究極の二択
「お前には選択肢がある。一つは、この場でハルバード家の持つ全ての領土、民、人員をアルハザード家に譲渡することを了承し、今後一切俺に関与しないと誓うこと」
「ななな……ば、馬鹿を言うな! そんなの王国が認めるわけが……!」
「認めるさ、そこに国家直属の騎士団がいるのだから、奴らも他人事じゃないんでね」
そもそも認める、認めないという話ではなかった。アルの殺害失敗した時点で全てはもう、アルの赦しをどうやって得ればいいのか? という答え見つけなければならない状態になっているからだ。
「も、もう一つは?」
キールはそれでも、なんとか自分にとって一番良い結果で終わろうとあがこうとした。
先程の下卑た笑みとさほど変わらない、上目遣いに醜悪な薄ら笑いを浮かべた品のない顔で、アルに恐る恐る問いかける。
「死ぬか、だ」
だが突き付けられた、どうあがいても絶望という宣告を前に「……はへぁ?」と、受け入れられないのか呆け面を浮かべる。
「おいおい、どうしたその顔は?」
「ふ、ふざけるな! 実質一択ではないか⁉」
「ふざけるな、はこちらの台詞さ。あんた……誰かを殺しておいて、自分が殺されるのは御免被るとでも言いたいのか?」
「あ、当たり前であろう!」
強く、本気であるのが窺える言い返しに、アルは噴き出すように笑ってしまう。
「あんたに殺された人間も、あんたのように自分が殺されるのだけは嫌って思っていただろうさ」
「た、立場が違うわ!」
「この期に及んでまだ抗うのか? 立場なんて笑わせる……結局それも人間が勝手に作った価値観だろう? 俺から言わせてもらえばどれだけ偉くても、あんたも、あんたが殺した人間も―—」
最後に、アルはゴミを見るかのような視線を向ける。
「等しくただの人間だ」
そしてキールだけにではなく「そこのお前も、お前も」と、次々に視線を向けて言い放った。
「理不尽な死には理不尽な死を、もしくはそれに相当する絶望を与える。それが俺の流儀だ」
そこまで言い切ることで、誰もが言葉を失う。
何を言ったところで、この男の決意が変わることはないと。
「救いを求めるのはもうよせ……俺は殺すことを躊躇わない。俺がこれまでどれだけの数の命を奪ってきたと思っている? あんたのようなゲスしかいない世界を、何度滅ぼしてきたと?」
「それって……」
気がかりな言葉を放ったアルに対し、ファティマが反応する。
アルは、これまで何度も世界を滅ぼしてきた。
その理由は単純で、ずっとアルが口にしてきた善と悪の価値観の違い。
「優しく、誰かのために尽くそうとすることが悪で、欲のままに誰かを貶める強い者が善という、俺たちの価値観とは真逆の世界もあるのさ」
心底残念そうに、アルは呟く。
それは考えれば、ファティマでも辿りつけるはずの答えだったからだ。
優しく善いものだけが死んでいく。他人をなんとも思わない者だけが幸せになり、それ以上に脅威になる者が現れると、なんとしてでも殺して自分が幸せになる道を探ろうとする。そしてそれは、その世界を守る神も同じ考えだった。
その世界に住む、心優しい少女と、心優しい少年が死んで喜ぶ神を見たアルは「こんなくだらない世界はあんた毎、消えた方がマシだ」とその世界を滅ぼした。
「だから、俺がこの世界を滅ぼすなんてことはありえないはずだったんだ。あんたが……まともで、この世界の一つ一つの命のために頑張ろうとしていたから」
世界を滅ぼした。それは紛れもなく、常識的に考えれば悪としか言いようのない行為だろう。
それをあえて受け入れて、アルは世界を滅ぼした。そうしなければならないと、アルの中にある善悪の価値観が叫んでいたから。
今更になってそれを知り、ファティマは顔を俯かせ、後悔した。
「さあ運命を選べ、お前はもう、選択するしかこの場を収める方法はないんだよ」
アルはキールを問い詰める。
刻一刻と、空に並ぶ巨大な隕石群は、この地上へと向けて、徐々に接近しつつあった。
「く……くぅぅぅぅぅぅぅぅうう!」
逃げようのない絶望を前に、キールはこの世の絶望を一心に集めたかのような歪んだ顔で、どうしようもない後悔と悔しさを叫んでぶちまける。
しかし、それでも隕石の接近は止まらず、アルの蔑むような視線は変わらない。
