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地中の森  作者: 管澤捻
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第一章 怪盗ハロウィンズ1/9

 第五層主要都市アレクシア。それは第五地下階層において、最も栄えている大都市である。直径にして十キロ以上となるドーム状の広大な地下空間には、区画整理された近代的な建築物が立ち並び、等間隔に設置された街灯が照らすその街の景観は、第五地下階層でも屈指の美しさと言われている。


 アクレシアは大きく五つの区画に分けられている。それは北区、西区、南区、東区、中央区である。各区画には特に境界となる物理的な仕切りはないが、担当行政による都市開発の指針等の違いから、各区画でその特色が大きく異なっている。


 五つの区画において、最重要かつ異色な区画は中央区だろう。中央区は行政を取りまとめる機関が多く集中している区画であり、基本的に民間人の立ち入りは許可されていない。また公共の宿泊施設などは設備されているが、個人の住宅を建築することは許されておらず、アクレシア住民であろうと、基本的に中央区と関わることは少ない。


 アクレシア住民が主に関与するのは、中央区を除く四つの区画となる。各区画を簡単に説明すると、西区は多様な工場が存在する工業地区であり、東区は露店から百貨店が立ち並ぶ商業地区、そして北区と南区はアパートや住居が軒を連ねる住宅地区である。


 さらに同じ住宅地区でも、北区と南区はその特色が大きく異なる。忌憚なく詳細を述べるならば、貧困層から中流階級の人間が多く暮らしているのが南区であり、富裕層の人間が多く暮らしている、いわゆる高級住宅街とされているのが北区となっている。


 富裕層が多く暮らしている北区では、一般的な感覚からは外れた、不可思議な光景がよく見られる。例えば、彼らが好んで設ける広大な庭園もその一つだ。四方を岩石に囲まれている地下世界において、土地とは容易に増やすことのできない希少品とされている。その希少な土地を用途のない庭園に当てるなど、何とも理解に苦しめられる。


 当然ながら、そのような庭園を設ける人間は、その屋敷もまた無駄に広い。まだ配偶者や子供のいない独身者であろうと、部屋の数が諸手に収まらないという屋敷もあり、その中には建築から一度も利用されない部屋も存在すると聞いたことがある。


 なぜそのような無駄とも思える行為を、彼らが好んでいるのか。それを理解することは難儀なことだ。とある捻くれた人間の解釈によると、彼らのそれは自己顕示欲を満たすための行為らしいのだが、それでも納得しがたいというのが正直なところだ。


 だがしかし――


(どうでも良いことでもあるがな)


 心内でそう呟いて、ティム・カーティスは適当に思考を打ち切った。彼にとって重要なことは、北区の人間がなぜ無駄に広い屋敷を好むのかということではなく、事実、北区の屋敷が無駄に広いものであり、その屋敷のどこに――


(獲物が置いてあるのかということだ)


 改めて自身にそう確認して、ティムは双眼鏡越しに見える視界に意識を戻した。


 街灯の明かりがさし込まない闇の沈殿した路地。その路地の暗がりに身をひそめ、ティムは向かいにある屋敷を眺めていた。南区ではついぞ見ない庭園つきの屋敷。部屋の数は二十以上あるだろう。だが明かりがついている部屋は、その中でも二、三しかない。この屋敷も、北区のご多分に漏れず、実際に使用している部屋は少ないのだろう。


 ティムは「ふむ」と訳知り顔で頷くと、双眼鏡を目元から外した。そして黒マントをばさりとひるがえし、タキシードの懐に双眼鏡をしまい込む。


 ボサボサで短髪の黒髪。その頭に斜めに被せられたシルクハット。その拘りとなる帽子の角度を改めて調整していると、背後から少女の声が掛けられる。


「どうティム? 場所分かった?」


「……いや、さっぱり分からん」


 牙のあるマウスピースを装着しているため、微妙に喋りづらく、くぐもった声となる。それはそれとして、ティムは背後を振り返り、声を掛けてきた少女を見やった。


 ブラウンの巻き髪をツインテールにした、ティムと同じ今年で十二歳となる少女だ。赤ん坊のようなもち肌に、クリクリの大きな碧い瞳。ツンと上を向いた小さな鼻に、血色の良い薄紅色の唇。胸元のリボンにフリルのスカートという歳相応の恰好をしている。


 ここまでならば、少女はごくごく平凡な女の子に見えただろう。だがそれは誤った認識だ。なぜならば、少女のブラウンの髪の上には、三角形をした獣耳がちょこんと置かれており、さらに少女のスカートからは、左右に揺れる獣の尻尾が生えているからだ。


