バイブス天上げの男
「というか……なんなのですかこの空間は? 彼が担いでいる箱もそうですが……見たことのない道具が転がっているのです。この世界では見慣れない書物も」
ファティマには少なくとも、部屋を照らしている道具にも、女性の絵画が表紙になっている書物にも見覚えがなかった。
「それはそうだろう、異世界にしかない道具だからな」
そんな見覚えのない書物を拾い上げながら、アルは当然のように吐き捨てる。
「異世界の……道具⁉」
何気ない一言だったが、ファティマは信じられないといった顔で取り乱した。
「どうしてそんな物がここにあるのですか⁉ 他の世界の物を持ち運べばこの世界に大きな影響を与えてしまいます! 言われずともその行為が禁忌であることはわかっているはずでしょう⁉」
「だから影響を与えないものを選んで持ってきているさ。それにそれを言うなら……俺をこき使うために異世界に移動させること自体が禁忌じゃないのか? あんたらがルールを破っているのに、俺にはきっちり従えというのはおかしな話だろう?」
その通りすぎて言い返せないのか、危険で愚かな行為であるとはわかってはいつつも黙りこむ。
仮にこの世界には存在しない、絶大的な破壊をもたらす魔石や兵器を持ち運んだ場合、この世界にいる者たちはそれに対する対処法がないため一方的な破壊を受け入れるしかなくなる。
そういった理由で、他の世界の産物を運び出すのは、神々の間で禁忌とされていた。
というよりも【とある事情により、禁忌にするしかなかった】のだ。
「彼の服装は何なのですか? 見たことありませんが……これも異世界の服装なのでしょうか?」
今も尚、こちらに気付かず一人で踊っているヨシーダの服装を引きつった顔でチェックする。
ヨシーダは鎖かたびらを内側に着込んだ、この世界では見慣れない黒色の装束を着ていた。
どんな男がそんな服を着ているのかとファティマは顔に視線を動かすが、ヨシーダは基本的に顔がほとんど見えなかった。
頭部にはこれまたこの国では見慣れない帽子が着用されており、その帽子からはみ出た金髪で目元が見えず、口元も布で覆われているため顔が見えない。
「ああ、異世界の日本という国の暗殺者が、大昔に着ていたとされる服装さ。帽子は別だが」
「そんな異世界の大昔の服装を、どうして彼が着ているのですか?」
「その世界には漫画と呼ばれる絵を使って物語を展開する素晴らしい文化が広まっていてな? そこに転がっている本だが……その忍者が題材になっている漫画をお土産にあげたんだ」
「それで?」
「次の日にはその漫画に登場する忍者と同じ恰好になっていた」
「影響を受け過ぎでは?」
自分でその服を用意したことから、言葉通りどんな業務でもこなせる器用さが窺えたが、それでも色々とツッコミどころ多く、ファティマは複雑な表情を浮かべる。
「彼が担いでいる音楽の鳴っている箱は何なのです?」
「あれはラジカセといってな。異世界で超がつくほどトレンドなアイテムなんだ」
「あれも……お土産なのですか?」
「ああ、これまた異世界の日本と呼ばれる場所の秋葉原という街でな?」
「……そういえば行ったり来たりしていたと言っていましたね」
それは、アルが日本の秋葉原を、特に目的もなくフラフラと歩いていた時のことだった。
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『おい、見ろ來栖! ラジカセだぞ! 数十年も昔のアイテムがまだ置いてあるとは……やはり秋葉原のジャンクショップは面白いな! レアなアイテムがたくさんある!』
『へぇ……ラジカセか、これを肩に担いで音楽を鳴らしながら渋谷を歩くのが流行の』
『えぇ⁉ そ、そうなのか⁉ 知らなかった……我の知らないことがたくさんあるのだな』
『うん、そうなんだよ……だ、だから……っぷ、ぜひやってみてくれ』
『どうして笑っておる? おい、何か隠してないか?』
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「俺はすぐにヨシーダへのお土産はコレだ! となった」
「馬鹿なのですか?」
「何故だ⁉ 流行のアイテムを買い与えとけば間違いないだろう? 実際ヨシーダは大満足して毎日パーリーナイトだ」
せめてどんな機能があるのかを調べてから買う決断をするべきであると、ファティマは少しだけアルの判断能力に不安を覚える。
「ラジカセのせいで、毎晩毎晩うるさくて勉強に集中できないッスよ! 使うなとは言わないッスけど……せめて夜は使うのを控えるようにご主人から注意してほしいッス!」
