流されない力
「間に合ったようなのです……ニルファ!」
ファティマの指示を受け、ニルファはアルから少し離れた場所で立ち止まると、手元におびただしい量の魔力が籠められた冷気の渦を纏わせる。それは徐々に形を作り、巨大な氷の槍へと変化していく。
「なんだ……この力は⁉ あの少女は一体……⁉」
突如現れた神秘的な水色の髪をした少女が纏う、この国を滅ぼせるのではないかと思えるような膨大な力を前に、リアは頬に汗を垂らして愕然とする。
その場にいたアルを除く誰もが、その一撃に込められた力の量に狼狽えた。
「拘束しろ!」
直後、ニルファが放とうとしている攻撃に合わせて、ダグラスが周囲の建物に控えさせていた奴隷たちに指示を出す。すると、奴隷たちは一斉にスペシャルの力を解放し、アルの両手両足をスペシャルによる光の鎖で縛りあげ、更にスペシャルによる粘着質な液体によって足元を固定させ、それだけではなく、地を操るスペシャルによってアルの全身は輪状の大きな石の塊によって縛りあげられた。
「逃げられないだろう……? お得意の法則無視も使えないはずだ。こいつの力の前ではな」
ダグラスはそう言うと、騎士団たちの背後に控えさせていた、貧民街では珍しくない、みすぼらしい恰好の緑髪の少女の姿をアルへと見せつけた。
少女の首には、主から逃れられぬように細工が施された奴隷の証である首輪がつけられていた。
まともな生活をさせていないのか、髪は伸びきっており、顔が隠れ、肌も泥で汚れている。
「よくやったサイカ。今日の飯はいつもの倍は与えてやろう、風呂にも入れてやる……喜べ」
普段、全く褒められていないのか、雑な生活を強いられているにも関わらず、サイカは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「……確かに使えないな」
言葉通り、アルはサイカのスペシャルにより、法則無視のスペシャルを封じられたのか、身動きが取れないままダグラスを睨みつける。
「おおおおおおおお! よくやった、よくやったぞ我が息子よ!」
その状態になれば、誰であろうが逃れられない束縛状態に陥ったアルを前に、キールは先程まで恐怖で歪んでいた顔を一転させて喜びに満ち溢れた。
「騎士団各員に告ぐ! 遠距離での攻撃が可能な者は、己が持つ全ての力をアルデロン・アルハザードへとぶつけろ! あの禁忌と呼ばれた男を討ちとる……二度とないチャンスだ! 今こそ英雄になる時!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」」
ダグラスの鼓舞に応じて、ハルバード家に仕える騎士団たちは咆哮を上げてそれぞれアルへと攻撃態勢をとる。
「リア団長……我々はどうしますか?」
ハルバード家の騎士団たちがやる気になって叫ぶ中、リアは変わらず腑に落ちない顔で頬に汗を垂らしたまま、様子を見ていた。
どうするかの指示がなく、団員の一人が心配そうにリアへと声をかける。
「臆したので?」
リアの躊躇っている姿に、ダグラスが声をかける。
「……スペシャルを封じたのであれば、もう我々の力がなくともどうにでもなるでしょう。あの……化け物のような少女の力がなくとも、あの状況からの逆転は誰が見ても難しい」
禁忌とまでされた圧倒的な力を持つアルデロン・アルハザードを、ここまで追い込んだダグラスは、見事であると褒め称える以外になかった。切り札を使う完璧なタイミング、それからの追い込みも素晴らしい手際だった。
無論、禁忌とされた相手に対して、こんな大人数で念入りに倒そうとするのも、リアは卑怯な行為であるとは思わないし、騎士道に反しているとも思わない。
それでも、リアはまだアルから言葉にし難い恐怖を感じていた。
「我々は待機です。万が一に備えて、周囲の者を守れるように準備はしておきなさい」
「ッハ!」
騎士団たちに戦闘態勢だけは維持するように指示を出す。
