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豚ちゃん

「さっさと運べ! ちんたらやってるといつまで経っても終わらねえぞ!」


 誰もが世界の終わりを予感した日から一週間が経過した朝。奴隷から異種族の危険物までなんでも扱われていたハルバード家の領地は、以前の猥雑な雰囲気がなくなり、かつてない賑わいを見せていた。


 というのも、巨大隕石の衝突によって何もかも無くなった土地を、新たに開発し直さなければならなくなったからだ。現在、ハルバード領地内で暮らしていた者たちの居住区から順に、アルの指導の下に日夜建築作業が行われている。


「兄貴! レイモン様! おにぎり持って来たッス! 一旦手を止めて食べるッスよ!」


「んほぉおおおおおお! ルミナちゃんの手作りおにぎりだとぉおお⁉ お前らは雑草を食べろ、これは俺が全部食べる」


「作ったのは私じゃないッスよ」


「よーし、お前らも食べていいぞぉ? 遠慮するな、アルの旦那のご厚意だ、ガンガン食え」


 無論、商業区の一画とはいえ、ハルバード家の広大な領地を開発するのに人手は圧倒的に足りておらず、アルの下で働くヨシーダとルミナは勿論、レイモンファミリーも総出で働いていた。


 今日も働く者たちのために、メイド服に身を包んだルミナがおにぎりの乗った大皿を運ぶ。


「作ってくれたのはサイカちゃんッス、皆ありがたく食べるッスよ」


 ルミナの背後には、同じくメイド服に身を包んだ元奴隷の少女が隠れるように立っていた。


 ほんの一週間前の、ダグラスにこき使われていた奴隷らしいみすぼらしい姿はそこになく。


 目元を覆っていた伸びきった緑色の髪が切られ、あどけないパッチリとした瞳が顔を出し、奴隷の証である首輪も外され、とても元奴隷とは思えない華やかな少女がそこに立っていた。


「おぅガキンチョ、まだ俺らに慣れねえか?」


 レイモンが満面の笑みを浮かべて話しかけるが、サイカは逃げるように覗かせていた顔をルミナの背中にくっつける。


 ハルバード家の解体により、ハルバード家が取り扱っていた奴隷たちは全てアルの所有物となった。しかし、アルはその奴隷たちを全て解放してしまう。


 中には悪行を重ね、その立場に陥った奴隷もいたが、アルは気にせず解放した。「俺はいつでもお前たちを見ているぞ?」という言葉を添えて。


 その言葉を聞いて、再び同じ悪行を行おうとする者は誰一人いないだろう。


「今日も全く喋らねえな……家の中ではちったぁ喋るのか?」


「喋らないッスね……兄貴は言葉を出すこと自体に恐怖心を覚えてるって言ってたッス」


「よっぽどひでぇ目にあってきたみたいだな」


 解放された奴隷たちがその後に辿った道はそれぞれだった。


 中には故郷に帰った者もいたが、その多くが元々身寄りのない帰る当てのない者ばかりだった。異種族でありながら、故郷が既に六大種族間での戦いで滅ぼされてなくなっている者もおり、帰る気力もなく貧民街に流れた者は少なくない。


 とはいえ、アルはそういった者たちを放ってはおかず、貧民街で働き口がなかった者も含め、元ハルバード家の領地の開発工事の人手として雇用し、拾い上げた。


 日払いの給金と、働いている間は居住する部屋も与えられ、三食もつくという好条件に行く当てもなく、金もなかった奴隷たちのほとんどがその話に飛びつき、現在進行形で喜んで働いている。


 スキルを封印するスキルを持ったサイカに関しては、アルが今後、またその力を利用する時が来るかもしれないと特別に、ルミナに続く屋敷の専属メイドとして雇うことになった。


 行く当ても帰る場所もないサイカに断る理由はなく、メイド見習いとして現在ルミナの下で働いている。


「しかしアルの旦那も太っ腹だよなぁ……こんな大人数雇って金が回るのかね?」


「ご主人は贅沢しないッスからね、これまでレイモン様たちが納めてくれてたお金を使って雇ってるみたいッスよ? 支給してる食材はご主人がどこからともなく運んでくるので謎ッスけど」


