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地中の森  作者: 管澤捻
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第二章 神聖樹8/11


 カルロスとマリエッタの会話に、ルーラが割って入る。互いに睨み合っていた二人の視線がルーラへと向けられる。ルーラが一呼吸の間を空けてから、マリエッタに尋ねる。


「神聖樹の話……これはヴァルトエック家としての決定ではないのか?」


「……違います。私の独断によるものです」


 マリエッタの答えに、「冗談だろ?」とルーラが眉尻を吊り上げて口調を強める。


「じゃあお前は何のサポートもせず、カイただ一人を神聖樹のもとに向かわせるつもりだったのか! そんな無責任な話があるか! 人を使い捨てるような真似をするなんて!」


「……そのようなこと申し上げておりません。きちんとサポートする者はつけます」


「ふざけるな! お前が単独で動いているというのなら、誰を動かせるというんだ!」


「それはこの――私です」


 マリエッタのその言葉に、ルーラが声を詰まらせて沈黙する。カイもまたその言葉が意外で、僅かに目を見開いた。マリエッタが金色の瞳を鋭くして、力強く言葉を続ける。


「神聖樹は警備兵により封鎖されておりますが、私ならば警備兵を一時退けることもできるでしょう。何より、考案者の私が一緒でなくては、貴方がたも納得しないはずです」


 マリエッタがその言葉を、その場の思いつきなどで語っていないことは、彼女の表情を見れば容易に知れた。強い意志を滲ませていながらも、その奥にある僅かな緊張。期待と不安が入り混じる、何かを成し遂げようとする者に見られる決意ある瞳。


 そのマリエッタの瞳に射竦められるように、ルーラが荒げていた声を押しとどめた。神聖樹の暴走。それに伴う問題の解消。それを成し遂げようとするマリエッタの気持ちが、決して半端なものでないことを、ルーラも理解したのだろう。


(……なるほどな。鼻持ちならねえお嬢様だと思っていたが、少なくとも――)


 街の人間を救いたいとするマリエッタの想いに、偽りはないようである。カイはそれを心内で確認すると、真剣な面持ちのマリエッタを見て、口元に笑みを浮かべた。


「――そんなこと許されるはずがないだろ」


 このマリエッタの決意表明に、カルロスがますます不機嫌に顔をしかめる。カルロスが、再び自身に向けられたマリエッタの金色の瞳を鋭く見返して、眉間に皺を刻んだ。


「君はヴァルトエック家の人間だぞ。そんな危険な真似などさせられるか。こうなった以上、申し訳ないが君のお父様に、君の外出を制限するよう提言する必要があるな」


「カルロス! 私は――」


「君には頭を冷やす時間が必要だ。そしてそこの盗人の二人。本来は君らのような小物など相手にしないが、彼女をたぶらかした罪は重い。この場で拘束させてもらう」


「はあ!? 変な言い掛かりをつけるな!」


 カルロスに反論するルーラ。だが彼女の言葉など聞く耳もないようで、カルロスが背後を振り返り、自身の後ろに控えている警備兵二人に視線を合わせる。


 その直後――カイは立ち上がりざまに、カルロスに向けてテーブルを蹴りつけた。


「――な!?」


 表情を強張らせたカルロスが、二人の警備兵もろともに、テーブルに押し潰される。テーブルの下敷きになり、もがくカルロスと警備兵。その彼らには一瞥もくれずに、カイは腰を下ろしていた椅子の足を掴んで、喫茶店のガラス窓に椅子を叩きつけた。


 ガラス窓が粉々に割れて、人が通り抜けられるだけの穴が空けられる。カイは靴底でガラスを蹴り、窓に空いた穴を広げながら、目を丸くしているマリエッタに口早に告げる。


「さっさと来い! マリエッタ!」


「え? しかしそれは……」


「お前だって、このまま捕まるのは不本意なんだろ! だったら逃げるしかねえだろ!」


 マリエッタの逡巡は一瞬であった。すぐに決意に眉尻を吊り上げた彼女が、ガラス窓の穴を抜けて、喫茶店の外へと出る。続けてルーラが喫茶店の外へと素早く飛び出した。


「――待て! 貴様ら――」


 テーブルから這い出してきたカルロスに、ダメ押しに椅子を蹴りつけてやる。「がふ」と椅子の角に顎をぶつけたカルロスを尻目に、カイもガラス窓の穴から外に飛び出した。


「乗ってきた車で逃げるぞ! マリエッタ! お前が運転するんだ! いいな!」


「は……はい! 分かりました!」


 建物の外にいたマリエッタに指示を飛ばして、ルーラと共に三人で駐車場まで駆ける。


 駐車場にはマリエッタの赤い車の他に、来店時には見られなかった数台の車が停められていた。カイは舌を打ちながらもマリエッタの車に駆け寄り、ルーラと共に後部座席に乗り込む。運転席に乗り込んだマリエッタが素早くエンジンを掛けて、車を発進させた。


「どこに向かえば宜しいのですか!?」


 マリエッタのその疑問を一旦無視して、カイは後部座席から背後を振り返った。マリエッタの車が駐車場を出てすぐに、駐車場に停められていた数台の車が、こちらを追って飛び出しくる。徐々に距離を詰めてくる黒塗りの車に、カイは「くそ」と毒づいた。


「やっぱ野郎たちの車か……向かう場所はとりあえず適当でいい! だが停まるな! 追いつかれるな! あんな不意打ちなんぞ、何度も成功しねえんだからな!」


「簡単に言わないでください! 私まだ免許を取り立てで運転に自信がないんです!」


 マリエッタのその言葉通り、後ろから迫りくる車との距離は、悲しいほど簡単に詰められていく。このままではこちらの前に回り込まれ、強制的に車を停止させられるだろう。だがしかし、カイやルーラに追い掛けてくる後方の車を妨害する手段などない。


 ルーラが小さく舌を鳴らす。その彼女を横目に、カイは必死に打開策を思案した。


 するとその時――


「のわっはっはっはっは! 呼ばれてもいないがジャジャジャジャーン!」


 唐突に車のトランクが跳ね上がる。



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