「わ、わかった! 譲渡する……! 全てを……貴様に……く……ゆ、譲る!」
そしてキールは唇を噛みしめ、未だどこか野心を残した反抗的な視線をアルへとぶつけながら選択する。
「俺が見たかった顔じゃないな……」
すると、アルは酷く下卑た笑みを浮かべながら軽く指をパチンと弾いた。
直後、空に浮かぶ隕石群の中の一つが急降下する。
その光景に、誰もが目を疑った。
「俺が欲しいのは領土と人だけだ。お前の腐った思想の染み渡った建造物はいらない」
ハルバード家の領土がある一帯を丁度破壊し尽くす大きさの隕石がハルバード家の屋敷の真上から降り注いだ瞬間、大地が揺れ、その振動に誰もが足元をすくわれる。
そして、全てが破壊されたであろう衝撃波による突風が一同を襲った。
「な、な、なぜぇぇぇぇえ⁉」
真っ先に反応し、絶叫したのはキールだった。
「どうせ……言葉では領地を譲ったとかなんとか言って、あんたしか知らない隠された部屋で何かするつもりだったんだろう? 奴隷を扱うくらいだ……あんた専用の下衆な部屋くらい、あんたの領地内にいくらでもあるはずだ」
図星だった。図星すぎて目玉が飛び出そうな驚愕の顔を浮かべたまま固まってしまう。
「言っただろう? 死には死を、もしくは死を望むだけの絶望を与えると」
全てを失った。明け渡すとはいえ、全てを使いきれるわけがないと、その後のことを考えていたが、それすらも、もう不可能。
だが、あまりにも慈悲のない一撃に、その場にいるほとんどがアルを嫌悪してしまう。
ハルバード家を貶めるためとはいえ、そこには、たくさんの命がいたはずだからだ。
「そう睨むな、光の姫君様」
「少し……あなたを見直していました。ですが、私の勘違いのようです」
リアも例外ではなかった。無関係な者を殺したと、表情を切り替えて怒りを表す。
「やっていることがハルバード家と言いたいのならそれは違う。今隕石を落とした場所には誰もいない」
「……誰も、いない?」
「ウチの優秀な執事と、協力者たちが全員避難させているはずだ。誰も死んでいないさ」
ヨシーダとレイモンの姿が見えなかったことに納得し、ルミナは「なるほど」とポンッと手を叩く。しかしそれ以外の者は、青ざめた。
つまりはこうなることを最初から想定していたということになるから。
「おめでとう、あんたが辿るべきだった運命は、あんたの選択によって今、壊された」
「な、なんだ⁉」
直後、キールは突然苦しそうにもがき始める。
「ぁぐぁ⁉ か、身体が、身体がぁあああああ!」
キールが喚き叫び、全員がキールへと視線を向ける。そしてすぐに、何が起きているのか気付く、キールの足元から順に上半身へと徐々に、氷漬けにあったかのようにピタリと不自然に止まり始めていたからだ。
「な、何をした⁉」
「あんたの身体の時を止めさせてもらった。おっと、止まった時を動けるようになるわけじゃない。あんたの意識だけは時を止めないでおくつもりだからな」
「ひ、ひぁ⁉ ど、どうして⁉」
「あんたみたいなのはどれだけ罰を与えても、生きているだけで同じような罪を何度も犯す。生きていること自体が罪だ。お前が生きているだけで、安心して眠れない奴がいるんだよ」
意識以外の時を止める。
それは、アルと同じく未来永劫死ぬこともできず、生き続けるに等しい罪だった。むしろ、自由がないため、アルよりももっと辛く、厳しい罰。
「とはいえ、あんたの選択によって俺はもうあんたを殺せない。俺は約束を守る主義でね……となれば、こうするしかもうないだろう?」
「なんで……どぅし……て、全部……渡すって言った……の…………に」
キールの身体の時は徐々に止まり、遂には口半分が動かなくなる。
「……そもそも、全部を渡すのは当たり前の話だ。言っただろう? 死には死、もしくはそれ以上の絶望を与えると」
死を選べと言われて、選ぶ者などいない。
初めからもう一つの選択をすることをわかっていて、そうするつもりでこうしてずっと悪魔のような笑みを浮かべていたのだと考えて―———全員、背筋を凍らせた。
「おめでとう……あんたは死の運命から逃れられた。死ぬよりもずっと……辛い形でな」
次回更新は2/17予定です




