異世界現代化計画
「こちらの方はファティマ様だ。暫くこの家で面倒を見ることになったこの世界の女神様さ」
「ほぅ……女神様ですか? そのような方がどうしてアルハザード家に?」
近くでも顔は見えなかったが、ヨシーダはそれでも疑問視しているのがわかる反応を見せる。
「それはこれからどうしていくかも含めて話すさ。恐らくは長く、この屋敷で世話をすることになるだろうから、お前もいつもの調子で接してくれていいぞ?」
「マジですかぁ⁉ ヒュー! 女神様太っ腹ぁふぅぅ! お近付きの印に一緒に踊りますぅ⁉ レッツミュージック! …………ちょ、ご主人、音、音を返して」
許可を出すや否や、先程までの丁重さが一瞬でなくなり、ヨシーダはラジカセのスイッチを雑にカチカチと鳴らす。
「……裏表の激しい人なのです」
「申し訳ないッス……基本的には私がお世話するッスから耐えてほしいッス……! ほら、馬鹿兄貴! 音もないのに踊ってる場合じゃないッス! 話し合いをするって言ってるッスよ!」
いつもながら騒がしい空間に、それまで黙って見ていたロップイもため息を吐き出す。
なんとなく、いつもこの家にいないというロップイの気持ちを理解してしまい、ファティマも続いて深いため息を吐き出した。
「で……ご主人。そろそろ本題に入ろうぜ? 俺たちは何をすればいい?」
痺れを切らし、ロップイは取り出した葉巻に火をつけながら問う。
ロップイの真剣な眼差しを受け取ると、アルも真剣な顔つきで頷き、どうしてファティマと行動を共にすることになったのかの経緯を話し始めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「マナの枯渇を防がないと、この世界の生物がいずれ全て死に絶える……か、随分と規模のデカい問題じゃねえかご主人?」
「しかも全員が全員、マナを無駄遣いしないようにし続けないといけないって……そんなのどう考えても無理ッスよ! マナを消費するスペシャルは私たちの生活の一部ッス、使うなって言われて素直に使わなくなる人なんていないッス!」
経緯の説明を終え、想像以上に解決の困難な問題に、ロップイとルミナは険しい顔を浮かべる。
「……どれくらいの時間が残されているので?」
それまで無駄にハイテンションだったヨシーダも、事の大きさを理解してか、手を顎に置いて真剣な口調でファティマへと問いかけた。
「世界樹も生命力を無くしてすぐに枯れたりはしないので数十年は生きることはできますが……生命力を無くせばもうどうしようもありません。故に期限は……あと五年あるかないかです」
「五年以内にマナの消費を抑える方法を確立しないといけない……まだ余裕があるようにみえますが、かなり難しい話ですね。つまりはこの世界の全ての者に、マナを消費しなくてもこれまでの生活に支障のない方法を提供しなければならないわけですから」
単純に、全ての者に事情を話したところでどうにかなる話でもなく、ヨシーダは頭を悩ませる。
「全ての者に事情を伝え、協力してもらえないですか?」
「たとえ事情を話したところで、それを信じる者は少ないでしょう。人は実感を得て初めて審議する生き物ですから……少なくとも、信じるに値すると感じた時には手遅れかと思われます」
それはなんとなくわかっていたのか、ファティマは残念そうに「やはり……そうですか」と暗い顔で俯いた。
「まだ、我々人族だけの問題であるならばなんとかなるかもしれませんが、他の種族もとなればさらに難しい、なんせ……我々六大種族は争っている立場にありますから、マナを使うなと言われても敵国の戯言にしか思わないでしょう」
「それに……仮に信じたとしても、ルミナの言葉通り、マナはこの世界において生活に必要な一部だぜ? 駄目とわかっていても使う奴は現れるだろ」
