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地中の森  作者: 管澤捻
16/64

第二章 神聖樹5/11


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「その弊害が何なのか分かりますか?」


 テーブルに置かれたティーカップに唇をつけながら、マリエッタがそう尋ねてきた。


 孤児院の子供たちを住まわせている、南区にある飲食店の廃墟。そこから場所を移して、カイは北区の喫茶店を訪れていた。わざわざ場所を移動したのは、本題を話そうとしても一向に静まる気配のない子供たちに、マリエッタが忍耐を切らしたためだ。


 喫茶店までの移動は車を使用した。地下世界で車を所有する者など限られているが、ヴァルトエック家の次女であるマリエッタは、当然ながら所持しているらしい。


 車を運転したのは、少々意外なことだが、マリエッタ本人であった。彼女いわく、自身の生死にかかわる車の運転を、他者に委ねるなど我慢がならないのだという。


 そうしてマリエッタの車に揺られること五分、北区の喫茶店を訪れたカイだが、どうにも彼は場違い感が否めなかった。喫茶店のような洒落た場所を訪れる機会すら少ないというのに、富裕層が集まる北区のその店は、南区よりもあらゆる点で金が掛けられている。紅茶を掻きまわすスプーン一本にすら、繊細な意匠が施されているほどだ。


 そのような店に、薄汚れた黒コートの人間が来店したのだ。目立たないはずがない。仕事中に目深に被るフードは外しているが、怪しさ満点であることだろう。


 そしてそれは、カイの隣に座っているルーラも同様だった。カイとは異なり、ルーラは服の手入れを欠かさない。ゆえに彼女の服に目立つ汚れなどないのだが、そもそも珍しい着物を着用しているだけに、彼女もまた周囲から奇異の視線を浴びていた。


 そんな居心地悪そうにする二人に対して、対面の席に座るマリエッタは、ひどく落ち着いた様子であった。子供たちに汚された服も、車に積んでいた予備の服――色違いのワンピース――に着替え終えている。優雅に紅茶を啜る彼女のその姿は、子供に弄ばれていた時とは異なり、ようやく自身のあるべき日常に戻れたというような、安堵に満ちていた。


(まあよく見れば、髪がバサついていたり濡れていたりしているが……)


 変に指摘をしても反感を買いそうなので、それは心内に留めておく。


 マリエッタがティーカップを下したところで、渋い顔をしたルーラが口を開く。


「……弊害が何かだと? 腹の立つ言い方だな。もったいぶらずにさっさと言えばいい」


 マリエッタの試すような口ぶりに、ルーラが露骨に不機嫌となる。カイは小さく嘆息すると、また口論が始まっては面倒だと、マリエッタの問いに進んで答えた。


「つまり……俺たちのような人間が出てきたって言いてえんだろ?」


「その通りです。どうやら最低限の教養は持ち合わせているようですね」


 余計な一言をつけ足しつつ、高慢な微笑みを浮かべるマリエッタ。会話役をカイだと判断したのか、彼女の金色の瞳がルーラからこちらに移動する。


「六年前の神聖樹の暴走。アレクシアの総面積の約五パーセントを奪い去ったその災害により、多くの者が住居を追われることとなりました。もちろんそのような非常事態に、私たちヴァルトエック家も静観などせず、早急な対処に務めました。具体的には、中央区にある宿泊施設の無料開放、ならび新生活を迎えるうえでの金銭的な援助です」


 マリエッタのその言葉に、カイは頷かないまでも、心内では同意しておく。


 神聖樹の暴走により、多くの人が財産を失った。その彼らを救ったのは、紛れもなくヴァルトエック家だ。ヴァルトエック家の住居や金銭の提供がなければ、多くの人が路頭に迷うこととなり、或いは直接的な災害被害よりも甚大な影響を及ぼしたかも知れない。


 このヴァルトエック家の早急な対応は、多方面から高く評価されている。カイもその点において異論はない。ヴァルトエック家は最善を尽くしていた。だがしかし――


 それだけで治まりがつくほど、神聖樹の暴走による傷跡は、浅くはなかった。


 マリエッタが金色の瞳をゆっくりと閉じて、また同じ時間を掛けて、ゆっくりと開く。


「ヴァルトエック家の対応は適切であったと自負しております。ですがその援助も、無尽蔵には行うことができません。ヴァルトエック家は新しい住居や仕事の斡旋を進めながら、援助に掛ける予算を段階的に縮小してまいりました。そして今からおおよそ二年前に、無料開放していた宿泊施設ならび金銭的な援助を、打ち切ることとなったのです」


 そこで言葉を区切り、マリエッタがその金色の瞳に憂いのような影を覗かせる。


「しかしそれを境にして、アレクシアでは窃盗などの軽犯罪が顕著に増加いたしました」


 マリエッタが口を閉ざして沈黙する。こちらの反応を窺っているのかも知れない。だがカイもルーラも、少なくとも表情で分かるような、反応を示すことはなかった。


 マリエッタが「何とも歯がゆい思いです」と、上品ながらも深い溜息を吐く。


「災害により財産を奪われたこと。それ自体は同情しましょう。ですがそれを理由に、他者を傷付ける行為が正当化されることなど、決してないのですからね」


「……人にはその正当性とやらよりも、守らなければならないものがあるんだ」


 ぼそりとそう呟くルーラ。マリエッタが僅かに顔をしかめ、だがすぐに頭を振る。


「……言いたいこともありますが、まあ良いでしょう。何にせよこれが現実です。ですがこれでも理解しているつもりなのですよ。元よりこの問題点は、当初より懸念されていました。なぜならば、このアレクシアでは絶対的に――土地が不足していますからね」


