最上級の尋問
「……やぁ」
その男は、武装を施した大人数を前に、堂々と正面きって姿を現し、爽やかな笑みを浮かべた。
それがなんとも不気味で、一同はたじろいでしまう。
「お……臆するな! 臆するではない!」
最初に恐怖を抜け出し、声を上げられたのは意外にもキールだった。それだけ、アルを倒せる自信に満ちていたのだ。どれだけ強力な力を持っていても、負けるはずがないと。
「久しぶりだなぁ……ハルバードさん、元気していたかい?」
「子爵如きが偉そうな口を聞きおって……この外道に堕ちた卑しい化け物め!」
卑しい化け物は果たしてどちらなのかと、恐怖で動けないながらも、自分の父親に対して皮肉を思い浮かべてしまうダグラス。
「……一応、聞いておこうと思ったんだ」
しかし、意にも介していないのか、アルは無視して言葉を続けた。
「お前が何を言おうとどうだっていいこと」と、絶対的な強者の余裕を感じ、キールは喉を詰まらせたように黙ってしまう。
「どうしてこんなことをしたのか、聞かせてもらえないだろうか?」
アルは、少し残念そうに、俯きながら問いかけた。
それほどの殺気を放ちながら、どうしてこんな下手に出て、わざわざ話をしようとしているのかがわからず、一同は息を飲む。
「白々しい! 仕掛けてきたのはそちらが先であろう! 我が領地に攻め込んでおいてよくもそんなことが言えたものだ!」
「おかしいな、そちらのお仲間が最初に攻めてきたはずだが?」
「知らんなぁ? ワシは命じていない、……ワシに無関係の者が何かをしたかはしらんが、ワシとは一切関係のないことよ」
「なら俺も無関係さ、俺も別に命じちゃいない。レイモンさんたちも、ハルバードさんが言う……その無関係な者たちだけを始末しに行っただけさ」
「何を言っておる! 我が領地内の罪のない民たちを不幸のどん底に陥れたではないか!」
両者で食い違っている言葉に、その場で騎士たちに待機命令を出していたリアも「どういうことだ……?」と眉間に皺を寄せる。
話では、アルハザード家が遂に好き勝手に力を振るい、民を傷つけるようになったとのことだったからだ。
「映像をお見せした通りですよ。実際我が領地の民はアルハザード家に住まうマフィアたちの被害を受けたと証言しています。我々を混乱させるための戯言でしょう……腹の中では、好き勝手暴れたい欲に満ちているはずです」
「……しかし」
「あの閃光の姫君ともあろう方が、禁忌とされたアルハザードの主張を素直に聞きいれると?」
念を押されるようにダグラスに言われ、リアは黙ってしまう。ここで自分が何を思おうが、王国は既に、アルを悪と断定し、裁くことを選んでいるからだ。それは今も、昔も変わらない。
しかし、アルハザードが悪ではない可能性をリアが考慮したところで、何かが変わるわけではなかったが、禁忌とされるほどまでに強いとされている者が、こんな回りくどいやり方をするとはどうにも思えなかったのだ。
「そう、そこさ。俺が聞きたいのはそこなんだ」
直後、アルは俯いていた顔を少しずつ上げ、キールを睨みつけた。
かつて、向けられたことのない殺意。ギロチン台へと既に頭を乗せているかのような逃げようのない死の匂いを感じ取り、キールの顔はどんどん青くなっていく。
「な……なななな、な、なに、何を言っておる! やったのは貴様らアルハザード家の―—」
「その問答はくだらないからやめろ。時間の無駄だ」
アイアンメイデンの中に入れこまれ、その蓋を持ちながら問いかけてくるような凄みに、キールは舌がまわらなくなる。
お互い、それが嘘なのはわかっていることだった。
騎士団がいる手前、本当のことを話せないキールの立場ももちろんアルは理解している。そして、今回の騒動をアルのせいにしようとしていることも、アルにはもうどうだってよかった。
「別に……ハルバードさんが俺の領地に攻めてきたのは別に構わないんだ。俺も近々、ハルバードさんのところの領地をいただこうかと考えていたんでね」
「ほほほ、ほら、ほら見ろ! やっぱり貴様は……――」
「聞かせてくれ、あんたの言う……その罪のない人間を巻き込んだのはなんでだ?」
生気の感じられない瞳で、アルは問いかける。悲しみと絶望と怒り、その全てが混じり合ったような瞳に、リアはとてもこの男がハルバード家や王国が主張する大罪を犯したようには見えなかった。
「ま、ま、巻き込んだのは、き、き、貴様たちで……」
だがそれでも、キールは認めなかった。
「……質問を変えよう。今あんた達は俺の領地を攻め込んでいるわけだが……」
直後、アルは視線をキールから逸らして、ダグラスとリアのいる騎士団たちへと向ける。
「……無関係な娼婦たちを襲っているのはどうしてだ?」
見られた者は、ただ見られただけのはずなのに脳みそが震えた。震えて、全力で逃げ出したいのに動けなくて、目の前が真っ暗になった。思考がめちゃくちゃになった。
よくこんな視線をぶつけられて、虚勢を張れたものだとキールを褒め称えたくなるほどに。
「俺の関係者だったら全員殺すのか?」
質問は続く。
「それとも、まっさらな状態の俺の領地が欲しかったのか?」
言葉を重ねる毎に、眼光から放たれる殺気を増させて。
「俺がそんなに憎かったのか? 俺への憎しみを晴らすために、無関係な者を殺したのか?」
それを受けて立っていられなくなったのか、リアの率いる女性だけで構成された騎士団の一部が、次々に膝を崩して震えあがった。
直後、アルは残念そうに溜息を吐きながら一度俯いて、再度キールへと視線を向ける。
「そ れ は、 俺 の 前 に 立 た な け れ ば な ら な い ほ ど、 価 値の あ る こ と だ っ た の か ?」
そして、ゆっくり、ゆっくりと怒りを籠めて、アルは言葉を放った。
「今だ……! や、やれぇえぇぇぇえ!」
その時、誰もが恐怖で動けない中、ダグラスは唇を噛み切り、痛みで恐怖を誤魔化して叫び声をあげて指示を出す。
直後、アルの足元に紫色の光が噴きだし、アルの身体全体が仄かな紫色の光によって包まれた。
「後は……頼んだぜ!」
ダグラスは、正面にいるアルよりさらに奥にいる存在に視線を向けて叫ぶ。
ダグラスは待っていたのだ、アルを確実に殺せる力を持った強力な存在、シオン、ニルファ、ファティマ三人の到着を。
仕事が詰まっていて更新大きく遅れてしまいました……申し訳ありません。
次回更新は2/3です




