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そして次の舞台へ

「シオン、心配はいらないぞ。我が友人が困ることのないよう。ダグラス少年とはしっかり契約を結んでいるからな」


「契約……ですか?」


 面倒だからと口約束だけで省いてしまいそうな印象があったため、意外にもちゃんとしているのだなとシオンは感心した様子でアルをまじまじと見つめる。


「ああ……破れば死んでもらう契約をな」


 だが次に見せた、冗談で言っているようには思えない寒気のする笑みを前に、シオンはゾっとして顔を引きつらせた。


「細かな契約はあるが、ダグラス少年が気にするべき重要な契約は一つだけだ。覚えているか?」


「人が作ったルールを守れ……でしょう? わかっていますよ先生」


「ちゃんと覚えているようで安心したぞダグラス少年……じゃあルールを破っていいタイミングは?」


「度し難い理不尽が迫った時、誰かのためになるのなら……でしょ?」


 ダグラスも、少し苦い顔で言葉を返す。


 アルは善と悪の定義が人の考え方一つで変わると考えているとはいえ、人の社会において悪人とされる明確な位置付けは決まっている。つまり、世が定めた法を破ってしまった者のことだ。


 定めた法を破ることに意味があるのかと問われれば、本来奴隷の身分でもない者を無理やりに奴隷の身分に落として売り払ったり、ギャングを囲って裏で動かさせるなど、他ができないからこそ莫大な利益を生む事業が多くある。


 大きなメリットを得る代わりに、他の誰かが不幸になる。それを全ての者がやったとすれば秩序などなくなってしまう。故に法によって禁止されているのだ。


 だが、やはり莫大な利益という魔力に負けて、キールのような裏の住人たちが現れる。いくらを定めたところで、破る者は現れるのだ。


 故に、アルは「悪いことをするな」、「キールのようになるな」、「人のためになることをしろ」などとは言わず、「ルールを守れ」とだけダグラスに伝えたのだ。拘束力のない単純な契約だが、シンプルでわかりやすく、この間の戦いでダグラスに植え付けた恐怖心を最大限に活かした、キールのような過ちを犯させない効果的な契約だった。


「よし、ちゃんと理解しているようだな」


 ちゃんと覚えていることに満足したのか、アルは笑みを浮かべてダグラスの頭を乱雑に撫でまわし、そのまま屋敷の外へと向かおうとする。


「どこへ行かれるので?」


 するとすかさず、リアが行き先を問いかけた。


「騎士団たちの様子を見に行くのさ。どれくらい動ける騎士団たちなのか、見ておかないと使うにも判断に困るんでね」


「さようですか……お気をつけて」


「何言ってるんだ? 君にも来てもらわないと、聖騎士団は君の言うことしか聞かないだろう?」


「……わかりました。それでは着替えてまいりますので……」


 リアは心底嫌そうに返事をすると、そそくさと屋敷の一階にある更衣室へと向かう。


「おいおい、どうしてその必要があるんだ?」


 だがアルの問いかけを聞いてピタッと足を止めると、げんなりとした顔を浮かべて踵を返し、無言のままアルの後ろへとついた。


「いったいどんな弱みを握られているの!?」


 あまりのリアの仕方なさそうな感じに、シオンがツッコんでしまう


「リアは……お勉強中」


 その時、シオンの疑問に答えるようにニルファがシオンの傍に寄ってボソッと呟いた。


「お勉強中って……どういう?」


「知らねえのか? 元々……閃光の姫君は名門貴族のお嬢様なんだ」


 ダグラスの説明を聞いて、少し驚きはしたが、シオンはすぐに納得顔を見せる。


 リアは名門の貴族の出であると言われても、なんら不思議ではない整った顔立ちと、品のある振る舞いをしていたからだ。


「でも、お勉強中っていうのは?」


「ああ……スペシャルがあまりにも強力なんで、騎士としての活躍を認められてたが……今回の失態で家に戻るように言われたんだとよ。これ以上アルデロン・アルハザードに関わらないよう騎士をやめて、さっさと女として他の貴族に嫁ぎに行けってな。そこでアル先生が助け舟を出したんだ」


「ああ……なるほど」


 そこまで説明されてなんとなくの事情をシオンも理解した。


 アルは今回の件で家に連れ戻されそうになったリアに責任を持たせることで、リアを騎士団から離れさせない借りを作ったのだった。新しく作った騎士団の指導をさせることで、リアにそれを果たす責務を与え、家からの強制的な騎士団の脱退を防いだ。


 名門の貴族であれば、いくら聖騎士団の団長といえど、鶴の一声でどうにでもなってしまう権力がある。とはいえどんな名門の貴族であろうと、アルには逆らえない。


 だが女性として騎士をやめてほしいというリアの親族の意図も汲み、アルは折衷案としてリアにメイド服を着させたのだった。騎士としての活動を認めさせる代わりに、女性としての作法も学ばせると。


 無論、名門の貴族の娘がメイドなど、認めたくはなかったが、相手がアルでは致し方がない。


 故にリアも、リアの家族も、これが今回の騒動におけるリアに対する罰なのだと諦めをつけている。


「っく……団員たちになんて言われるか、この私がメイド服など……!」


 不服そうに、リアは顔を赤くして悔しそうな顔を見せる。


「大丈夫、君のメイド服はとても似合っている。誰も馬鹿になんかしない」


「似合っている、似合っていないとかそういう問題ではありません」


「なら言い方を変えよう。これから聖騎士団は直接の所属じゃないとはいえ、俺と行動を共にするんだ……騎士がメイド服を着ないとか、貴族のお嬢様がメイド服は恥じだとか、そんなどうでもいいプライドは早めに捨てることをおススメするよ」


「いったい私に何をさせるつもりですか……?」


「おっと、勘違いをしているな。俺が言いたいのは、そんなプライドがあったところでなんの意味をなさない価値観に変わるだろうから……ということさ」


 言葉の意味がわからず、リアは首を傾げる。


「騎士団を育成していますが……あなたはこれから何をするつもりなのですか?」


「決まってるだろう?」


 言いながら、アルは屋敷の外へと向かう。


「この世界の在り方を、変えるのさ」

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