籠の中の鳥たち
「キール様……これは本当に必要な行為なのでしょうか?」
「このワシを疑うのか? 貴様たちが倒しえなかったアルハザードを、貴様たちに代わってワシが倒してやろうと言っているのだ。確実に倒すために、相手の戦力を削っておくのは重要だろ?」
「しかし……焼き払った施設の中には、民間人と思わしき者も大勢いました」
「敵はアルハザードだけではない。アルハザードを守ろうとする者も等しく敵だ。民間人のフリをしたアルハザードの間者である可能性だってあろう?」
何を言ってもやめる気はないと判断したのか、白銀の鎧に身を包んだ気品のある美しい顔立ちの、まだ二十歳になって間もないラプンツェルに纏めた金髪の女性は、それ以上何も言わずに口を閉じた。
ユシール王国から派遣された複数ある騎士団のうちの一つ【聖】。女性の騎士だけで構成されたユシール王国直属の騎士団の中では、非力とされている騎士団である。
というのも、女性しか受け入れないため、能力の幅が極端に狭いからだ。かつて、身体能力で劣っていた女性を不遇に扱っていた騎士たちを見返すために作られた団であり、今では立派に団として認められてはいるが、それでも力は王国直属の騎士団の中では最も劣る。
「こんな作戦に我が騎士たちを巻き込むはめになるとは……」
最近、前の団長から団長の座を譲り受けたばかりの若き聖騎士団の団長、リア・フェレスセントはキールに見えないように溜め息を吐く。
「あんたには同情しますよ、リア団長」
しかし、それを見ていたダグラスが、気を遣って視線を外しながら突く。
「王国は恐らく、俺たちの勝利を信じていない。総力をあげていないのが良い証拠だ。失敗した時は危害を加えたマフィアの掃討のためだけに力を貸したとかで言い逃れするつもりなんだろう」
「…………えっと」
「今思ったこと、遠慮せずに口にしていいですよ」
「本当にキール様のご子息ですか?」
「そこまでストレートに言われるとは思いませんでしたが、残念ながら息子ですよ」
ダグラスの考えは当たっていた。
王国は、ハルバード家がアルハザードを倒せるということに対して半身半疑だった。
「あなたは……倒せると思っているのですか?」
「確実にとは思ってはいませんが……あれは倒さないといけない。それくらい危険だと俺は判断した……親父は違う理由みたいだが?」
ダグラスはキールに聞こえないよう、声量を抑えながら質問を返した。
堂々と父親を皮肉するダグラスに、リアも少しだけ笑みを浮かべる。
「あなたの言う通り……私たちは、形式上だけでの助太刀です」
先日、投影のスキルを持った者を介し、ハルバード領地内への攻撃を行ったことを王国は認め、アルハザード打倒に助力することを約束はした。
王国も、元より危険な人物であると認識し、処理したかったのは間違いなく、下手に手を出せば報復されるからと近付くのを禁忌として放置していたにすぎない。
とはいえ、王国が放置を決断するほどの男を、ハルバード家が倒せるとは思っていなかった。アルハザード家の取り巻きを倒せるくらい最低限の戦力だけを貸し与え、万が一は言い逃れするつもりでいた。
ハルバード家より倒せる根拠を示されたものの、それでもやはり信じ切れない。それがアルデロン・アルハザードという存在だった。
倒せたのであれば、儲けものとしか考えていない。
「いざとなれば、ハルバード家を切り捨てて聖騎士団だけでも逃げるように仰せつかっています」
「いいんですか? そんなことを俺に教えて?」
「あなたは私利私欲ではない理由で戦おうとしている。万が一の時を考え、私たちは当てにならないということを先に伝えておいた方が良いと判断しました。先に知っておいた方が、いざとなれば、どう行動するかは決めやすいでしょう?」
遠回しに「いざとなればあなたも逃げろ」と伝えるリアに、ダグラスは「ありがとうよ」と苦笑を返す。
「しかし、……あなた方の目論見通り、アルデロン・アルハザードを無力化できるのであれば、あなた方は王国の英雄となるでしょう。今や、アルハザード家は王家や貴族だけではなく、民にとっても倒すべき敵となっていますから」
「俺はここまで大事にするつもりはなかったですけどね。……おかげで民家に顔向けできねえよ」
「それは……どういう意味で?」
「……いえ。守れなかったから顔向けできねえってことですよ」
表向き、民家を襲ったのはアルハザード家となっているため、ダグラスは言葉を濁す。
無関係な民家をアルハザードが襲ったことは、大々的にユシール王国内で広められた。
今日の朝から情報が拡散され、昼を過ぎるころにはこれまで危険だからと触れずにきた者たちも、こんな横行が続かないようになんとかするべきだと訴える者が増え、そして今、こうして王国の騎士たちが派遣されている。
投影のスペシャルを悪用し、レイモンが映る姿とハルバード領を襲うマフィアたちの姿を合わせ、あたかも同一人物がやったかのように見せ「一方的に力を行使し、襲いかかってきた。このまま放置しては国に大きな被害をもたらす、倒す術が我々にはある」と説明したところ、見事に王国は騙されてくれた。
もしかしたら、王国はそれが虚実であることを見抜いていたのかもしれないが、アルハザードを倒せる可能性があるのであれば試してもよいと考えたのかもしれない。
