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地中の森  作者: 管澤捻
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第二章 神聖樹3/11

 先程までの優雅な振る舞いが嘘のように――客観的にそれほど優雅にも見えなかったが――、マリエッタが地団太を踏んで、自身の周囲に集まっていた子供たちを追い払う。


 マリエッタの剣幕に、悲鳴を上げて散り散となる子供たち。そしてその何人かが、近くで静観していた着物の女性――ルーラ・バウマンに駆け寄り、彼女の腰に抱き付いた。


 ルーラが自分に駆け寄ってきた子供の頭を撫でながら、黒い瞳をギロリと鋭くする。


「お前……この子たちに謝れ! こんなにも怖がっているじゃないか!」


 非難するルーラに、冤罪被害を訴えるような面持ちで、マリエッタが声を荒げる。


「謝ってほしいのは私です! 貴方がたは子供にどういう教育をしているんですか!?」


「子供は好奇心の塊なんだ! この程度のことで腹を立てるなど恥を知れ!」


「結構耐えましたけど!? てか、しつこくゴムボール投げてきた子! 出てきなさい!」


「犯人捜しは止めろ! 逃げろカシミール! 落ち合う場所は分かっているな!」


「ちょっと! 犯人が分かっていたなら止めて下さらない!? 何で野放しにするの!」


「プロ野球選手として活躍するだろう彼の投球練習を、一体誰が止められるだろうか!」


「私はミットではありません! そもそも近くにいた貴方が止めるべきではなくて!?」


 怒りの矛先がこちらに向き、カイは「俺か?」と悩ましく眉をひそめる。


「いや……全然反応がねえからよ、これはもうイケるところまで行こうと思ってな」


「何その無駄な挑戦心!? それに私は落ち着ける場所に行きましょうと、話したはずですよ! これのどこが落ち着ける場所ですか! 地下世界で最も荒れた区域ですわ!」


「俺にとっては落ち着くんだよ」


 溜息まじりにそう呟くカイ。彼の答えに納得したわけではないだろうが、この話を引き伸ばしたとこで実りがないと判断したのか、マリエッタが不満げに口を閉ざす。


 乱れた自身の金髪を指先で丁寧に梳きつつ、マリエッタが周囲を改めて見回す。


「……ここに向かう道中で確認させていただいたことですが……この子供たちは孤児院で暮らしていたとか……であれば大人の管理者がいるはずです」


「確かに六年前にはいたな……だが今は正式な管理者なんていやしねえよ」


 好き勝手に遊んでいる子供たちを見回して、カイは苦笑を浮かべる。


「この孤児院の中で最年長は俺だ。だから俺には、こいつらを養う責任がある」


「――それは、自分たちの犯罪行為を正当化しているつもりでしょうか?」


 金色の髪から離した手を腰に当てて、マリエッタが呆れたように嘆息する。


「子供たちを養おうとする気概は買いましょう。ですがその手段として、窃盗を選択するなどとても擁護できるものではありません。重ねて申し上げますが、この自宅と称した建物も貴方がたの所有物ではないはずです。これも立派な不法侵入で、犯罪行為です」


 正論を並べるマリエッタに、カイはハラハラと適当に手を振る。


「固いこというなよ。どうせ誰も使っちゃいねえんだからよ」


「その認識は誤りです。この地下世界の土地はヴァルトエック家が保有しており、それを貸し与えているにすぎません。借主がいないのなら、その土地はヴァルトエック家に帰属することとなります。そもそも借主が不在なら、ガスや水道などインフラは止められているはずです。それを無断で使用しているというのなら、それも窃盗であり犯罪です」


「――勝手なことを言うな」


 マリエッタの潔癖な言葉に反論を返したのは、カイではなくルーラであった。マリエッタがルーラを見やり、その視線を鋭くさせる。自身のそばにいる子供たちをやんわりと遠ざけたルーラが、大股でマリエッタへと近づいていき、彼女のすぐ目の前で立ち止まった。


 尖らせた黒い瞳に苛立ちを覗かせて、ルーラが静かに口を開く。


「理想論では腹が膨れないんだ。世間知らずのお嬢様が知ったような口を利くな」


「……犯罪者の手前勝手な屁理屈ほど、聞くに堪えないものはありませんね」


 マリエッタの金色の瞳にもまた、ルーラと同様に苛立ちの気配が浮かんでくる。


「まことに遺憾ではありますが、この地下世界では生活に苦しんでいる者が大半です。ですがその多くの者が、犯罪でお金を稼ごうなどとは安易に考えません。それがなぜか分かりますか? それが道徳に反するからです。道徳のない人など獣と変わりありません」


「道徳を守るために、この子供たちには餓死させろとでもいうのか?」


「……辛い境遇だということは理解します。苦しいお立場でしょう。ですが――」


 金色の瞳をゆっくりと閉じて、マリエッタが無感情に語る。


「私が同じ状況ならば、人としての道を外れるよりも、誇りある死を選びますね」


 そのマリエッタの言葉に――ルーラが感情を爆発させる。


「お前――ふざけるな!」


 黒い瞳に憤怒の炎を燃やしたルーラが、マリエッタに掴み掛かろうと手を伸ばす。だが彼女の指先がマリエッタに掛かる前に、カイはルーラの顔の前に腕を差し出た。


 カイの腕にガンッと鼻頭を打ち、「ごげっ!?」と奇怪な声を上げるルーラ。首と背中を反り返らせて、ふらふらと数歩後退する彼女を見やり、カイは小さく嘆息する。


「ガキみたくすぐ熱くなるな。お前の悪い癖だぞ、ルーラ」


「これが熱くならずにいられるか! というか一つしか違わないのに子供扱いするな!」


 首と背中を押さえて抗議するルーラに、カイは「やれやれ」とまた深々と嘆息する。


「昔はカイお兄ちゃんと呼んでくる素直な奴だったのに、どうしてこう捻くれたのか」


「昔のことだ! だいたい止めるなら腕を掴め! なぜ顔面にラリアットを決める!」


「そっちのほうが、ルーラの反応がおもしれえだろうが」


「捻くれているのはお前だあああああ!」


 声を荒げるルーラを一旦無視して、カイはマリエッタに視線を向ける。ルーラとのやりとりに驚いたのか、ぽかんと目を丸くしているマリエッタに、カイが眉をひそめる。


「あんたもあんただ。俺たちの犯罪行為を咎めるために、俺たちについてきたわけじゃねえんだろ? 一体何を企んでいるのか、さっさと話してくれねえかな」


「え……ええ。そうですね。すみません」


 恐らく反射的に謝罪したであろうマリエッタが、こほんと咳払いをして口を開く。


「少々言い争いになってしまいましたが、私は別に貴方がたを断罪しようと考えていません。むしろその逆です。私の提案は貴方がたのような人間を救うため(・・・・)のものなのですよ」


「――何だと?」


 首と腰を押さえながら、訝しげに眉をひそめるルーラ。彼女と同様に、カイもまた怪訝に眉を曲げた。二人の疑問の視線を受けて、マリエッタが唇を舌先で舐め――


 その言葉を話した。


「単刀直入にお話しします。今から六年前。神聖樹の暴走(・・・・・・)により、森に奪われてしまった南区の広大な土地。それをウィザードである貴方の魔法で、取り返してほしいのです」



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