走により、土地を追われた人の数は膨大なものとなる。街全体の総人口に対して約一パーセント、数百人もの人間が住処と財産、未来を奪われたのだ。


 事態を重く捉えたヴァルトエック家は、被災者に宿泊施設の無料開放と、多額の資金援助を実施した。ヴァルトエック家の手厚い支援により、被災前と同等とはならないまでも、多くの被災者が新しい生活を手にして、日常へと帰還した。


 だがそうはならない者もまた、少なからず存在した。彼らが日常を取り戻すことができなかったその理由。それは地下世界における物理的な制約によるものであった。


 それはアレクシアの土地不足(・・・・)だ。


 アレクシアはもとより、人口の過密化が問題視されていた。年々と増え続ける人口に対して、限定された地下空間の土地は不足しており、新たな住所の確保に苦心していた。その現状の最中、神聖樹の暴走によりアレクシアは多大な土地を失ってしまったのだ。


 もとより不足していた土地はさらに困窮を極め、被災者の新しい居住先の確保をより難儀なものとした。住所を得られなければ、まともな職に就くことすら叶わない。その悪循環に被災者は徐々に、だが確実に追い詰められることとなった。


 カイ・クノートが育ってきた孤児院もまた、その悪循環に呑み込まれたものの一つだ。被災当時にして若干十二歳であったカイを最年長にして、大勢の子供たちが大人の加護から放り出され、暮らしていくことを余儀なくされた。


 被災前の孤児院には数名の大人の職員が存在していた。だがその者たちは全て、被災後に施設を離れることとなった。これをカイは仕方のないことだと割り切っている。施設の経営は基本的に、企業スポンサーにより成り立っている。だが被災により施設はその資金提供を受ける仕組みを失っていた。多くの職員が被災者でもある中で、給与の出ない職場に、関わる余裕などなかったのだろう。


 大人の職員に代わり、最年長のカイは子供たちを守ることを決意した。施設の子供でもある一つ年下のルーラ・バウマンもまた、施設の子供を守ることに――或いは彼以上に――奮闘してくれた。それにより、被災より四年間はどうにか生活することができた。


 だがそれ以降、ヴァルトエック家の被災者に対する援助が打ち切られたことで、孤児院は生活が成り立たなくなる。カイやルーラも仕事探しに奮闘するも、住所どころか保護者すらいない子供に、まともな仕事など貰えるはずもなかった。


 貯金を切り崩しながらの生活。だがそれはすぐに破綻をきたした。思い悩んだカイは、とある一線を越えることを決意して、それをルーラにだけ話した。


 それは他人の金品を盗んで生活の資金にするという、犯罪行為であった。


 カイのその考えに、ルーラは激しく反発した。だがすでに貯金などないに等しい状況であり、正攻法で子供たちを食べさせていくことなどできない。彼女もそれを理解していたのだろう。最後にはある条件をカイに約束させることで、彼女も折れることとなった。


 その条件とは、自身もカイと一緒に、その犯罪行為に加担するというものであった。


 こうしてカイとルーラは、唾棄すべき犯罪者となり下がる。仕事は思いのほか順調に進んだ。いつしかカイとルーラの存在は、その特徴的な服装からウィザードとサムライと呼称され、標的である北区の人間に留まらず、その存在を噂されるようにまでなった。


 するとここで予想外の展開が起こる。カイたちの噂を耳にした者が、北区の人間に騙されて奪われた物を、取り返して欲しいと依頼してきたのだ。偽善者ぶるつもりもないが、どうせ盗むならば悪党のほうが気持ちも軽いと、カイはそれを請け負うこととした。


 そんな生活を始めてから二年。カイはいつものように仕事の依頼を受けて、北区へと向かった。仕事の内容は、ベリエス・ガイサーから金細工の像を取り返して欲しいというものだ。だがしかし、その依頼は偽りのものであった。依頼者であるマリエッタ・ヴァルトエックの本当の目的は、ウィザードと称されるカイの力を試すことにあったのだ。


 地下世界の支配者。ヴァルトエック家。その次女であるマリエッタ・ヴァルトエック。その彼女がなぜ、小物の泥棒に過ぎないカイの力を試す必要があったのか。それは彼女が、偽りではなく真に望んでいた、その依頼内容に関係していた。その依頼内容とは――


 神聖樹の暴走により奪われた土地を、奪い返して欲しいというものだ。


 カイはその依頼を承諾した。そして六年前まで暮らしていた南区の中心部、神聖樹の森に呑み込まれた故郷に、彼は再び訪れたのだ。



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