結末
「さて……次はあんたたちの番だが」
アルは、ダグラスへと向き直ると不敵に笑みを浮かべる。
既に赦しを乞うだけ無駄とわかっている一同には、アルがどんな裁きを与えるのか、黙って言葉を待ち続けるしかなかった。
「待てぇぇぇぇぇえ待ってくれぇぇぇぇええ!」
そんな時だった。キールたちが進軍してきた道を通り、三人組のそれぞれ白馬に乗った、白銀の鎧に身を包んだ騎士たちが現れたのは。
「すみませんでしたぁぁぁぁぁぁ!」
先頭を走っていた騎士が、アルが浮遊するすぐ目の前へと辿り着いた瞬間、騎士は馬から飛び降りて、そのまま膝から着地すると、見事な土下座を見せつけた。
「どうか、隕石を落として関係のない国民にまで被害を及ぼすのはやめたってくださぁぁぁい!」
突如現れた白銀の騎士に、その場に居た全員が困惑してしまう。
「顔を上げなトンプ。頭上の隕石を落とすつもりはない」
その姿にアルは少しだけ笑うと、頭上に展開していた隕石群を、押し出すように少しずつ宇宙空間へと戻していった。
「人は欲にまみれた生き物だ。できる範囲内で満足しながら生きていても、できるとなると手に入れなければ気が済まず、ストレスを溜め始める。だから……二度繰り返さないようにできない可能性を示す必要があったのさ。力づくに従わせるのは嫌いだけどね」
するとアルは、それまで全身から放出させていた禍々しい魔力を体内へと抑えこみ、いつもの穏やかな涼しい顔を浮かべた。
「と、トンプ殿⁉ どうしてここに⁉」
「ようやっと頭の固い元老院の連中が自分たちの失敗を認めてな、アルハザード家には手を出さない方がいいなんてわかりきった話なのに……空に浮かぶ隕石を見て慌てて俺をよこしたって訳」
王家直属の騎士団のうちの一つ『銀狼』。戦場において常に切り込み隊長として勇敢に立ち向かう彼らは国民や騎士団内での信用は厚いが、王家と貴族の者たちから忌み嫌われている。
元々は、王家や貴族たちにとって死んでもよい捨て駒を集めた平民上がりの騎士団だったが、王家と貴族の予想に反し、ゴキブリのようにしぶとい生存能力で、大きな戦果をあげ続け、今の地位を獲得した。
今回、アルの下へ銀郎騎士団の団長トンプを向かわせたのも、万が一は失っても良い人材だと考えているが故だろう。
「どんな手を使ってでも赦しをもらって来いってさ……今更だよなぁ? だったら最初から手を出すなよって言いたいね俺は」
国を代表してきて謝罪しにきたにも関わらず、トンプは本音をぶちまける。
「トンプが俺の立場だったらどうする?」
「そりゃーもう、王家を滅ぼして俺が王様になるね。そっちの方が国民にとってきっと幸せさ」
ここに王家の者がいれば、国家転覆を企てたと打ち首にされても文句は言えないような発言。
王家に仕えているとは思えない素直な発言に、聞いていたハルバード家の騎士団も、聖騎士団も唖然としてしまう。
「相変わらず、正直なんだな」
少し嬉しそうに、アルは浮かせていた身体をゆっくりと地へと降ろす。
「ここで嘘をついてどうする? それに元老院のおっさん共は、どんな手を使ってでも赦してもらえって言ったんだ。ここで誰かがおっさん共にチクっても、俺は痛くも痒くもないね」
「あの……トンプ殿?」
アルに臆した様子もなく、気さくに話しかけるトンプにリアが恐る恐る問いかける。
「ああ、俺とこいつは顔なじみでな……まあその話は今いいだろう?」
トンプは改めてアルに向き直ると、膝まずいて頭を下げる。
「なんなりと要求を、それにて手打ちにしてほしいとのことです」
わかりきっていた台詞なのか、アルはやれやれと手を広げた。
「今のトンプの心境は?」
「くだらねえな~って、出せば許してもらえると思ってんだから溜め息が出るわ。しかも全部よこせって言っても出すつもりはないだろうからな」
「違いない」