 マリエッタがここで紅茶を一口すすり、一息の間を空けた後に、話を続ける。


「南区の土地の約三割が、神聖樹の暴走により奪われました。地下世界において土地とは有限であり貴重な資源です。もとより人口の過密化が問題視されていた昨今、縮小を余儀なくされたアレクシアの土地に、現行と同じだけの人を抱えるなど不可能なのです」


 マリエッタが陰鬱そうに金色の瞳を細めて、小さく溜息を吐く。


「他の街に移ろうにも、どの街も人口の過密化は深刻であり、受け入れ困難であるのが現状です。結果として、土地不足により新たな住処を見つけられず、路上生活が余儀なくされた者が、まともな職に就くこともできず、犯罪に手を染めてしまったのでしょう」


 ここでマリエッタの金色の瞳に、獲物を射貫くような鋭い眼光が瞬く。


「ところで差し支えなければ、貴方がたの出身地をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「……予想できてんだろ?」


 溜息交じりに答えるカイに、マリエッタが満足そうにニコリと微笑む。


「やはりそうでしたか。貴方がたも神聖樹の暴走による被害者なのですね。それもあれだけ大勢の子供を養わなければならず、さぞかしご苦労をなさったことでしょう」


「おためごかしはいらねえよ。ったく……金持ちの話し方はどうも回りくどいな」


 カイは嘆息すると、白い手袋をした左手を、マリエッタにかざすよう持ち上げる。


「それでようやく本題ってわけだ。俺の魔法で()()()()()()()()()()姿()()()()。そうして神聖樹に奪われた土地を取り戻し、現状の問題を解消しようって話だろ?」


 カイの言葉に、マリエッタが「話が早くて助かります」とこくんと首肯する。


「おっしゃる通りです。二年前より北区に出没するようになったウィザードとサムライ……最近では怪盗ハロウィンズを名乗っているようですが……私は貴方たち二人を以前より注目していました。正確には、ウィザードである貴方の使用する魔法――」


 マリエッタが一呼吸の間を空けて、慎重にその言葉を口にする。


()()()()()()()()()姿()()()()という力に、興味を抱いています」


 マリエッタの金色の瞳を見据えながら、カイは自身の左腕に意識を移していた。ウィザードとして扱える魔法。その媒介となる左腕。非現実的な能力を有するそれは――


 六年前より、カイに根付いた(・・・・)ものだ。


 カイはかざしていた左手で頭をポリポリと掻くと、嘆息混じりに口を開く。


「それで……俺の魔法が本物かどうか確認するために、ベリエスの野郎からヘンテコな像を盗んでくるよう依頼したってわけか? ベリエスの野郎はそれを知っていたのか?」


「いいえ。ベリエスには何も伝えておりません。私が彼から取り戻すよう依頼した例の像も、私が彼に差し上げたものです。これまでの働きに感謝してとか、適当な理由をつけましてね。因みにあの像は、倉庫に眠っていたもので、たいした価値はありませんよ」


「ベリエスも利用されていたってことか。野郎もとんだ災難だったな」


「彼には申し訳なく思いますが……これで彼を切り捨てる良い口実ができました」


 怪訝に眉をひそめるカイ。マリエッタがいたずらを白状する少女の笑みを浮かべる。


「ベリエスが闇商売をしていることは把握しています。もしそれが公になれば、彼と仕事上取引のあるヴァルトエック家にも影響が及ぶことでしょう。ですが古くより取引のある彼を切り捨てることは容易ではありません。それをするには相応の理由が必要でした」


「……その理由とやらが例の像か?」


「ヴァルトエック家の次女であるこの私が直々に差し上げた貴重な像。それをたかだか盗人ふぜいに盗まれたとなれば、彼を切り捨てるには十分な理由となるでしょう」


「つくづく金持ちってのは面倒なもんだな」


 肩をすくめるカイに、マリエッタが「不可解ですか?」と小さく眉をひそめる。


「しかしそれはこちらも同じです。折角なので利用させては貰いましたが、なにゆえ他者から依頼を受け、物品を盗み出すなどという奇妙なことをしているのでしょうか?」


「……別に。どこかで俺たちの噂を聞いたらしい連中が、北区の連中から物を取り返して欲しいって言ってきやがったんだ。俺たちとしては標的なんて誰でも良かったからな、報酬目的でついでに盗んでやったら、えらく感謝されたってだけだ」


「義賊にでもなったつもりですか? 他者と接触するなど危険でしょうに」


「あんたも依頼したなら分かるだろ。依頼主とは代理人を通して接触している。もっとも、こっちは依頼主と代理人が接触している様子を、観察させてもらうがな」


「ですがその結果、こうして貴方は私に欺かれることとなりましたね」


「今後の参考にしておく」


 適当に手を振ってやる。マリエッタが「……まあ良いでしょう」と小さく嘆息する。


「話を戻します。私が貴方に依頼をした目的は、ベリエスを切り捨てることもそうですが、貴方に対する噂の真偽を確かめるためでもありました。魔法を拝見できるとまでは期待していませんでしたが、確認する手間が省けて幸運でした。その結論としてはおおむね期待どおりです。そこで改めて、怪盗ハロウィンズの貴方に依頼をいたします」


 マリエッタが薄紅色の唇をぺろりと舐め、細めた金色の瞳でカイを見据える。


「神聖樹に奪われた土地。それを貴方の魔法で奪い返してはくれませんか?」



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