エピローグ
「…………何故俺がこんなことを」
「大事な仕事ですよ。あなたはご主人様が成そうとしている世界を見たいのでしょう?」
「その通り……だが、興味がなくても従わざるを得ないだろう。誰もあの男は倒せないのだからな。……寿命がないのであれば、俺たち魔族であってもどうしようもない」
ユシール王国の領地の広がる大陸から北西へと向かい、五日間馬車を走らせて国境を越え、さらにそこから五日間馬車を走らせた場所に広がる大森林、そこで魔人族の王子ラムエとアルハザード家の執事ヨシーダの二人は双眼鏡を覗き込み、森の様子を窺っていた。
一見、一つの大森林に見えるが、実際は複数の森の集合体。とはいってもそれは、そこに住まう者たちが勝手にそう言っているだけである。
一つにしか見えない大森林の中には、エルフ、ドワーフ、エレメント、フェアリーなど、精霊族と呼ばれる種族が住まう区域。
ゴブリン、オーク、リザードマン、トロルなど、蛮族と呼ばれる種族住まう区域。
そして獣人と呼ばれる、人間に姿が限りなく近く、獣の特徴と能力を併せ持った獣人族と呼ばれる種族が住まう区域で分かれている。
六大種族の一つに数えられるこの大森林に住まう種族たちではあるが、正式な名称が決まっていない。
というのも、この三種の種族たちが常に争い合っているからだ。我こそがこの大森林の支配者としてふさわしいと、長年の間、他の六大種族からの襲撃にも対応しつつ争い合っている。
「六大種族の一つか……ふん、場所さえ遠くなければ、俺たち魔人族がとっくの昔に滅ぼしてやっているというのに」
「そう簡単にはいかないでしょう。真に種族根絶の危機に陥れば必ずあれらは結託します。一つの種族だけで手を焼いているのに……結託されでもしたらいくら魔人族であっても厳しいかと」
「それは俺たち魔人族を舐めすぎだ……勝ちはする。だが……こちらに大きな損害が出るのは確かだ。そこを人族に狙われたらたまったもんじゃないから手を出さないだけでな」
力は一応認めているのか、ラムエは素っ気なく答える。
「しかし……なんだ、貴様のその喋り方。なんかとっつきにくいな」
「ブェエエェェエ!? もしかしてラムエきゅん、こっちの喋り方の方がお好みディスかぁ!? それなら早くそう言って欲しいッスふぅうううう!」
「いや、やっぱり戻してくれ」
現在二人は、蛮族が住まう森の区域ではなく、獣人族と精霊族が住まう森の区域を分ける境目を監視している。
二つの種族に動きがないかを見張るためだ。
「アルデロンは何故急に奴らを監視しろと言い出したのだろうな」
「いよいよ動き始めるってことなのでしょう。そのために手に入る情報はなるべく欲しいのだと思いますよ」
「なら、どうして蛮族は監視対象に入っていない」
「蛮族は知識に乏しいですからね、会話を試みても無駄なことが多いですので。……ご主人様は力づくでの平和ではなく、改変による平和を求めていますから」
「あいつもまどろっこしいことをする。その気になれば、全てを支配下におくことだってできるだろうに」
「ご主人様いわく、そんなつまらないことをするくらいなら何もしない方がマシだそうですよ」
その言葉を、圧倒的な力を見せられた後の今のラムエには少し理解できた。
全てを支配した後、誰も逆らわず、誰もが恐怖して同じ反応を返す――そんな退屈な世界が見えたからだ。
「……おい、あそこ。何か動きがありそうだぞ」
「あれは……エルフですか? 何やら戦いの準備をしているみたいですが……」
「何やらも何も、戦いの準備だろう。問題は相手がどこかだが……」
「もっと近付いて他の種族も偵察しましょうか、恐らく獣人族だとは思いますが……行きますよラムエ様」
そう言いながら、空間転移のゲートを開くヨシーダを見て、ラムエは一瞬無表情のまま思考する。
当たり前のように空間転移用のゲートというとんでもないものを開くこの男も、アルに出会わなければ人族として戦うだけのただの戦士だったのだと。
それも恐らくは最強の部類。戦えば魔人族が相手であろうと脅威になる男が、ただ一人の男のために働いている。
そして、それは今や自分もだった。なのに悪い気はしなかった。
「どうしました? 行きますよ」
「……ああ」
気付けば、あれだけ支配欲に飢えていた心は消えてなくなっていた。今はただ、純粋にそんな男がやろうとしていることを見届けたいと考えている自分がいるのだ。
少なくとも、今はただ力のままに暴れる時ではない。
いつか、アルが死に、世界から消えるその日までは退屈せずにすみそうだ―――――そう考え頬を緩ませながら、ラムエは空間の歪んだゲートの入口へと入っていった。
今回の更新で第一部終了となります。
力及ばず、この作品に割ける時間的な余裕がなく(働かないとなので)、第二部の更新の目途がたっていないため、楽しみにしていただいていた方には大変申し訳ありませんが、一旦の完結とさせていただきます。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。