その結果、こうして目の前で一人異様な恰好で踊り狂う、新たな馬鹿が誕生したことを考えると、ルミナは普段から馬鹿に挟まれて苦労した生活を過ごしてきたのが窺えた。
それでも最初、疲れの見えない、むしろ疲れを吹き飛ばしてくれる笑顔を振りまいていたのを思い出し――
「め……女神様? ど、どうしたッスか急に?」
「いえ、きっと苦労してきたのだろうなと思いまして……」
急に尊くなって、ルミナの頭を優しく撫でてしまう。
「そういえばルミナ、あなたは王国の学院に所属する学生兵士の身で、どうしてメイドを兼業しているのですか? アルに何か弱みでも握られているのですか?」
「人聞きが悪いな女神様、俺がそんなことするわけないだろう?」
「そうッス! ご主人はクールぶっている割にアホな発想が多いだけでとっても良い人ッス! 相手が女神様であってもご主人を馬鹿にするのは許せないッスよ!」
「お前が一番、ご主人を馬鹿にしているんだが?」
しかし、馬鹿にされたことにすら気付いていないのか、ロップイの指摘にアルは「え⁉」と呆けた顔を浮かべる。そしてすぐに、言われても仕方がないかとロップイは溜め息を吐いた。
「とにかくご主人は、三歳になったばかりの私と、まだ五歳だった兄貴を拾ってくれた恩人ッス! おまけに学院にまで通わせてもらって……文句なんてあるわけがないッスよ!」
「拾ってくれた……? というかお兄さんがいらっしゃるのです?」
「そこで一人で騒いでいる馬鹿が、ウチの兄貴ッス」
指先のラジカセを肩に騒いでいる忍者を視界に「……ああ」とファティマは憐れむ。
「……私と兄貴は昔、貧民区で暮らしてたんスよ。お父さんはいなくて、お母さんが日銭を稼いでなんとか生活できてたんスけど、お母さんが病気で天国に行っちゃって……野垂れ死ぬしかないって時にご主人が現れたんス」
「貴族のあなたが……どうして貧民区にいた二人を拾おうと思ったのですか?」
その時の心情がわからず、ファティマはアルに問いかける。
「出会ったのはたまたまだが、俺と境遇が似ていたんでね……単純にほっとけなかったのさ」
それはずっと昔、まだアルが五歳と幼かった頃のことだ。
アルは五歳の時、初めて異世界へと飛ばされる。
そして、必死の思いで異世界を救い、再びこの世界へと戻ってきた時、アルの父親と母親は行方不明になっていたのだ。当時のアルにはわけがわからなかった。
苦労してようやく異世界から戻ってきたのに、どうしてこんな悲劇が待っているのかと。
結局、父親と母親の行方は誰にもわからず、アルは齢五歳にして家督を継ぐことになる。
『こんなお子様がアルハザード家を? アルハザード家もおしまいだな』
そして、誰もがそう笑った。
『は? キレそう』
だからアルは、見返してやろうと考えたのだ。大人の力など借りず、自分だけの権力と経済力を得て、他の貴族たちを黙らせようと。
そんな時、アルはルミナとヨシーダに出会った。
「あの時のご主人はカッコよかったッス、大人に俺たちの力を見せつけてやろうぜって……最高にクールだったんスよ」
ルミナにとって今でも印象に残っている出来事なのか、嬉しそうに頬に手を当てる。
「結局、両親は今も戻っていないのですか?」
「大規模な捜索もしたが行方知らずさ。ま……当時のアルハザード家も色々と妬まれていたんでね、俺が留守の時に闇討ちにあったんだろう。さすがに今も生きているとは思っていない」
今となってはどうでもよいことなのか、あっけらかんとした態度でアルは言い切る。
「……だからこの家には二人だけしか使用人がいないのですね、納得がいったのです。しかし、二人だけで管理するにもこの屋敷は少し広い気がするのですが、大丈夫なのですか?」
「兄貴はああ見えて割と仕事はできるッスから。私の倍は働いてる思うッスよ? まあだから……兄貴の楽しみを潰すようなことを私は強く言えないんスけど」
「だな、さっきも言ったがヨシーダはできる男なのさ」
そう言うと、アルは指をパチンと鳴らす。
すると、先程までラジカセから鳴り響いていた音楽はピタリと止まった。
「イェエエエエエエエエイ! フォォオオオオオオ! バイブスあげあげフワフワッフ……わ?」
それでようやく気付いたのか、ヨシーダは振り返ってアルたちへと視線を向ける。
そして、アルたちの姿を目視して暫く静止したあと、ラジカセを地面に置き、ゆっくりとした歩調でアルたちの元へと近付き――
「おかえりなさいませ、ご主人様。こちらの麗しいお嬢様はご主人様のお客人でしょうか?」
「ギャップがひどい」
丁寧なおじぎを見せた。
あまりの差の激しさに、ファティマは苦い顔を浮かべてしまう。
次回更新は12/03 7時予定です