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人と神と正義と悪

「な~んでアルの旦那はこんなの傍に置いておくかねぇ? 女神ってのも本当かどうか怪しいぜ」


「俺は最初っから疑っていたぜ旦那? こいつからはメス豚臭がするってな」


「いたんスかロップイ」


 いつからいたのか、ロップイは作業台の上で葉巻を口に咥えながらふんぞり返っていた。


「とはいえ根っからの悪人ってわけじゃねえからな。ご主人もそれがわかっているから、傍に置いてるんだと、俺ぁ思ってるがね?」


 葉巻を口から取り外し、ロップイは白い煙を火山のようにまき散らす。


「だとしても、殺そうとしてきた相手を平然と傍に置いとくかぁ?」


「そりゃ旦那、ご主人を殺すなんて誰にもできないだろ? むしろ……この前知ったばかりの話からすると……死はご褒美みたいなもんだ」


「死はご褒美ねぇ……さしずめ怒ってるのは、アルの旦那を殺そうとして無関係な人間に被害を出したことに対してか?」


 そう考えると、女神の力を奪ったことにも納得できた。


 恐らくは一度人として勉強しろというアルなりのメッセージなのだろう。全ての命は平等であると宣うのであれば、何を犠牲にするべきなのか、犠牲にするものが何なのかを改めて認識させるために。


 神もまた、絶対ではないのだと。


「うーん……やっぱあれだな、アルの旦那はお人よしだわ」


「ですが、あの男に恨みを抱いている者は少なくないのですよ」


「んだよ? まだいたのかメス豚」


「あの男じゃなくて、ご主人様だろがこのメス豚がぁ……!」


「そろそろ私の話も聞いてほしいのですよ!」


 ロップイとレイモンは同時にタン唾を地面に吐き捨てながら仕方がなく耳を傾ける。


「隕石を落とされる前の生活に不満を抱いていなかった者たちは、奴隷たちが解放されて領土内を平然とした顔で歩いているのが気にくわないようなのです」


 ハルバード家が所有していた奴隷だけではなく、ハルバード領内で正式な手続きを経て、奴隷を所持していた者たちも、金銭と引き換えに解放を余儀なくされていた。


 少し前まで、地べたを這わせて飼い慣らしていた者たちと、今後は同じ立場にあると言われれば、不満が出るのも仕方がないといえるだろう。


「今回仕事を与えたことで、復興後に居住を構える元奴隷も少なくはないはずなのです」


「それが気に入らないってか……? 住み慣れた家や環境を隕石で壊されて怒るのはまあわかるが、奴隷が解放されたのが気に入らないって……つまりアルの旦那が特に嫌いな身勝手な欲望って奴だろ? 自分が優位な立場に居続けたいだけの」


「それだけじゃないのです。ハルバード家が解体されて、職を失った者も少なくないのですよ」


「それこそ、アルの旦那が潰したかったハルバード家の穢れた部分じゃねえのか? 似たような仕事をしている俺が言うのもなんだけどよ?」


 ハルバード家が事実上消えたことで、それに仕えていた奴隷商人やその作業員たちは職を失った。


 無論、ハルバード家の穢れた思想の染みついたマフィアをそのままにしておくわけもなく、アルは隕石を落とすことで活動拠点を潰したのだ。


 そういった者たちは未だ真っ当な仕事に就こうとはせず、アルに憎しみをぶつけ続けている。


「でも、そいつらだって普通に志願すれば仕事はアルの旦那からもらえるだろ? 結局働かねえのも、これまで占めてきた味を忘れられてないだけだ」


「そういう連中はどうでもいいのです。真面目に働いていたハルバード家に仕えていた騎士や、使用人たちが困っているのですよ」


 一応納得はしたのか、レイモンは「あー」と返事をする。


 無論、そういった者たちにもアルは仕事を与えようとした。仕えていた使用人は各ホテルや調理場で雇ってもらえるように、騎士たちはトンプに口添えをしてもらい、他の騎士団への移籍ができるように手配し、もしくはアルハザード家の騎士になるかを選ばされた。


 だが、多くは選ばなかった。ハルバード家に忠誠を誓って仕えていたのであって、そう安々と他に流れるような者たちではなかったからだ。使用人はともかく、騎士がそれなら傭兵となんら変わらないと、騎士を止めて傭兵の道を選んだ者も多い。