膝をつきながらも素直な言葉を口にするトンプに、アルは笑ってしまう。
「ハルバード家の領地、領民、雇われていた騎士連中は俺が今後預からせてもらう。隕石をどかす作業や壊れた建物の修復はアルハザード家がなんとかするから、手出しは無用だ」
「そんなのでいいのか? 相変わらず欲がないな」
「わかっているくせによく言う」
「まあな、お前はそういう奴だ」
鎧で表情はわからなかったが、トンプは満足そうに頷くと立ち上がって背を向けた。
「元々成り行きでこうなっただけなんでね。欲しくないものをもらっても仕方がないだろう? それに奪おうと思えばいつでも奪える」
「だよな、それじゃあ伝えてくるわ」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
去ろうとするトンプの肩を掴み、アルは耳打ちする。
そして数秒間立ち止まってトンプはふんふんと頷くと、リアへと視線を向けた。
「お前、そういう趣味があったんだな」
「何を勘違いしているかは知らないが、いざという時のためさ」
少し離れた場所で視線を向けてくる二人に、リアは首を傾げる。
「ま、別に俺は困らんからいいけどな。それじゃあ、また近いうちに茶でも飲みに行くわ」
トンプはそれだけ言い残すと再び白馬へと跨り、この場を去った。
「ねぇねぇルミナちゃん、どういう関係なのあの二人」
「ん~……トンプはご主人の前任者というかなんというか」
「前任者?」
二人の関係が。気になり、シオンがルミナに問いかけるが、その答えを聞くよりも早く、アルが二人の傍へと歩み寄る。
「それじゃあそろそろ行こうか、ヨシーダとレイモンさんが逃がした領民たちをどうするか迷っているはずだからな。テキパキ動かないと、夜通しで働かないといけなくなるぞ」
「了解ッス~!」
「え、いや、アル先生? ルミナちゃん⁉ え、ここにいる人たちみんな放置していくの⁉」
そして何食わぬ顔でそのまま歩き始めた二人に、シオンは声を大にしてツッコみを入れる。
「一々指示するまでもないだろう? 帰る場所を失ったそこのダグラス少年と騎士団連中は、俺についてくるしかないし……光の姫君様たち王家の騎士団連中は勝手に帰ればいい」
「いや、そうですけど……えぇ?」
「上の命令に従っただけの騎士団、そして彼女たちの罪は薄い。今後の行動で償わせて手打ちにするさ、ダグラス少年はまあ……今後を考えるともう充分さ」
アルの言葉にシオンはダグラスへと視線を向ける。
ダグラスは放心した顔で、隕石の落ちた自分の元領地の方角を見ていた。
最初にアルに下した自分の判断を信じて、何もしなければよかった後悔しながら。
「わ……私は、私には何もしないのですか⁉」
そこで、ファティマが叫び散らす。声もかけずに、アルが目の前を素通りしたからだ。
「私はそこの者たちとは違う……自分の意志で、あなたを……!」
「裁かれたいのか? ファティマさん?」
アルは、背を向けたまま、そう言った。
「でも安心していいファティマさん。あんたへの裁きは終わっている」
「どういう……ことなのです?」
「俺の言葉をよく思い出せばすぐに気付くさ……ファティマさん」
それだけ言い残し、アルは路地を再び歩き始める。
言葉の意味が、すぐにはわからなかった。しかし、アルが突然「女神様」と呼ばなくなったこと、そして「この世界の神にふさわしくない」と言っていた言葉を思い出して、顔を青くした。
「……まさか」
ファティマは、胸に手を当てて自分の力を確かめる。
そして、その不安は確信へと変わった。
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次回更新は、恐らく三日以内に……
仕事がたてこんでおり、不定期更新になっています。すみません