普通、余裕のある状態から一転して窮地に陥れば、表情の変化があるはずだった。
なのに、アルはどこか残念そうで、悲しそうで、怒りに満ちた表情のまま、一切微動だにしなかった。それがリアには、どうにも引っかかったのだ。
「……まあいいでしょう。全員! あのエルフの少女の攻撃に合わせて全ての力を注げ!」
そして、この戦いの決着はニルファへと委ねられた。
「ニルファ……それを撃つときは言うのです。私の力も合わせて撃ち放ちます」
そう言うと、ファティマは手を天に掲げ、光の粒を集約させて神々しい青白い光の塊を作り出す。
それは、この世界の神だからこそ扱える、直接マナを熱エネルギーへと変換させた命を焼き尽くす力。実際に熱があるわけではなく、生命体に反応し、生命力を削る神だからこそだった。
アルを倒すための全ての準備が整い、あとは、シオンの号令を待つだけとなった。
「な、何をやってるッスか⁉ 二人共!」
そこで遅れて、ルミナがファティマたちに合流する。
「止めないで欲しいのですルミナ。これはあなたのためでもあるのです……あなたが住まうこの世界を守るための!」
「余計なお世話ッス! この前ご主人が世界を滅ぼしたとかの話を真に受けたッスか⁉ ご主人がこの世界を滅ぼすわけがないッスよ!」
「そんな保証はどこにもありません……人の心は移ろいやすい。止められる今、止めるべきなのです! 現に彼は一度世界を滅ぼしています!」
「ご主人のことをよく知りもしないくせに勝手なこと言わないで欲しいッス! って⁉」
その時、さらに遅れてラムエが姿を現した。ラムエは現れるや否や、ルミナの身体を右腕で抑えつけて動けなくする。
「随分と面白いことをやっているじゃないか? スペシャル封じだと? そんな力があるとはな……確かにそれならアルデロンを殺せるかもしれん。やってみろ」
「ちょ! ラムエ様、何するッスか、離すッスよ!」
「ピーピー喚くな、どちらにしろ、お前にも、力を失った俺にもこの状況をひっくり返せるとは思えん。黙って見届けるしかなかろう? お前も覚悟を決めて見届けたらどうだ?」
心底この状況を楽しんでいるのか、ラムエは狂気じみた笑みを浮かべる。
そしてラムエの登場により、リアたち騎士団は「魔人族……やはり手引きしている報告は本当だったか」と、危険人物を国内へと入れたアルをさらに危険視する。
「やめるッスよファティマ様! まだ間に合うッス! というかずっとご主人を殺す機会を窺っていたんスか⁉ ご主人に世界を救って欲しいとか言っておきながら!」
「この世界を救って欲しかったのは本心です。でも……その救ってもらおうとしている相手が、何よりの世界を滅亡に追い込む危険人物であった……ただそれだけのことなのです。この世界を救うのは……彼以外の者に担ってもらいます。ヒントはもう得ましたから」
「だから! ご主人はそんなことしないッスってば! あぁ~! もう! 兄貴とレイモンさんたちはどこに行ったッスか⁉」
ルミナはキョロキョロと周囲を見回すが、先に出たはずの二人の姿はなく、慌てふためく。
一方でラムエは、この出来事の結末が楽しみで仕方がないのか、ずっと笑みを浮かべていた。
「…………っつ」
「さあ……シオン! 指示を!」
ニルファとファティマはシオンへと視線を向ける。
仮にここで、アルを倒せたのならば、シオンは禁忌とされた男を倒した英雄の一人として名を連ね、夢であった王国直属の騎士団にも入れるほどの評価を得られるだろう。
それが実現するまで、あともう一歩のところまでシオンは来ている。
だがシオンは、いつまで経っても指示を出さず、動かずに引きつらせた顔を浮かべていた。
「シオン! 何をしているのです!」
痺れを切らしファティマが叫ぶ。だが―—
「……やっぱり、やめましょう」
シオンは直前になって、戦うことを放棄した。
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