1話
「一目見た時から好きでした! どうか俺と付き合ってください!」
「うん、ごめん、無理……ってか誰?」
深々と頭を下げ手を差し出す大学3年古坂太一は今日、失恋を経験する。
高嶺の花とも取れる黒髪の長髪の同じ大学に通う美女に意を決して告白するも、相手にはそもそも太一の事を認識すらしてもらっておらず、一蹴されて終わる。
すたすたと颯爽と去る美女の背後でガクリと項垂れる太一。
近くの物陰でその様子を観察していた男性が姿を現し。
「……これで何回目の失恋だ?」
「…………94回目……」
正確には94回目であり、94人目の失恋である。
同じ相手に2度告白はしないが太一のポリシーなのだが、太一の傍らまで接近する男性、渡口雅人が嘆息し。
「94回も振られて次に行けるお前の精神は素直に感服するぞ。俺なら1度味わったらそこそこ経つまで立ち直れないからな」
皮肉なのか心底感心しているのかは分からないが、太一は雅人の言葉に鼻を鳴らし。
「何を言うんだ雅人。人生は一度キリ、学生生活も残り少ない。それなのに失恋でウジウジして折角の学生生活を無駄に出来るはずがないだろ! 次だ次! 次こそは青春を謳歌してやる!」
ぬぉおおお! と雄叫びをあげて気分を浮上させる太一だが、直ぐに冷静になり。
「……けど今日は止めておこう……雅人。ごめんだけど今日飲みに付き合ってくれ」
「あぁー。分かった分かった。だからまずは涙拭けよ。ほら、これで拭け」
そっとポケットティッシュを差し出す気遣いを見せる雅人に太一は感涙し、
「畜生! 雅人が男じゃなかったら真っ先に告白するのによ! もうこの際だ、雅人、俺と付き合ってくれ!」
「やめろッ! 俺にそんな趣味はない! てか離れろ!? マジで周りから誤解されるからよ!」
周囲からの冷たく痛い視線を浴び熱を冷ます太一。
友人の心優しさに思わず抱き着いてしまったが、そっと離れる。
「あぁ……本当に彼女が欲しいぜ。雅人。お前の交友関係に良い女性はいないのか? 出来れば、料理上手で優しくて、人を裏切らない様な奴」
「……お前、そんな理想を抱いてたら一生恋人なんて出来ないぞ? それに。俺の交友関係は殆どお前と被ってるんじゃねえかよ。ほら、言ってる傍から。女性1名様入りまーす」
棒読みでホストの様な言い方をする雅人に小首を傾げる太一だったが、近づく忙しない足音に唾を飲みこむ。
それと同時に太一の背中にバチンと強い衝撃と痛みが奔る。
「おいーす! 今日も元気に過ごしてるか若人よ! 優香お姉さんが来てあげたぞ!」
背中を叩かれ、叩かれた部分を押さえながら蹲る太一を下に元気一杯の女性。
太一はガバッと立ち上がり自分を叩いた女性にいきり立つ。
「おい優香! お前、いつも言ってるだろうが!? 人を不用意に叩くなってよ! 手加減知らずのお前の一撃、マジで痛ぇんだからな!」
吼える太一だが、ケラケラ笑う優香と呼ばれる女性はトントンと太一の額を指で小突き。
「こらこら。年上に対してその言い草は駄目だなー。年上にはもっと敬意を払って」
「なーにが年上だよ! 誕生日が2か月早いだけで同じ学年だろうが! 後、突くな!」
女性の名は三好優香。
太一と雅人と同じ大学3年。
何かと年上風を吹かす彼女だが、浪人しての年上とかではなく、優香は4月生まれ、太一が6月生まれで2か月早いってだけだある。ついでに雅人は11月生まれだ。
「それで2人はこんな所で何をしていたの? 禁断の逢引き?」
「なんで真っ先にその言葉が出るんだよ!?」
「うん。太一がその返しをしている事に遺憾だが。優香、これはあれだ、いつものあれ」
いつもの? と最初は分からなそうにする優香だが、直ぐに理解した様で、
「なるほど。また振られたんだね」
無邪気なのか人の心を抉る優香。
心を抉られダメージを受ける太一はカッと目を見開き。
「人の心を土足で踏みにじる悪魔女が! これでも案外心に傷負ってるんだから、卵を触るかの様にソフトに扱ってくれよ!」
「え? 嫌だけど?」
「即答ですかそうですか! もう涙で脱水症状置きかけてるよ! お前が女じゃなかったら一発ぶん殴ってたぜ!」
「止めろ太一。優香が男だろうが女だろうが、お前はボコボコにされるだろ? 1年前に経験済みなんだし」
「そうだったな! クソっ! 女の癖に喧嘩強くて、身も心もボコボコにされて男の威厳真っ逆さまだ!」
テンションをハイにして叫ぶ太一。
もう太一の心は先ほどの失恋を上塗りする程の屈辱を味わい違う意味で傷ついていた。
男としてのプライドを傷つけられ跪く太一を他所に、雅人が優香に尋ねる。