アルに以前言われた同じ見解をロップイに吐かれ、この世界の知ある者たちを信じたかったファティマはさらに顔を暗くさせ、俯いたまま黙りこんでしまう。
「ご主人の力でなんとかできないッスか?」
「俺の力もマナは使うし、できるならやっているさ。俺の力は壊すことはできても、再生をもたらすようなことができないのは知っているだろう?」
「あぅぅ……じゃあどうすればいいんスか~?」
ルミナには解決方法に見当がつかず、頭を抱えて「うー」と悩みこむ。
第一前提として、マナを消費するスペシャルを使って解決できる問題ではなかった。
なのに、スペシャルに頼りっきりのこの世界の住人に、スペシャルを使わない打開策を見つけろと言われてまともな案が浮かび上がるわけもなく、一同は苦悩する。
「ふむ、つまりは……スペシャルの代案があればいいんだろう?」
暫くして、アルは何かを思いついたのか指をパチンと鳴らした。
「何か方法があるので?」
「マナは……この世界にだけ存在する特別な力だ。でも、俺がこれまで行ってきた異世界は、マナがなくてもちゃんと生活ができていた」
「なるほど」
それだけの説明で理解したのか、ヨシーダ感心した様子で頷く。
「つまり……どういうことッスか兄貴?」
「簡単な話さルミナ。異世界ではスペシャルがなくとも、ご主人が持ってきてくれたこのラジカセのように、高度な文明によって生活が支えられている。つまり……この世界にその高度な文明を取り入れてしまえば……全員が毎日ハッピーってわけよぉ⁉ ヴェェェェエイ!」
「解決策が見つかったからって急に素に戻らないでほしいッス」
もう考える必要もないと感じたのか、ヨシーダはラジカセのスイッチを入れて突然踊り始める。気を抜いてふざける実の兄に一瞬顔を引きつらせるが、内心解決策が見つかってホッとしたのか、ルミナはすぐに安堵して微笑を浮かべた。
「そ、そんなの駄目なのです!」
そこで、俯いたまま黙り込んでいたファティマが慌てて叫ぶ。
「言ったはずです……異世界の文明を持ち運ぶのは禁忌! 最悪……今よりもまずい状況になってしまう恐れだってあるのです!」
異世界の文明を多少なりとも知っているファティマは、仮にそれが、この世界の住民の手に渡った時の危険性を案じていた。仮に危険な道具が渡ってしまえば、一方的な虐殺もありえてしまうからだ。
「だが、異世界の住民はその高度な文明を持っていながら秩序を保って生活をしていた」
「それはその世界の住民がその文明の正しい使い方を理解しているからで……!」
「なら、この世界の住人に正しい使い方を教え込めばいい」
既に考えがあるのか、アルは自信に満ちた笑みを浮かべる。
「そもそも、この世界はスペシャルが文明の基盤にあるせいで、全体的に文明力が低い。この世界では一番文明力の高い人族でさえ、こんな現状だ」
「ですが……禁忌は禁忌なのです! そこに転がっている害のないアイテムがニ、三個程度ならまだしも。この世界全体に対して与えるなんて……たとえあなたでもそれは許されません!」
「別に持ち運ぼうってわけじゃない。取り入れるのさ」
「取り……入れる?」
「そう、禁忌なのは異世界の完成されたアイテムを、その作り方もわからない者たちに渡すことだろう?」
そもそも禁忌とされている理由は、取り入れた文明に対する対処方法がないことが大きな原因となっている。つまりは対処法、誰もが同じ物を作れる環境になればいい。
突然高度な文明の道具を与えてしまうのではなく、高度な文明の道具を作る方法をこの世界の住人に身に着けさせ、マナがなくとも生活ができる基盤を与えてしまえばいい。
異世界では当然の文明を、この世界へと浸透させる――
「文明力が低いのであれば、その水準を俺たちの手であげてしまえばいいのさ」
異世界現代化計画が今、始まろうとしていた。
次回更新は12/03 13時~14時予定です