一人パーティー
「本来俺が管理しないといけないんだが、知っての通り管理してられないんでね。ロップイを預けているギャングのおっさんにここら一帯のことを任せたらこんな感じになったのさ」
「国があなたから領地を取り返そうとするのも無理ないのです」
とはいえ、留守中に領地を王国に奪われないのも、そういった無法者に管理を任せているおかげでもある。ギャングたちにとってのボスは王国ではなくアルハザード家であり、そのボスの許可なく勝手に領地を奪おうものならギャングたちの反感を買うことになるからだ。
ただの一般市民であれば強行もできたが、武装した武闘派のギャングたちを相手にするのは骨が折れる。また、遊郭街がもたらす利益は大きいため、ギリギリのところで見逃されていた。
「いっそのこと爵位を返上して別の誰かに管理させればいいのでは? 家なんてどうとでもなるのではないですか?」
「そんなことしたらここら一帯にいる奴らが暴れるだろう? もしくはここじゃないあちらこちらに散らばって悪さをする。あいつらはここにいるから平和が保たれるのさ」
ここにいる連中を散らばさず、ここに押し込めているのだと考えると、むしろここは必要なのかもしれないとファティマも言われて考え直す。
「ご主人、いつまでもこんなところでボーっと突っ立ってないで中に入ろうぜ」
そこで、いつまで経っても中に入ろうとしない二人に痺れを切らし、ロップイが溜め息を吐く。
それもそうだと納得すると、アルは「我が家へようこそ」とファティマを歓迎しながら、庭を抜けた先の玄関の扉を開けて、家の中へと入った。
「中は……随分と綺麗なのですね」
外から見れば怪しい雰囲気を放つお屋敷だったが、中にまで外の影響は及ばず、まるで世界が切り変わったかのような空間にファティマは感嘆の声を漏らす。
そこは広く、設置されたインテリアがシンプルながらこだわりを感じられる玄関ホールだった。
中央から二階へと繋がる階段に敷かれた絨毯も手入れが行き届いており、埃が被っている場所も見当たらず、この屋敷を管理している者が優秀なのが窺える。
天井も高く、二階から一階の玄関ホールを覗き込める構造になっており、玄関ホールでちょっとしたパーティーを開けるのではないかと思えるほどだ。
「ここで暫く暮らすのですか……悪くないのです」
想像していた以上の豪邸に、ファティマは目を輝かせた。
その様子に、アルとロップイは女神の生活とはどんなものなのかと少しだけ気になってしまう。
「ご主人⁉ ご主人ッスか⁉」
その時、二階から一階の玄関ホールを覗き込むように、ピョコっと色艶のある桃色のショートヘアの少女が顔を出した。
「ご主人~! お帰りッス! 待ってたッス~!」
そしてアルの姿を視界に映すと、顔をパッと明るくさせて二階から一階へと飛び降り、一目散にアルの元へと駆け寄る。
メイド服に身を包んだ少女は大人と呼ぶにはまだ幼い見た目をしていた。
澄んだ藍色の瞳をした大きな目と、きめ細かく整った小顔は一見幼女にしか見えないが、年相応に育った胸のふくらみと背丈のおかげか、ギリギリのところで少女の印象を保たせている。
「相変わらずだなルミナ、元気そうで何よりだが……ちゃんと階段を使って降りろ」
犬のように顔をぐいぐいと近付けてくるアルハザード家に仕えるメイドの頭を、アルは笑顔で鷲掴んでせき止めた。
「あれ、こちらのお嬢様は誰ッスか?」
アルしか見ていなかったのか、ファティマを視界に入れるや否や首を傾げてルミナは問う。
「ああ、今日から家で暫く面倒を見ることになったファティマ様だ」
紹介を受けて、ファティマはすぐにおじぎをした。
そんなファティマの姿を、ルミナは信じられないといった顔でマジマジと見つめる。
「ファティマ様……ッスか? 随分と綺麗な方ッスが、どこかの貴族のお嬢様か何かッスか?」
「いいや、この世界の女神様だ」
「女神様⁉」
客を連れてきただけでも珍しいにも関わらず、女神という浮世離れした存在を連れてきたというのが信じられないのか、ルミナはファティマの身体を舐めるように観察してしまう。
「凄いッス! 神様がお客様なんて初めてッス!」
だが、アルであれば連れてきてもおかしくないと判断してか、すぐに目を輝かせた。
「私はルミナって言うッス! 見ての通りメイドッスから、お困りのことがあればなんなりと申しつけて欲しいッス! あ……でも通学中は勘弁してほしいッス……」
「そういえば、王立学院の生徒なのでしたっけ?」
「あれ、もうご主人から聞いてるッスか? そうッス、ご主人のご厚意で通ってるッスよ」
そのことに深く感謝しているのか、ルミナはアルを見ながら嬉しそうに「朝と夜はメイド姿ッスけど、昼はピチピチの学生さんッス」と舌をペロッと出す。
「やれやれ……いつまでもピチピチ気分じゃ困るんだがな? お前は立派な、ババアだぜ」
「あ、いたんスねロップイ。おかえりはあちらッス」
「おいおい、普段はおやっさんのところにいるが……俺の家は一応ここなんだが?」
既にロップイの性癖を理解しているのか、途端にゴミを見るような目になってルミナは呟く。
「ところでなんで女神様なんかが家に来るんスかご主人?」
「それは後でお茶でも飲みながら説明するさ。それより俺に何か用があったんじゃないのか?」
先程「待っていた」と言っていたのを忘れておらず、アルが問いかける。
「あ、そうッスそうッス! あの馬鹿が毎晩毎晩うるさくて全然勉強ができないんッスよ! もうすぐ学院の試験なのに……! なんてもの与えてくれたんですかご主人は!」
「あの馬鹿とは?」
そこで、ルミエ以外にもこの屋敷に誰かいるのかと、ファティマは首を傾げた。
「ほら、説明しただろう? メイドとは別にもう一人執事がいるって」
「そういえば言っていましたね……どんな方なのです?」
「それはもう、実際に見た方が早いさ。あいつは自室にいるんだろ?」
アルの質問にルミエは頷く。
その後すぐにアルは二階へ上がり、二階に上がって左側奥の突き当りにある扉を開いて部屋の中へとファティマを案内した。
「イ゛エェェェェェェェェエエイ! 空と海! 間に俺!」
そして部屋に入るや否や、ファティマは無表情のまま時を戻すかのような動きで部屋を退出し、扉を閉める。
「なんかいたのですが?」
「なんかいたら女神様はそうやって下がるものなのか?」
ファティマが目にした光景は、カーテンが閉められて外の光が遮断された部屋の中、謎の装置により煌びやかな光が放出される空間の中央で、重低音の鳴り響くこれまた謎の箱を肩に担いだ妙な恰好の男が、一人高いテンションで盛り上がっている光景だった。
そんな空間の中へと、ファティマに代わって今度はアルが入室する。
「紹介しよう、アルハザード家の執事を勤める、パリピ忍者のヨシーダだ」
「パリピ忍者」
「ありとあらゆる業務を完璧にこなす凄い奴だが……パーティーが好きすぎて一人で勝手にぼっちパーティーを開催し、騒音まき散らすのがたまに傷な男さ」
「ぼっちパーティー」
何を言っているのかファティマにはよくわからず、とりあえず復唱してしまう。
次回更新は12/3 0時更新予定です