そう思うと、いいように利用されているのはこちらかもしれないと気分はよくなかったが、ダグラスはどちらでもよかった。アルハザードを倒せるのであればそれでいいから。
「アルハザード家に仕えるマフィア、レイモンは反射のスペシャルを持っていやがります。うちの騎士たちには対抗策がない……そちらに任せても?」
「反射ですか……随分と強力な力を持った者が仕えているですね。骨は折れそうですが……なんとかしましょう。我が騎士の中に地を操り閉じ込められる者がいますので」
「身動きを封じるか……いい作戦ですね。そっちはお任せしますよ」
「他に要注意人物は?」
「……ヨシーダと呼ばれるレイモン以上に厄介な奴がいます。学院内でもパリピ忍者と呼ばれているアルハザード家に仕える執事です」
「…………パリピ忍者とは?」
聞いたこともない名称に、リアも、自分は世間知らずなのではと狼狽える。
「まあ風変わりな恰好しているからそう呼ばれているだけです。とにかくこいつが異常なくらい厄介です。具現化と呼ばれるスペシャルを持っていて、イメージした力を実際に解き放つことができます」
「つまり……炎も風も、地を操ることすらしてくるということですか?」
「そうなりますね。しかも身体能力も異常なほどに高い……レイモンよりも厄介でしょう」
「……ヨシーダ」
聞き覚えのある名に、リアは少し脳内を巡らせる。
「ほんの数年前、同じ名の男を、王国直属の騎士団たちが、自分の団に入れさせようと躍起になっていた気がします」
「多分それですね、あなたの団は興味なかったので?」
「私の団は女性しか受け入れていませんので……ですが、それほどまでに優秀な者が、どうしてアルハザード家なんかに?」
「それだけアルハザードが規格外の化け物ってことでしょう。どんな騎士団に行くよりも、傍に居た方が良いと思えるくらいに」
聞くだけでも、騎士団のエース、もしくは副団長には所属できそうなくらいに強力なスペシャルを持った者が二人も仕えていることに、リアは驚愕で冷や汗を垂らした。
リアは、アルハザード家の力を見たことがない。過去に一度、アルハザード家の襲撃に向かった千人の騎士たちに、どれほど強かったのか確認に伺ったが、全員顔を青ざめて「やめておけ」としかいわなかった。
ここに来る前、当時、聖騎士団の団長だった恩人にアルハザード家と戦う勅命を受けたと話したところ「生きて帰ることだけを考えろ」と、深刻な顔で、同じくその力を知っているのか震えた声で言っていた。
「骨が折れそうです……アルデロン・アルハザードは任せましたよ」
「言われずとも……まあ、他の連中はあなたなら何とかしてくれると信じてますよ。閃光の姫君様」
「過ぎた名です」
「とんでもない。その若さで団長になったのも頷ける力ですよ、あなたの力は」
リアのスペシャルは【光弾】。その名の通り高熱の光を自在に操る力である。
レーザと呼んでも過言ではない熱光線を放てるだけでなく、剣に光熱を纏わせてあらゆる物体をバターのように切り裂き、自身を光の一部として神速を超える速度で動き回れる聖騎士団最強の騎士。
消費が激しく、長く戦闘はできないことと、撃たれ弱いことを除けば、騎士団の中で一番の攻撃力を誇っているだろうと誰もが認めた女性。
それでも上には上がおり、リアよりも強力であるとされている者たちは他の騎士団には大勢いる。そんな騎士団たちが言葉を違えずに言うのだ。「アルハザードには近付くな」と。
「見させてもらいますよ……その力を」
故に、リアはずっと気になっていた。
尊敬する強者たちが口を揃えて震えあがるアルハザードが、一体どんな男なのかと。
キールの作戦内容に嫌悪しながらも、リアは少し楽しみでもあったのだ。一人の騎士として、誰もが認める最強の男の力を目の当たりにできることに。
普段は、近付くのも禁忌とされてきた存在に、ようやく会えると。
「…………ぁう⁉」
だがその瞬間、楽しみは恐怖へと変わった。
「…………ぃぁ? …………うぁ、ぁう」
「ぁうぁう…………ぅぅ」
楽しそうに涎を垂らしていたキールは苦しそうに胸元を抑え、アルハザード領地内の施設を襲っていた者たちもピタリと一斉に動きを止めて、苦しそうに肩を上下させる。
リアと、リアの背後に控えさせていた騎士団員たちも、まるで心臓鷲掴まれたかのような苦しさに、顔を青くして肩を上下させた。ダグラスも同じく、眼を見開いて呼吸を荒くしている。
その場にいた誰もが、一瞬で動きを止めて、苦しそうに呼吸を乱したのだ。
何かをされたわけじゃない。ただ、叫んでいたのだ。第六感が、今すぐ逃げろと、全力で恐怖心を煽って来ていた。それを抑えようと必死になった結果、動けなくなってしまっただけで。
「…………ひ!」
直後、正面の路地から堂々と、ゆっくりとこちらに近付く人影が見えた。
遠くにいてまだちゃんと見えないはずなのに、そこにいるとはっきりとわかるほどの存在感。
見えていなくてもハッキリとわかる禍々しい力の渦がこちらに近付いている。その現実に、全員が顔を青くし、恐怖で気を失いそうになった。
そして確信する。アルデロン・アルハザードが来たと。
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