逆鱗
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「それで……どうなんだレイモンさん? 民間人に何かしたのかい?」
その日の晩、早くもアルはレイモンをアルハザード邸に呼び出し、事実確認を行っていた。正直に話させるために拷問にかけるつもりなのか、鉄製の輪でロップイは拘束され、テーブルの上で身動き取れなくされていた。
「いや、ご主人。何故俺なんだ、なんで俺が拷問にかけられそうになってるんだ。おいルミナ、その鞭をしまえ、笑顔でこっちに向けるな、おいやめ…………アァッ!」
現在、一階の客間にはレイモンと数人の側近のギャング、アルとルミナ、ファティマとシオンとニルファ、そしてラムエがいる。
「俺が何かしたとは思っていないから、俺を縛らずにロップイを縛ってるんだろう?」
「いや、それが意味不明なんだが? おやっさん?」
そしてロップイを除き、それぞれが好きな位置に座るなり立つなりして過ごしていた。
「一応聞いただけさ。もちろんレイモンさんが民間人に手を出したなんて微塵も思っていない」
少しだけ、疑われていると不安だったのか、レイモンはホッと安堵する。他の一同も緊張していたのか、表情を和らげた。
「というか……なんで僕まで」
「おいおいつれないこと言うなよシオン少年? 君は俺の生徒の前に友人だ。そしてルミナの友人でもある……この家にいるのは変なことじゃないだろう?」
「そうッスそうッス。もっと気軽に遊びに来ていいんッスよ?」
「いや、僕、半分連行されたようなものなんですけど、ていうかなんでこんな空気の中に僕を」
気付かないうちに、アルハザード家の一員として組み込まれてしまっていることにシオンは遠い目を浮かべる。
「ならば、誰がやったと言うのですか?」
そこで、他の者が表情を和らげる中、ファティマは深刻な顔つきで問いかけた。
少なくとも、今日のマルモのように日常生活が困難になるくらいの被害者が出ているからだ。
「…………俺が直接確認しに行った時、ダグラス少年の言葉通り、数件の家がボロボロだった」
ファティマの表情に感化されてか、アルも少しだけ真面目な顔つきになって言葉を返す。
「ヨシーダ」
「ここに」
アルの呼びかけに応じ、ヨシーダが突如客間に姿を現す。
「調査したところ……被害に会った者たちのほとんどが、アルハザード家のマフィア、レイモン様の配下に襲われたと口にしていました。襲ったマフィアたちのほとんどが、レイモン様の組織の紋章を所持していたことから、レイモン様の責任となっているようです」
「そいつらは異世界の文明……バイクに乗っていたのか?」
「いえ、そのような事実はありません」
ヨシーダの報告を受けて確信を得たのか、アルは残念そうに深いため息を吐く。
「アルの旦那、昨日俺たちは全員バイクに乗っていたぜ?」
「わかってるさ、レイモンさんに黙って勝手にしかけるようなファミリーでないこともね」
信用されているのが嬉しかったのか、ギャングたちは頷いて笑みを浮かべる。
「ハルバードさんところの……マフィアたちの仕業だな」
そしてアルは、被害をもたらした者たちの素性を告げる。
「そんな馬鹿な……そのような真似をする理由が向こうにはないでしょう?」
しかし、ファティマは信じられず、声を荒らげた。ハルバード家はアルを倒すのが目的で、身内に手をかける理由がないはずだから。
「向こうはアルハザード家に攻めてくることを望んでいる、それは攻められたという大義名分が欲しいというのが理由だ。だが……俺たちから攻めなくても大義名分が得られる方法はある」
「連中、俺たちを悪人に仕立て上げるつもりだぜ」
「そのようだ。ただでさえアルハザード家は王国からの心象が良くない。向こうはきっと信じるだろうな」
そこまで説明されて、ファティマとシオンは昼間のダグラスの発言の意図に気付く。わざわざああやって声を大に叫んでいたのは、学院内でのアルの印象を下げるための行動だったのだと。
「被害者面をして、俺たちを倒せる方法を提供さえすれば、自分たちの領地で戦わずともそっくりそのまま俺の領地を王国からいただけるだろうからな」
元々のアルハザード家の印象の悪さに加え、アルハザード領地内のマフィアたちも危険な存在であり、大きな被害を出してきたと知れ渡れば世論はハルバード家に理があると傾く。
たとえそれがハルバード家の用意した偽りであったとしても、声を大に叫び続けていれば、偽りも真実となってしまうのだ。そして被害者は、本当の加害者ではなく偽りの加害者に憎しみをぶつけるようになる。それが少しずつ広まり民意となって、アルハザード家を降り注ぐ。
「……でも、そんなのって」
言葉にしながら、ファティマは戸惑う。
いくらアルを倒すためだからといって、無関係な者たちを傷つけていいはずがないからだ。その無関係な者たちを守るために、アルを倒そうとしているのに。
そして疑問に感じてしまう。「正義とは?」と。
「……シオン」
さすがにこの展開は想像していなかったのか、ファティマはシオンと顔を見合わせて困惑した。
「ふん、人族とは面倒だな。仲間同士で足を引っ張り合い……傷つけ合うとは実に愚かだ」
ただでさえ六大種族間で争い合っているのに、一枚岩ではない人族にラムエは呆れ果てる。
「ヨシーダ……死傷者は?」
「多くはありませんが……出ています。それも死傷者が出ているのは家族暮らしをしている家の住民一人のみ。恐らくは強い恨みをアルハザード家へと向けるための工作かと」
「…………そうか」
その瞬間、場にいた全員の胸が締め付けられるような重たい殺気を感じ取った。
和んでいた空気が一瞬にして凍り、アルの表情が明らかに冷たいものへと変化する。
ソフトハットから僅かながら見えるアルの眼は、ルミナとヨシーダでさえ見たことがないほどに冷め、人間味を一切感じられなくなっていた。
「死傷者が……出ているのか」
そして、空気を震わすような殺気を放ちながら、アルはヨシーダの報告を繰り返す。
「……ラムエの言う通りさ。面倒だよ、人族は特に……善悪の認識がそれぞれで違うから」
次回更新は1/25の21時です