 これだけ言えば、鈍感な者であろうと理解できるだろう。


 この少女はそう――獣娘(・・)なのだ。


 ――とここで、ティムは僅かに顔をしかめて、少女の頭にある獣耳を指差した。


「リリー。獣耳が少し斜めになっているぞ。きちんと調整しておくんだ」


「え? ああ、ホントなんだよ」


 自身のブラウンの頭を触り、少女――リリー・ベネディクトが頷く。いそいそと獣耳――のカチューシャ――の角度調整をするリリーに、ティムは嘆息する。


「気を付けろ、リリー。俺たちのこの姿は仕事服であると同時に、戦闘服でもあり、仮の姿でもあり、真の姿でもあり、最終形態でもある。身なりはきちんとしておくんだ」


「ゴメンねティム」


 ちょこんとツインテールを下げて反省を示すリリーに、ティムは大仰に頷く。


「分かればいい。これからは俺の完璧なるこの姿を参考に、精進することだ」


「そうだね。ティムのゴミ袋に包まれた犬歯剥き出しの変態さんは完璧なんだよ」


「うむ。俺のこの姿はドラキュラ伯爵(・・・・・・・)なわけだが――まあ完璧なら問題ないだろう」


「問題しかないと思うけど?」


 リリーの評価に満足して頷くティムに、抑揚のない声が掛けられる。声の出所であるリリーの背後に視線を向けるティム。薄闇の広がる路地のその奥に――


 オレンジ色のカボチャが浮かんでいた。


 否。そのカボチャは浮かんでいるわけではない。路地の暗がりに隠れて判別しづらいが、カボチャには少年と思しき胴体が張り付いており、二本の足で立っていた。つまり空中に浮かんでいるそのカボチャは、胴体の主である少年の頭部なのだ。


 カボチャ少年は、ワイシャツにネクタイ、ベストに膝丈のズボンと、比較的上品な恰好をしていた。それだけに、カボチャ頭の不気味さが際立つ。さらに少年の背負う、自身の身丈ほどもある巨大なリュックサックが、その奇怪な雰囲気に拍車を掛けていた。


 不気味なカボチャ少年。その正体は人間ではなかった。


 この少年はそう――カボチャのお化け(・・・・・・・・)なのだ。


 カボチャにくり抜かれた目鼻と口。その空けられた穴の奥で、ぼんやりとした光が瞬いている。その何とも不可思議な光源を眺めつつ、ティムは口を開く。


「相変わらずササの変装――もとい最終形態は出来がいいな。はっきりと言って、ササと本物のカボチャお化けが入れ替わろうとも、気付かない自信が俺にはあるほどだ」


「本物のカボチャお化けなんかいないよ」


 肩をすくめるカボチャ少年――ササ・フライヤー。表情のないカボチャ――の被りもの――であるにもかかわらず、少年の眉をひそめた気配が、不思議と伝わってきた。


「それで……くだらない話はそれくらいにして、これからどうするつもり?」


「ふむ。獲物の場所が分からんのならば仕方ない。しらみつぶしに探すだけだ」


「……まったく非効率だな」


 落胆したように肩を落とすカボチャ少年に、獣娘の少女がちょこんと首を傾げる。


「でも全部の部屋を見て回るのは大変なんだよ。ササくんは何かいい方法ない?」


「そう言われてもね……」


 リリーの問い掛けに、ササが考え込むように腕を組み、しばらくしてからポツリと言う。


「確信はないけど……獲物は鑑賞物だから、もしそれを展示しているなら、それなりに広さのある部屋だろうね。一週間ここで張り込んだ結果、頻繁に利用されている部屋は約十部屋。その中でも特に広い部屋は……二階にあるあの部屋かな」


「なるほど。そこに獲物があるわけだな」


「さすがササくんなんだよ。頼りになるんだよ」


 大仰に頷くティムと、小さく跳ねて手を叩くリリー。「だから確信はないって」と渋い声をこぼすササを無視して、ティムはササの示した屋敷の窓を力強く指差した。


「これでもう任務は九割がた達成したも当然だ! あと俺たちが考えるべきことは、獲物を前にして披露するだろう、悦びのダンスの振り付けを考えることだけだ」


「やったねティム。いまこそ元ダンサーの浮浪者ジョンの教えを見せる時なんだよ」


「……そんな時間なんてないから」


 冷え切ったササの指摘に、ティムは一切の勢いを緩めることなく、声高らかに言う。


「よし! ならそれは諦めよう! その代わり、打ち上げでの祝辞を考えておくぞ!」


「やったねティム。前の打ち上げでは緊張からカミカミだったから、名誉挽回なんだよ」


「……もう何でもいいから、始めようよ」


 またも冷えたササの言葉。だがティムは意気をますます高めて――


 それを宣言した。


「怪盗ハロウィンズ! 出陣だ」


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