「そういう連中は確かに気の毒だな」


 全然そうは思っていない様子で、ロップイは煙を噴き出す。


「で? 結局何が言いたいんだ? それを理由にアルの旦那を責めたてたいのか?」


「ち、違うのです! さすがに今回のことは私も反省しているのです……ただ、あの男が必ずしも正しいとは限らないのだなと、かといって私が正しかったとも言い難く…………じゃあ何が正解だったのかって、ずっと考えているのです」


 それを聞いてレイモンは、どうでもよさそうに「ほーん」と鼻をほじった。


 正直、そんなのマフィアの自分に話されても困るからだ。


「その手でおにぎり食べるんスかレイモン様?」


「いや、これは違くてね?」


「さっさと手を洗ってきてほしいッス。いくらやらかしたメス豚さんだからって、冷たくすればいいってものじゃないッスよ」


 真剣な顔で凄まれて、レイモンは萎れた植物のようにトボトボと井戸のある場所へと向かう。


「相変わらずお優しいガキだなお前は」


「ロップイはもう少し優しくなるべきッス。折角メス豚さんがご主人の思惑通りに色々と何が正解で何が間違いなのか見識を広げようとしてるんスから、答えてあげるべきッスよ」


「俺はもう充分に優しいさ。大体にして……その質問は答えようがねえ。ご主人の言葉を借りるなら、善悪なんて人の定義によって変わるからな」


 答えが得られず、ファティマは顔を暗くする。ここ最近、ずっとそればかり考えていた。


 神として、何が正解だったのかと。何がこの世界にとって良い結果だったのかと。


 何かを選べば、何かを失う。それが当たり前だからこそ慎重に選んできたつもりだった。


 この世界の危機だと焦ってしまったファティマに今回の罪はあるが、それでも、この世界を終わらせられる力を持っていることには以前変わりはない。アルの気が変われば、いつでもこの世界は終わるのだ。そう考えれば、ファティマの選択もまた、正しかったことになる。


 なら、どうすれば良かったのか? 未だもやもやとした何かが心を覆っており、ハッキリとしていない。


「……人と女神様って、そんなに変わりはないんッスよね?」


「え……? あ、はいなのです。寿命がなく、女神としてこの世界を管理する立場にあること……それを除けば人とは変わりません」


 突然ルミナに問いかけられ、困惑しながらファティマは答える。


「私はメス豚さんにうまく助言してあげられないっスけど……ご主人はこの前、死ねないことも含めて色々と問い詰めた時にこう言ってたッス。誰に対しても絶対的な正義は、関与しないこと……これだけだって」


「無関心でいろ……ということですか?」


 ファティマは表情を歪める。それができないから、こうして自分はここにいるのだからと。目の前で苦しみ、犠牲になる者たちを黙って見続けることはファティマにはできない。


「それができないから人は人なんだって言ってたッス。関与しないと気が済まないから……それぞれで善と悪の認識を作って、関与しようとするんだって……無関心で居続けられるのは創造神くらいだって言ってたッス」


「でもそれだと……正解なんてどこにもないことになるではないですか」


「……そうッスね」


 その時のことを思い出してか、ルミナは少し寂しげな遠い目を浮かべ、傍にいたサイカを優しく抱きしめた。アルがその時に見せた、悲しい顔が脳裏に焼き付いて離れなかったから。


「だからご主人も『俺が正しいとは限らない。俺も人間だからな』って言ってたッスよ」


「だから俺は死にたい。人間だからな」という悲しい言葉と共に。


「…………実際、ご主人が長い時間を過ごしていたことを秘密にしていたのは、間違いだって私は怒ったッス。だから、誰でも間違うんスよ……人とそう変わらない神様だって同じで」


「なら私は……どうすれば良かったのでしょう」


「必ずしも正しいとは限らない、だからこそ、行動を起こす前によく考えなければならないって……ご主人は言ってたッス。メス豚さんはもっと考えれば良かったんスよ」


 どこか納得して、ファティマは「……そうですね」と呟く。


 思えば、今回は考えれば辿り着けるはずのことだらけだったと。

お待たせしてしまい申し訳ありません。仕事落ち着いたので更新再開します。

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