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表と裏の時間

「……あなたはそれでいいのですか?」


 憐れむような顔でファティマは問いかける。


「何がだ? これはこういうものなのだろう? そしてこいつらはその教えをいただきにこの場に集まっているのではないのか?」


 無知は罪という言葉を頭に過らせ、ファティマは「……そうですか」と何も知らないラムエを体よく利用しているアルに冷たい視線を送った。


「あ……あの、ラムエ先生……で、いいんですか?」


 そこで、男子生徒の一人がおそるおそる手を上げる。


「人族如きが気安く俺の名を呼ぶな、どうしても呼びたいなら様をつけろ……殺すぞ」


「ええ~……全然友好的じゃない」


 僅かに残されたラムエの全身から放たれる禍々しい魔力に、男子生徒は怯んでしまう。だがそれでは会話にならないため、ラムエも考え直して咳払いすると「……なんだ?」と問い返した。


「アル先生とは……どういう関係なのでしょうか?」


「アルデロンとは殺し合った仲だ。まあ……俺の完敗だったが」


「えぇ~……」


 殺し合っておいて、どうしてそう仲睦まじくできるのか理解できず、生徒は困惑する。


「不思議そうだな? ハッキリ言おう……俺もこんな風になるとは思っていなかった。俺を魅了するだけの理屈を超えた力がこのアルデロンにはあるということだ。今はその理屈を超えた力で何をしでかすのか……異世界の文明とやらを含めて傍で見させてもらっている」


「どうしてブリブリって一々叫ぶんですか……?」


「急に話題を変えるな、人族のガキ」


 とはいえ、一応質問には答えようとラムエは長芋擦りおろし機のハンドルに手をかける。


「これは、音声認証システムとやらを搭載していてな……ブリブリと言わないとハンドルが回らない仕組みになっているのだ。さらに、ブリブリと叫ぶことによって敵は警戒し、迂闊に近寄らなくなる……と、アルデロンは言っていた」


「確かに近寄りたくはないですけど」


「ええい、気になるのであれば実際に回せばいい!」


 そう言うと、ラムエは男子生徒に壇上に上がってハンドルを回すように促す。男子生徒はびくびくと震えながらハンドルを回すが「ブリブリ」と叫ばなくてもハンドルはスルスルと回転した。


「あの……別に叫ばなくても回るんですけど」


「………………あれ?」


 言葉通り普通にハンドルが回っているのを見て、ラムエは不思議そうにアルを見つめる。


「おい、どういうことだ」


「ブリブリと叫ばないと回らないと言ったな…………あれは、嘘だ」


 睨むように見つめるラムエに対し、アルは迫真めいた顔で返す。


「だが、俺が回す時、ブリブリと叫ばなければ回らなかったぞ?」


「俺が意図的に力を使って止めていた」


「わけがわからん……この人族のガキの時に止めなかったのは何故だ?」


「俺の目的はこの文明の利器を広めることだ。ブリブリ叫ばなければ回らない道具なんて不便だろう? そして俺の生徒にブリブリなんて叫ばせられないさ」


「俺ならいいのか?」


「お前は魔力もマナも枯渇したその身を守りたいんだろう? だったら叫ばせるさ」


「なるほど……だが、身を守るのはこんな方法じゃなくても良かったのではないのか?」


「ああ、その通りだ」


 直後、鋭い魔力の籠った突きがアルの首元に放たれる。無論、当たるはずもなく、ラムエの突きは空を切った。


「アルデロン……貴様……俺で遊んでいたな⁉」


「何を言っている? 俺ほどお前を気にかけている男はいないぜ」


「ならその薄ら笑いをやめたらどうだ……?」


 唐突に勃発した二人の争いに生徒たちは困惑し続ける。そもそも、「ブリブリ」叫ぶ前にもっと早くに気付けよと内心思いつつ、抜けたところあるのだなと、少しだけラムエに親近感が沸いた。


「さすがはアルハザード。魔人族の男すら手玉に取って、平然と学院内に連れ込んで争い起こすなんて……危険極まりない身勝手な男だ」


 その時、ようやく平静を取り戻したのか、ダグラスが声を大に、嫌味を込めて叫んだ。


「……これだけ身勝手に好き放題やる男だ。昨日の襲撃もアル先生が命令したんじゃないか? だとしたら大事だぜ? ……マルモ先生が今日来られないのも、昨日の一件のせいだしな?」


 ダグラスの発言に、アルはラムエに待つように促して耳を傾ける。


「その話……どういうことだ?」


 表情を切り替えて、アルは少し脅迫じみた空気を纏わせながら問いかけた。


 突然雰囲気が変わり、ダグラスも少しだけ怖気づいて唾を飲み込む。


「昨日のマフィア同士の抗争で、ダグラス領地内の住民にかなり広く被害が出ている。無関係な者の家に火を放たれたりしてな。怪我を負わされた者も少なくない」


 それを聞いた途端、アルは目の色を変えてその場から一瞬で消え去った。まるで、空間を切り取ったかのように突如消え去ったアルに、その場に居た全員が驚き戸惑う。


「ふぁ、ファティマ先生……アル先生はどこに?」


 何が起きたのかわからず、シオンが問いかける。ファティマもわからないのか、少し困惑した様子で首を左右に振った。


「多分……事実確認に行ったッスよ」


 そこでファティマに代わり、ルミナが答えた。


 何故かいつも明るい声のトーンが少し低く、表情も心なしか強張っている。それだけで、ただ事ではないと感じたのか、シオンもファティマも息を飲んでしまう。


「すまない。急にいなくなったりして」


 直後、アルは再び姿を見せた。感情がなく、見ているだけで不安になってしまうような顔で。


「ダグラス少年の話はどうやら本当のようだ。教えてくれてありがとう」


「……そうやって、自分は無関係だって主張するための演技か?」


「無関係……であると信じたいが。とりあえず今は授業だ。時を止めてできるのは状況把握だけなんでね。授業が終わったあとに……レイモンさんのところに行くさ」


 さも当たり前のように時を止めたと言葉にするアルを前に、ダグラスは冷や汗を浮かべる。


 だがすぐに、笑みを浮かべた。この展開は、望んでいたことだったからだ。


「とにかく授業を始める。今日は回転運動に関してと、歯車の構造に対してだ。そして一人一回ブリブリとハンドルを回してもらう。恨むなら俺の気分を授業中に害したダグラス少年を恨め」


「どうしてそうなるんだよ」


「おいおい、ラムエ先生にだけブリブリ言わせて逃げるつもりか? これが魔人族と人族が争うきっかけになったら大変だなぁ? ん? ラムエ先生がかわいそうと思わないのか?」


 その言葉に、ラムエは「……確かに」と、全員が同じ無様をさらせば普通になると考え、「やれ」と言わんばかりの圧力を生徒たちにかける。ルミナも含めて誰もがタチの悪さを感じながら、授業は終始、アルが無表情を保ったまま進んだ。

次回更新は明日21時予定です

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