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本当のプロローグ

「親父! 一体どういうことだ!」


 世界樹の裏側、人族の里から最も離れた土地に住まう、魔人族の王家が住まう城内の扉が勢いよく開かれると共に、魔人族特有の長い黒髪と茶色の肌、そして赤い瞳を持った顔立ちのよい男が王の間へと姿を現す。


「騒々しいぞ……ラムエ」


 一見、塔にも見える城の最上階、住まう者も少ないのに意味もなく広い王の間の中央で、玉座に鎮座する黒衣を纏った初老の魔人族の王は、飛び込んできた若い魔人族の男性を睨んだ。


「黙れ……俺に確認もなく勝手なことをしやがって、どういうつもりだ?」


「機を逃した。故に下がらせるのだ……無駄に命を散らす必要もないからな」


 六大種族の一つ魔人族。魔人族はエルフのように長命ではないが、エルフと同じく繁殖能力が低く、総数の少ない種族である。


 なのに、六大種族の一つとして数えられているのには理由があった。他の種族と比べ、群を抜いた身体能力と、スペシャルとは別に、特有の力が備わっているからだ。


 その力とは、他者を食らうことで強くなれる――魔物と同じ力である。


 そして他者を食らうことで寿命も延びるため、繁殖能力を必要としない。


 また、魔人族は種族の傾向として、殺傷能力の高いスペシャルを持つ者が多く、他の六大種族が純粋な戦闘能力においては最強と認めているほどである。


 しかし、魔人族が他の種族の領地を襲うことは滅多にない。


 稀に魔人族の若者が己の力に驕り、襲うことはあってもそれはその若者が勝手にしでかしたこととして切り捨て、他の魔人族が関与することはない。


 それだけ、魔人族は全体の数が少ないのだ。


 どれだけ強くとも、全ての者がスペシャルを持つこの世界では、数の力が圧倒的に有利になることを、魔人族は理解していた。故に無駄な争いを避けるのだ。


 他の種族も、それを理解しているのか魔人族には不用意に手を出そうとはしない。


 というのも、たとえ総数が少ないといえども、魔人族一人に対し、百人規模で挑まなければ勝利を掴めないほどに力の差があり、手痛い犠牲を払うことになるからだ。


 だからこそ、魔人族は数を保有することで他の種族へと牽制を果たしているのである。 


 だがそんな魔人族は、満を持して他の種族へと攻め入ろうとしていた。


「俺たち魔人族が今回の侵攻をどれだけ待ち望んでいたのか理解していての判断か?」


 というのは先日までの話であり、それは急遽中止となる。


 魔人族の王という立場を使って号令を出しておきながら、いざ攻め入ろうとした直前になって臆し、侵攻を中止したことを不満に思い、王の息子であり、王子という立場にあるラムエは、真意を確かめるために王の元へと足を運んでいた。


「答えろ……親父、返答次第によっては……てめぇを喰って俺が侵攻の指示を出す」


 ラムエは鋭く赤い眼光を放ちながら魔人王の胸倉を掴む。


 だが魔人王は、余裕のある笑みを浮かべると、ラムエを突き飛ばした。


「気付いているくせに……不満をぶちまけないと気が済まないか? やはりまだお前は青い」


「……なんだと?」


「世界樹に潜んでいた巨大な力を持つ魔物の気配が消えた……お前も気付いているはずだ」


「……だからどうした?」


「人族への侵攻は、その巨大な力を持った魔物に人族を襲わせる前提で成り立っていたもの。その魔物がいなくなった今、急いで侵攻をする必要はなくなったということだ」


「だから……どうした⁉」


 それをわかった上で不満をぶつけているのか、ラムエは再び憤怒する。


「誰に殺されたかは知らんが、そんな魔物の力など最初からあてになどしていない! 俺たち魔人族は最強の種族だ。他の種族を恐れる必要などない……正面からぶつかり、皆殺しにすればいいだけのこと! 俺たちは倒せば倒すほどに強くなれるのだからな!」


「それが青いと言っている。スペシャルはいわば……札遊びのようなものだ。どれだけ強力なスペシャル持っていようが、相性の悪い相手は必ず存在する。数で攻められればお前とて負ける可能性は万が一にもあるのだ」


「親父は俺の力を信用していないのか? 俺が誰かに負けるような雑魚だとでも?」


「まさか……お前は間違いなく最強の男だろうさ。人族の人間が千人束になって襲ってこようが、よほどのことがない限りは勝利を収めるだろう」


「言っていることが矛盾しているぞ? 俺が勝つと思っているくせに臆しているのか? その万が一の可能性を恐れて? くだらん……くだらんぞ!」


 ほぼ負けることはないとわかっていながら、それでも攻め入ろうとしない魔人王に呆れてか、ラムエは殺すつもりで魔人王に拳を突き出した。しかし拳が触れた途端、幻影だったのか魔人王の姿はその場から消え去ってしまう。


