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モラル

「どこに行くんだ?」


 客間から出ようとするアルに、ラムエが問いかける。


「こんなことをしてくるんだ、俺たちはこれから狙われるということだろ? 俺に喧嘩を売って暫く様子見をしようなんて奴はそうそういないだろうし」


「だろうな。今頃王国の連中も揃ってこっちに向かってるんじゃないか? とにかく……連中はヤル気まんまんのはずだ」


 同じくレイモンも、売られた喧嘩であると判断したのか椅子から立ち上がった。


「レイモンさんも来るのかい?」


「もちろんさ、今回は報復に行った俺に責任がある。そのせいで相手方にいいように利用されてるんだからな……それに、相手方がアルの旦那に強気に出てるのがやっぱり気になる」


 アルの強さを知っている場に居た全員も、それについては気になっていたのか顔を強張らせた。


 どう考えても、人の身で勝てる相手ではないからだ。封じる力を持つ者の存在を知っているシオンとファティマも、本当に封じられるのかと疑問に感じている。


 その答えも、時期にわかるだろう。


「まあ一応の保険と思ってくれ、失礼かもしれねえが……頼むぜ旦那」


「構わないさ。ただ……昨日も言ったけど無関係な者は巻き込まないでくれ。俺は自分の身を守りに行くんじゃない。無関係な者に被害が及ばないようにしに行くだけだ」


「あたぼうよ」


 二人は頷き合うと、部屋を出て外へと向かおうとする。


「ま、待つのです! どうするつもりなのですか⁉」


 その背中が、あまりにも殺意に満ちており、ファティマは不安になって呼び止めた。


「そりゃ、やられる前にやるのは当然だろう嬢ちゃん?」


「こ、殺してはダメなのです!」


「あのなぁ……相手はこっちを殺そうとしてるんだぞ? 黙って殺されるのを待てってか?」


「それでも……あなたと彼なら誰も殺さず、止められるでしょう?」


 訴えるような視線をファティマはアルへと向ける。その視線を、アルは冷めきった目で見つめ返した。数秒の間、緊張が部屋の中に漂う。


「心配しなくても殺しはしない、来る連中に少し眠ってもらうだけさ」


 それを聞いてファティマはホッと安堵する。一方で、シオンは後ろめたそうに顔を俯かせた。


「でも、一つだけ聞かせてくれ女神様」


「……なんです?」


「女神様は口癖のように命は平等と言うが―—」


 冷めきった視線のままに放たれたアルの言葉で、静寂が部屋の中を漂った。



「平等な命を奪った者も、まだ平等な命であり続けるのか?」



 質問に、ファティマがすぐに答えられなかったからだ。


「と……当然なのです。命の価値は同じなのです」


 ファティマは、絞りカスのような声で返答する。


 それを聞いて、シオンは戸惑った。もしも、ファティマの考えが正しいのであれば、世界を滅ぼして多くの命を奪ったアルも、同じ価値であるはずだからだ。なのに、ファティマは多くを殺してきた危険人物であると、同じ価値のアルを殺そうとしている。


 都合の良いエゴに思えて、吐き気がした。


「そうか」


 ファティマの返答に、アルは残念そうな顔を一瞬見せたあと、ハットを深く被って再び背中を見せる。その様子に何故かはわからなかったが、言い訳しないと収まらないような心の靄が、ファティマとシオンに襲いかかった。


「おお……なんだなんだ⁉」


 直後、爆発音と共に激しい揺れが屋敷内を襲った。


「おじき! やっぱり来やがった!」


 そして、外で待機させていたレイモンファミリーのギャングの一人が慌ただしく客間へ入る。


「連中、昨日までよりやりたい放題だ! 根絶やしにする勢いで攻撃を仕掛けてきてやす!」


「遊郭街のほとんどに俺んとこの部下を配属してるからな……連中からしたら潰さないといけない標的の一つなんだろうよ」


 しかし、レイモンは怒りで眉間に皺を寄せた。


 遊郭街のほとんどにアルハザード家の戦力となるレイモンの部下がいるが、そこには必ずといってよいほど、無関係な出稼ぎに来ているだけの者たちも、客としているだけの者も多くいるからだ。


「アルの旦那……! って……いねえ!」


 気付けば、アルの姿と、ヨシーダの姿がそこにはなかった。


「俺たちも急ぐぞ! せめて無関係な客とスタッフの命は守らねえと!」


「「「うす!」」」


 すぐさまレイモンたちも、騒ぎになっている場所へと向かって移動を始めた。ロップイも羽ばたいてその後に続く。


「お客様方はこちらッス! ご主人がなんとかするまで、巻き込まれないように安全な場所に隠れておくッスよ!」


「ふん……俺は行かせてもらうぞ、アルハザードの戦いをもう一度見ておきたいのでな。自分の身を守るくらいの力はまだ残っているから心配には及ばん」


 慌ててルミナが客間の本棚を動かして、隠し通路へと案内しようとするが、これから見世物小屋にでも行くかのようなウキウキとした様子でラムエも部屋を出る。


「シオン……ニルファ、行くのです!」


「……はい」


 当然の如く、戦いが始まるというのに協力者であるファティマとシオンとニルファがいかないわけにもいかず、三人も飛び出して部屋を出て行った。


「えぇ~……どういうことッスか⁉ 待つッス! それなら私も行くッスよぉ!」


 結局、誰も避難することなく、騒動が起き、こちらへと向かっているだろう敵の下へと向かうべく、全員がアルハザード邸を飛び出した。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ふはははははははははははは! やれやれぇ! 遠慮はいらん! 大義は我らにある!」


 涎を垂らしてハルバード家の騎士団へと指示を出すキールを、ダグラスは隣で引きつった顔で見つめる。そして心の中で「次はお前だけどな」と決意を固めていた。


 勝手に次ぐ勝手な行動。それがまだ理的な判断であるならまだしも、犠牲を出していては意味がない。王国に提出するアルハザードの危険性を訴える演出は既に足りていたにも関わらず、領地内の民を襲わせて罪をなすりつけさせた行為に、ダグラスは憤怒していた。


 やってしまった以上は利用せざるを得なかったが、それでも、一歩間違えば信用を落としかねない行為。今、こうして無関係な民も平然と傷つけて楽しそうにしていることから、どうしようもないクズであるのが今回のことで浮き彫りになり、ダグラスは決意した。


肉親だからと始末を思い留まらせていた最後の枷が、なくなった気分だった。

次回更新は1/28です

この度、LV999の村人がコミックシーモア電子コミック大賞の対象に選ばれました。

応援してくれた皆様、本当にありがとうございました。

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