「そう言えば優香。お前、ここにいていいのか? 今やってる講義は出るやつじゃなかったけ?」
「あぁー。本当はそうなんだけど。妹が熱を出してね。今日は講義休んだんだ」
屈辱に涙を流していた太一はここでひょっこりと立ち上がり。
「妹? それは舎弟っていう意味の妹分ってことか? お前、やっぱり大学に入る前までは番長とかぐほっ!」
太一の失言を受け彼の鳩尾に一撃与える優香。
再び痛みで蹲る太一に雅人はため息を吐き。
「お前……そろそろ口は災いの元って言葉脳に焼き付けた方がいいぞ?」
太一の失言、優香の折檻の一連のやり取りを嫌って程見させられた雅人は太一に助言するが、一向に聞こうとしない太一に呆れるしかなかった。
「てか、舎弟じゃなくて本物の実妹だから! 私、高校とかは真面目でおしとやかで通ってた優等生だったんだからね! 周りからは優香お姉さまって言われてたんだから!」
「はいはい、妄想ご苦労様でぐほっ!」
デジャブの様なやり取りに雅人は額に手を当て。
「口を縫う手術ってどれくらいかかるのかな……」
いっそ太一の口を縫えば平和なのではと思わざる得ない雅人であった。
数度殴られよろよろ立ちの太一はコホンと咳払いを入れ。
「ま、まぁ……冗談はここまでにして。妹が熱を出したって、看病とかは大丈夫なのか?」
「一応はね。午前の間は看病してたけど、そこそこ熱が下がって来たから、講義は休んでもサークルには出ようと思って来たの。そろそろ脚本とかの土台を造らないといけないんだし。他の人たちは学校に来てるの?」
太一、雅人、優香は大学内の同じサークルに所属するサークル仲間である。
サークルは映像研究会。自ら脚本や役を演じて、それを映像として残し、学園祭で上映をするサークル。
しかし、地味という事で人気は無く、太一達より上の学年はいない上に人数は3人含めて8人と少ない。
「一応他の奴らに連絡したが、明美と卓也と慎二はバイトで休み。他の奴らは遅れるが一応出席はするらしい」
「私たちのサークルって本当にやる気のない人多いよね。そろそろ撮影を開始しないといけないのに。まだどんな映画にするかって方針も決まってないから、そろそろ本当にヤバいよ!?」
発表は主に学園祭。その学園祭は残り5か月切っている。
5か月あれば余裕と思われるかもしれないが、撮影だけでなく編集などに時間を費やす為に、決して安全圏内と言える程でもない。
暴力があって大雑把に思える優香だが、彼女は思った以上に凝り性気質があり、時間をギリギリまで費やすから、更に余裕を持たせなければいけないのだが。
「まあ、元々そんなに情熱があって入った訳でもないしな。俺たちの場合は、同じ学科のお前に無理やりに入れさせられたんだし」
太一、雅人、優香は同じ学科で太一と優香が席が隣同士になったって事で会話が増え。
映画の撮影に興味を持っていた優香が誘う形で太一と雅人は映像研究会に入会したのだが、特に入りたいって訳でもなく、逆に何に入りたいって事もなかった為に2人は今も在籍しているのだが、
「まっ、入ったからにはしっかりと何かを残さないといけないってのはあるが。一応ここの3人だけである程度方針を決めとうこうぜ。せめてジャンルぐらいはよ」
「ジャンルか……。アクションは撮影も編集も難易度高いし。コメディー……もあまりお笑いをしらないから無理として……無難に恋愛物かな……?」
「無難に恋愛物が出てくるのか……。それなら、俺の失恋話再現ドラマとかどうだ? それなら1時間でも、2時間でも語れるぞ?」
「「面白くないし需要ない」」
「一言一句同じ言葉で否定しないでくれよ!?」
振られるわ、殴られるわ、自虐のネタも全否定されるわで踏んだり蹴ったりの太一だが、
「恋愛物にするとしても、やっぱり華は大事だよな」
「華って、例えばどんなのだ?」
雅人の返しに太一は首を捻らせ。
「えっと例えばだが……ヒロインに大学の人気者を起用する……とか?」
太一が捻りだした案に優香は腕を組み。
「確かにその案は良いと思うけど、人気者か……」
「出来ればどこのサークルにも属してない奴がいいな。そんで、こんな弱小サークルの頼みも快く承諾してくれるような心が広い」
「そんな優良物件がウチの大学にいるわけ―――――」
「あっ、私1人心当たりある」
「「いるの!?」」
否定しようとしていた雅人は兎も角、言っていた太一すら驚きを見せた。
「で? どんな奴だ?」
「うーんと。言葉で説明するよりも、多分今日もあそこにいると思うから、これから行ってみよ。2人とも、私に付いて来て」
走り出す優香に、太一と雅人は互いに顔を見合わせると、先導して走る優香を走って追いかける。