「……上か!」


 直後、ラムエの頭上から魔人王による強烈なかかと落としが降り注ぐ。


 とっさに両腕をクロスさせ、かかと落としを受けるが足場は耐えきれず、そのまま城の最上階から一階にかけて床を突き抜け、叩き落とされた。


「っち……瞬間移動か、相変わらず厄介なスペシャルだ」


 瓦礫を除けながらラムエは這い出ると、服に着いた砂ぼこりを払って立ち上がる。すると、一階にまで落ちたラムエを追って飛び降りた魔人王が、目の前へと着地した。


「だが、そんな私でも負ける相手はいる」


「当然だ……俺が親父よりも強いからな」


「馬鹿が、お前は本当に単細胞だな。人族の中にいると言いたいのだ」


「それが親父にとっての万が一の相手ということだろう? 俺には関係のない話だ」


 血走った眼でラムエは自信満々に言い切る。


 実際、魔人王とラムエの間には、絶対的な力の差があった。たった今、強烈な一撃を与えたにも関わらず、ラムエには傷一つ、ダメージ一つないほどに。


「ハッキリと言ってやろう……お前では決して勝てない相手が人族にはいる」


「……何?」


 聞き捨てならないのか、ラムエは眉間に皺を寄せる。


「だったら何故、侵攻の号令を出した? 絶対に勝てない相手がいるとわかっていながら」


「その者は、普段この世界には滞在していない。絶大な力を持ちながら、世界樹に巣食っていた魔物がずっと放置されていたのもそのためだ」


「この世界にいないだと?」


「だが、どうやら帰ってきているようだ。恐らく、世界樹に巣食っていた魔物を倒したのもその者のはずだ…………ならば、今は攻め時ではない。その者が再びこの世界からいなくなった時を狙う」


「…………ふ、ふはは!」


 かつて最強と謳われた魔人王のあまりの腑抜けぶりにおかしくなったのか、ラムエは噴き出して笑い声をあげた。


「ただの人間を相手に随分と臆病じゃないか? 魔人王も弱くなったものだ! 留守中を狙ってこそこそと攻め入るだと? 俺たち最強の種族がたかが一人の人族を恐れて⁉」


「なんとでも言うがよい……お前でも勝てん相手よ」


「戯言を……そこまで言うのであれば戦ったことがあるのだろう? 名はなんというのだ?」


「……アルデロン・アルハザード」


 聞き覚えがあるのか、ラムエは一瞬、ピクリと反応を見せる。


「……聞いたことはあるな、アルハザード……確か人族の間でも危険視されている男だったか?」


「お前でも聞いたことくらいはあったか」


「どの程度の強さなのだ?」


「あれは……強いとか、そういう相手ではない」


「……どういう意味だ?」


「この世界で最強の男は間違いなくラムエ、お前だろう。だがアルハザード……あの男には絶対に勝てん」


「意味がわからんぞ……どういうことなのかハッキリと伝えろ!」


 ハッキリとした答えを出さない魔人王に痺れを切らし、ラムエは強い口調で問いかける。


 だが、魔人王もどう答えたものかわからず、困惑した顔を浮かべた。


「かつて……一戦を交えた時、私はわけもわからぬうちに負けていた」


「親父が……手も足も出なかったということか?」


「そうだ。そしてそれは、強いとか弱いとかそんな領域の話ではない。あれは……強さという概念の外にいる。力の強さではどうしようもないのだ。最強だとしても、どれだけの強さを手に入れようとも、勝てない存在……」


 一度戦いを交えた時の、あまりの無力さを思い出してか魔人王は身震いする。


 その姿は、ラムエにとっても意外な姿だった。


 腑抜けたと言っても誇り高き魔人族の王。どれだけ強い相手――――それこそ自分という圧倒的な強者を前にしても臆すことなく立ち向かう心の強さを秘めている。


 そんな魔人王が、苦い顔を浮かべているのだ。それが、どれだけとんでもない相手だったのかは、言われるまでもなく理解できた。


「なるほど……まるっきり冗談というわけでもないようだ。面白い」


 その姿を見届けたあと、ラムエは魔人王に背を向けて出口の扉へと向かう。


「……どこに行くつもりだ」


「親父を信じるならば、今のままでは勝てないみたいだからな。喰らいに行くのよ」


「……喰らう?」


「……どれだけ強いと言っても所詮は人族、強さの限界は必ずある。俺が負けるとは思えんが、親父にそこまで言わせたことに敬意を払って、念を入れて更なる力を手に入れにいくのさ。人族では決して届かない……生物の限界を超えた力を」


 そして、それだけ吐き捨てると、ラムエは城内から去っていった。


「単細胞の青二才が……」


 ラムエが辿ることになる結末を確信して、魔人王は深いため息を吐き出す。どれだけ青く単細胞であれ我が子には変わらず、心配だったからだ。


 せめて、かつての自分と同じように、慈悲を与えられることを祈りながら、魔人王は自分の手で破壊してしまった城内を掃除するため、箒と塵取りを取りに最上階へと戻っていった。

次回更新は12/04 0時 or 7時予定です

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