そして全てが無駄になる
「何を……言っているのです?」
土壇場でのシオンの弱気な発言に、ファティマは眉間に皺を寄せる。
「……だって、どう見たって!」
シオンは苦い顔を浮かべながら、目の前の光景に目を見開いた。
辺り一帯はハルバード家の侵攻によって火が燃え上がり、今も別行動でアルハザード領地内の無関係な人々を襲い続けているのか、悲鳴が響き渡っている。
それは全て、アルを倒すという理由だけで行われている。アルはそれを止めようと目の前へと立ち塞がっただけ。
アルは、まだ、何もしていない。
なのに、アルは悪として、倒さなければならない存在として扱われている。
「意味が……わからない!」
そしてシオンは、心の奥底から湧き出た感情を言葉にして周囲へとぶつけた。
「アル先生は……まだ何もしていない! ただ守ろうとしているだけじゃないですか!」
「されてからでは遅いと何度も……!」
「なら力を持った人は無条件で殺されなくちゃいけないんですか⁉ どんな善人でも……世界を滅ぼす危険性があるなら、悪と決めつけて殺さなきゃいけないんですか⁉」
「あの男は一度世界を滅ぼしているのです! その一度が重要なのですよ! 一度手にかけた者は、いずれまた同じことを繰り返す!」
「その理由を僕たちは知りません……さっき、ルミナちゃんが言った通りですよ! 僕は、僕はまだ…………アル先生を知らない! 知らないのに決めつけて、倒そうとしていた!」
シオンの気迫に圧されて、ファティマは少しだけたじろいでしまう。
言われて、ファティマも落ち着いて周囲を見渡した。大人数でたった一人を囲み、止めようと現れた男を殺そうとしているこの光景は、確かに正義の行動とは言い難い。
それでも大義のためと、ファティマは気を取り直して力を集中させる。
「シオン……目を覚ますのです! あの男がその気になった時、あなたにこの世界の滅びを止められるとでもいうのですか⁉ 止められない、誰にも止められないのです! だから今を始末しておく必要があるのです! この世界のために!」
「ファティマ先生……いえ、女神様。僕は……あなたが正しいとは思えない!」
シオンは意を決したのか、覚悟を決めた顔つきでファティマへと向き直った。
「命は平等なんでしょう⁉ 平等であるなら、アル先生を倒す前に、今失われようとしている命を守ることの方が大事なんじゃないんですか⁉ でも……あなたはアル先生に固執して、目の前の命を気にかけてもいない! あなたの主張はおかしい!」
「あの男を倒すために犠牲となったのは確かです。私も……死んで良いなどとは思っていないのです! でも、ここであの男を倒せなければ……失った命も無駄になるのですよ!」
「それは、平等なんかじゃない! アル先生という命を優先して、他の命を捨てたのと一緒だ!」
ファティマの反論に怖気づくことなく、シオンは声を大に叫ぶ。
その時、場の空気を重くしていた頭がおかしくなりそうなほどの威圧感が、少しだけ軽くなったような気がした。
それがどうしてか気になり、リアは咄嗟にアルへと視線を向ける。
そして気付く、それまで狂気じみた顔を浮かべていたアルが、いつの間にか優しい笑みを浮かべていたことに。
「あなたは……本当に女神様なんですか⁉ 女神とは何かのために人の命を奪うんですか⁉」
「……言わせておけば! あなたに一体、神の何がわかると言うのです!」
土壇場に来てシオンの理解を得られず、ファティマは口を惜しそうに歯ぎしりをする。
その様子を見て、ニルファは手元に籠めていた魔力を引っ込めた。
突如、戦闘を放棄したニルファを前に、ファティマだけではなく、攻撃の準備を行っていたダグラスたちも何事かと眉間に皺を寄せた。
「何をしているのです……ニルファ⁉」
「……私はシオンと主従契約を交わした魔物。シオンがやめるなら、私もやめる」