 そんな謎の食材を今口にしているのかとレイモンはおにぎりを見つめながら仰天する。


「ま……元々こうするつもりで隕石を落としたんだろうな」


「どうなんスかねぇ……本気で怒っていたようにも見えましたけどね」


「アルの旦那はちょっとやそっとじゃ本気でキレねえさ。3789年だぜ……? 何もかもがどうでもよくなっちまう退屈なコンテンツになってるはずだ……生きるのが辛いくらいにな」


 実際、アルは死のうとしていた。


 初めて知った、仕えてきた主人の計り知れない苦しみを想像して、ルミナは寂しそうに快晴の空を見つめる。もしもレイモンの話通りだったとして、これまで自分に見せてきた優しさや思いやりが、ただの退屈凌ぎだったのかと考えると、少しだけ胸が詰まった。


「きっと……違うッスよ。それでもご主人は、情に深い人だって信じてるッス。いざという時、勝手に私たちを置いて消えたりなんてしないッス」


 あの時、アルはきっと、死ねないことをわかったうえで死のうとしていた。そうでなければ、無駄になるかもしれない避難を、レイモンとヨシーダに促すわけがないからだ。


「…………情に深いのは間違いないか」


 目の前でせっせと木材を運ぶ、元奴隷を見ながらレイモンは呟く。


 結果的に、ハルバード家が犠牲になることで多くの者が快適な生活を得ることになった。


 元々、ハルバード家の領地内で暮らしていた領民は、現在一時的に住居をアルハザード家の遊郭街に移して暮らしている。工事が終われば、これまでハルバード家の商業のために狭い住処で暮らすことを余儀なくされていた生活から一転し、これまでの倍の広さはある新築で暮らすことができるのだ。


「とはいえ……満足していない者は多いのです」


 そこで、おにぎりの乗った大皿を両手に、同じくメイド服に身を包んだファティマが思いつめたような表情を見せながら顔を出す。


「なんだ……メス豚か」


「め、メス豚って言わないでほしいのです!」


「でも『私は卑しいメス豚です』って看板を首から下げてるじゃねえか」


「く……ふぐぅ……ぐぐぐぐぐ!」


 現れるなり罵倒され、ファティマは悔しそうに唇を噛みしめる。


 ファティマの首にはレイモンの言葉通り『私は卑しいメス豚です』と書かれた看板が下げられていた。


「か、神に対してこの仕打ち……く、屈辱なのです」


「まあ……メス豚さんの自業自得ッスね」


「それにあんたもう神じゃないだろ? おこがましいぞ、豚の分際で」


「むきぃぃぃいぃぃい!」


「むきぃいい! じゃねえだろ、アルの旦那に世話になっておきながら裏切って殺そうとした正真正銘の腹黒メス豚メイド(元役立たずの神)だろうがてめえは」


 何も言い返せず、ファティマは縮こまる。


 ファティマは、アルの法則無視の力により、神としての資質、神の証である神力をニルファのマナドレインと同じように封じられた。


 これまでは食事をせずとも大気中のマナを取り込むだけで生命活動を維持できたが、神力を失い、人族とほぼ変わらない生命体となったファティマは人族と変わらない生活を必要とする身体になったのだ。


 そして、アルを裏切ったことにより当然ながらファティマは客ではなくなり、屋敷にいられなくなる。そうなると、ファティマは今回解放された奴隷と同じように行く当てもなく、食べるために働かなければならなくなる。


 しかし、神力を失い、スキルがない分人族より劣るファティマを雇おうとする者はいなかった。


 何よりも、アルを敵に回してまで雇おうと誰も思わなかったのだ。


 学院で引き続き働こうにも、元々アルのコネで働いていたため、アルと敵対してしまったファティマはアル無しでは学院で働けず、観念してアルへと泣きつき現在に至る。


 罰として一ヵ月間、首からメス豚看板を下げるのを条件に、アルはアルハザード家の専属メイドとして雇うことにしたのだ。


 それしか道がないように誘導したアルはえげつなかったが、同情する者は誰もいなかったという。

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