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乾いていく心

「なるほど…………だから」


 そこで、考えの途中で何かに気付いたのか、ファティマはそう呟いた。


「どうした?」


「やはり……あの男は危険なのですよ」


「なんでそうなる」


 考えた結果の結論に、ロップイは呆れ返る。


「あの男は人間として完成されすぎています。そして神の領域に居ながら人間であり、人間であることに執着している…………これがどういう意味かわかりますか?」


 不安で仕方がないのか、ファティマは暗い顔を見せた。


 先日のように、浅はかな考えで言っているようにも思えず、ロップイは葉巻の火を消して耳を傾ける。


「あの男は恐らく……パンク寸前なのですよ。そしてそれを自分自身で理解している。理解しているからこそ、人間であることを、人間の本来の感覚を大切にし続けているのです」


「……パンク?」


「不死身とは本来、人の身でありえてはならないことなのです。神たる使命を帯びた者であれば、その使命を果たさんがために永遠を生き続けられますが……あの男はそうじゃない」


 そう考えれば、全てに納得がついた。


 二度と異世界に連れ去られないようにしたのも、タイムリミットが近いから。


 力ではなく、異世界の文明を使ってこの世界を救おうとしているのも、その時までの時間稼ぎ。


 善と悪を説き、人間としての行動を重んじるのは、自我を保つため。


「だからあの男は…………あれほどまでに」


 全ては、死という終わりを迎えるまでの準備でしかないのだ。


「じゃあなんだ? ご主人は……壊れ始めているとでも言いたいのか?」


「今はまだ…………ですが、不死とは、それほどまでに人の心を狂わせるのです。神である私でさえ、不老であっても不死ではないように」


 普段のアルの態度からは想像できない話の内容。だがルミナは、顔を強張らせた。


 異様なまでのアルの優しさは、人間であろうとあがき続ける心の裏返しなのではないかと思えてしまったからだ。


「不死なんて最高だと思うがねぇ」


「それは不死でない者の言い分なのです。死があるからこそあなたたちは、今のあなたたちでいられるのですよ?」


 死を恐れるからこそ、人は誰かを傷つけることを恐れ、傷つけられることを恐れる。


 限りある時間だからこそ、人は欲を求め、それを満たそうとする。


 あたりまえがあたりまえでなくなる。傷つけることも、傷つけられることにも抵抗がなくなり、欲を満たすことも焦る必要もなく―———いずれ満たす事さえ面倒になる。


 それは、時を重ねれば重ねるほどに毒のように少しずつ進行し、いずれ、全てに興味をなくし、何をするにも意味を求めなくなったそれは、自分という存在を失うだろう。


 そして最後には壊れ、狂うのだ。自分でもわからない何かを求めて。


「忘れてはならないのです。あなたたちが死んだあとも、あの男は生き続けるということを……あなたたちを失ったあの男がその時、今と同じであるとは限らないのです」


「…………ご主人」


 アルが吐いた「死にたい」という言葉が、ルミナの中で反響し続ける。


 あの言葉が本心であるとするならば、ファティマの憶測は当たっているのかもしれない。


 しかし仮に、そうだったとしても、今のルミナにできることは何一つとしてなかった。


 ルミナに限らず、誰も何もすることはできない。


 だからこそアルは、これまで何も話さなかったのだろう。


 そんな、不甲斐ない自分が情けなくて、ルミナは悔しそうに手を強く握り閉めた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「…………何の用だろう、アル先生」


 同時刻、アルハザード家の屋敷にて、来るときはいつも傍にいるルミナがいないせいか、少し緊張した顔つきのシオンが門前の呼び鈴を鳴らす。


 アルハザード家の屋敷前は、いつにも増して静かだった。


 アルハザード領内にいる多くが元ハルバード領の復興に出てくれているからだろう。実際、周りにある店は暫く休業となっている店が多い。


「む……君は確か」


「……シオン、来てくれた」


 呼び鈴を鳴らしてから暫くして、見慣れない編みこんだ金髪を下げた美しいメイドの女性と、嬉しそうに優しい微笑を浮かべるニルファが姿を現す。


「アルハザード様のご友人のシオン様でしたか、お迎えに参らず申し訳ありません」


「いや……というかあなた、確かリアさんですよね? 聖騎士団の団長の?」


「………………………………なんのことでしょう?」


 メイド服に身を包んだリアは、わざとらしく視線を逸らす。


「いや、その誤魔化し方は無理があるように思いますけど」


「女のように可愛い顔をして、男のように空気を読まずにずけずけとツッコむのですね」


「えー……ただ聞いただけなのに」


 冷たい視線をぶつけてくるのが理不尽すぎて、シオンは顔を引きつらせる。


「決して、私はメイドになったわけじゃありません。今もちゃんと騎士団長です。いいですか? そこを勘違いしてはなりませんよシオン様?」


「え……あ、はい」


 殺気を放ちながら凄むリアを前に、とりあえずメイド服には触れないでおこうと考えるシオン。


「それでどうしてここに?」


「アルハザード様がトンプ殿を経由して、王国へとあの一件に関する責任を追及したのです。我々がいた以上、王国が無関係を貫くは不可能ですから」


「その責任を押し付けられたんですか?」


「いえ、押し付けられたわけではなくアルハザード様たってのお願いでして、ぜひとも聖騎士団にアルハザード様が新たに作られた騎士団の指導をお願いしたいと…………王国もそれで手打ちになるのであればと、我々聖騎士団は暫くの間、戦線を離れて指導に当たっているのです」


「なるほど……?」


「団員たちも丁度良い休暇だと思って、指導の日々を過ごしていますよ」


 尚更メイド服を着ている理由が気になったが、シオンは身の安全を優先して聞かないことにした。

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