そう言うと、ニルファはシオンに顔を向けて優しい笑みを浮かべた。
「ニルファちゃん……」
面と向かって向けられた笑みを受けて、シオンも嬉しそうに笑みをこぼす。
「この……世界をなんだと思っているのです!」
しかしファティマの戦意が失われることはなく、準備していた青白い光をアルへと向ける。
「ニルファの力がなくとも……私の力だけで!」
そして、青白い光を放つマナの槍を、ファティマはアルへと向けて一直線に飛ばした。
「これで、終わりなのです!」
「……ご主人!」
ルミナの悲痛な叫び声が周囲に響き渡る。
直後、ファティマの放った光の槍が、法則無視によって防がれることなく、アルの胴体の心臓部分を大きく貫いた。
「やった……やったのです!」
勢いよく血の噴き出す、誰がどう見ても死んだと思える一撃が決まる。
「油断するな……やれ! やれえぇぇぇえええ!」
それだけでは終わらず、ダグラスの騎士団たちが準備していた様々な攻撃が次々にアルへと襲いかかる。弓、炎の槍、飛ぶ斬撃、風の刃、あまつさえ巨大な斧がアルの肩へと突き刺さる。
そこまでするかと口を出したくなるほどの追い打ちに、それを見ていたリアの率いる聖騎士団の淑女たちは、口元を抑えてその光景を見届けた。
誰がどう見ても、倒したといえる惨状に、見ていたキールは歓喜に震えあがる。
「やった……やったぞぉおおお! あのアルハザードを! このワシが! ハルバード家が討ち取ったのだぁぁぁぁあ! ふは、ふははははは! ふひゃひゃひゃひゃひゃ!」
全身ズタズタになり、弓矢から斧まで突き刺さるアルの姿を前にキールは踊り狂う。
しかし、それでもリアは変わらず身構えたままだった。
それだけのダメージを受けながら、アルの表情は攻撃を受ける前と変わらず、優しい笑みを浮かべたままだったから。
「今回はろくでもないことばかりで終わると思っていたが……良いことが一つだけあったな」
そして、リアの嫌な予感は的中する。
「ば…………馬鹿な⁉」
明らかにいつ死んでもおかしくない重傷だった。それにも関わらず、いつもの平然とした痛みを感じさせない口調で言葉を発したアルに、ダグラスは目を見開いて驚く。
狂うように歓喜していたキールも、顔の色を変えて驚き戸惑う。
「ま、まだだ! 間髪入れずに攻撃し続けろ!」
しかし、そこで怯まずにダグラスは再び騎士団に指示を下した。
「やはりシオン少年、いや……シオン。君は俺が見込んだ通り、アルハザード家にとって素晴らしい客人であり、友人のようだ」
あらゆる攻撃が再度アルへと襲いかかるが、アルは平然とした表情で言葉を続ける。
身体には明らかにダメージがあるはずなのに、効いているような素振りを見せないアルに、攻撃を加え続ける騎士団たちは少しずつ「なんで……なんでだよ⁉」と焦燥していく。
「なんで……どうして⁉ 法則無視は封じられているはずじゃ……!」
ファティマも、騎士団たちに遅れて再び攻撃を加え続けた。しかし、法則無視が封じられているにもかかわらず、アルが死ぬ気配はない。
「ただ一つだけ、弁解しておこう。そこにいるのは正真正銘、女神様だ。勘違いしているのはシオン……君の方さ。神と言うのはな、そういうものなんだよ」
「どうして……どうして死なないのです⁉」
「神と言っても、人とそう変わらないのさ。神というだけで、人と同じように生き、考え、そして結論を導き出す一つの生物にすぎないのさ」
「なんで…………なんで⁉ なんでなんでなんでなのです⁉」
間髪入れずにあらゆる攻撃がアルへと注がれ続ける。しかしアルは、意にも介さずに攻撃を受け続けながら、平然と言葉を発し続けた。その光景があまりにも異常すぎて、言葉を向けられているシオンでさえ戸惑ってしまう。
その傍らで、ニルファは寂しそうな顔をアルへと向けていた。
次回更新は2/07予定です




