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抗争勃発

「準備資金は俺が出す。報酬はいつも通り、今後継続的に得られる純利益の五割でいいかな?」


「相変わらずくれるねぇ……そのうち四割は国に納めるんだろ? 旦那のところには一割しか入らないじゃねえか、毎度のことながら……いいのかそれで?」


「店の管理から仕入れまで全部やってもらうんだ。正当な報酬さ……それに一割でも充分な額になる、俺はこの屋敷で生活できるだけの金と、ルミナの学費さえ稼げればそれでいい。どうせ使い道がないからな」


 アルの提示した条件に満足なのか、レイモンは笑みを浮かべてグラスを片手に持った。


「交渉成立だ」


 そして、アルとレイモンは互いにグラスを軽く合わせて一気に飲み干す。


 これが、アルハザード家による、契約書にサインするよりも重い契約の証だった。


 破れば、死んだ方がマシと思える地獄が待っている。その地獄から逃げられる者はいない。


「ああ……それと、言う必要はないと思うんだが一応」


 契約を終えたと同時に、アルはテーブルに両肘をついて前のめりにレイモンを見つめる。



「くだらないことには使うなよ?」



 そして、釘を刺した。この契約は、レイモンという男の人柄を認めた上でアルが提案している。


 故に、その人柄が偽りであった場合も、アルは契約違反であることを遠回しに伝えたのだ。


 得た利益を、良からぬことに使わぬようにと。


「薬はご法度、俺の信念は変わらねえ」


 無論、それに臆すことなく、レイモンは真っ直ぐとアルを見つめ返す。


 それで安心したのか、アルは席を立つとレイモンと握手を交わした。


「ご主人、おやっさんのことは俺が常に監視しているから安心しな」


「全く信用ならないんスけど」


 とろけたプリンのように、レイモンの頭上でくつろぐロップイにルミナはジト目を向ける。


「おいおい、そう言うなよ。俺はやる時はやる男だぜ?」


「ロップイが何か仕事をしてる姿を見たことないッス、家の手伝いは何もしないッスし」


「俺ぁこんな見た目でもれっきとした魔物、戦士だぜ? おやっさんが悪さをしたり、俺たちの縄張りで悪さをする奴がいたらぁ……この俺がボコボコにしてやるぜ」


 そう言って煙草を吹かすと、ロップイはワイルドな笑みを浮かべた。


「た、大変だ……おじき!」


 その時、アルの個室にレイモンの配下である幹部の一人が慌ただしく入り込んだ。


 外から勝手に入ってきたのか、不法侵入を仲間だからといって見過ごすわけにはいかず、控えていた側近たちは一斉にその幹部の男を床へと抑えつける。


「てめえ……いくらアルの旦那が寛容だからって、礼節も弁えられねえのか⁉ あぁ⁉」


 そしてすぐにレイモンの手によって、這いつくばった幹部の顔のすぐ真横に、ナイフが突き刺せられた。


「す、すみませんアルハザードさん! 緊急事態だったもんで……!」


「レイモンさん、気にしなくていい。入ってこられた時点で俺の許しは得ている」


 言葉通り、アルもルミナも急に入ってきて驚いた様子はなかった。


 この屋敷の侵入をヨシーダが許すはずがなく、入って来られたということは、今入ってきても問題ない人物であると判断したからだ。もしも害があると見なされていれば、この部屋には辿り着けていない。


「……で、何があった?」


「おじきの屋敷に火が……! それだけじゃねえ、ウチの島を荒らしまわってやがる連中が……とにかくやりたい放題だ!」


 その瞬間、すかさずルミナが「ボコボコにしてきてくださいッス」とレイモンの頭上に視線を向けるが、ロップイの姿はそこになかった。


「どこの連中の仕業だ?」


「ハルバード家の領地を仕切っている同業者です……!」


「また仕掛けてきやがったか、しかし、屋敷に火をつけるたあ……日に日に度が増してやがる」


 報告を受けて、レイモンと側近たちの形相が険しくなる。自分の縄張りで好き勝手されていることが相当頭に来ているのか、血管が浮かび、眼が血走っていた。


「よくわからないが、俺がいない間もこういうことは一度もなかったのか?」


 これまで異世界に居すぎたせいか、マフィア同士の力関係がよくわかっておらず、アルが問いかける。すると、レイモンは頷いて返した。


「アルの旦那がいないからといって手を出してくる奴はいなかった。連中も、報復を恐れていたんだろう……やっぱり、アルの旦那に対抗する何かを手に入れたと考えるべきだろう」


「むしろ、報復を誘っているように見えますね」


 そこで、それまで自室で笑い転げていたヨシーダが再びゲートを通って天井から顔を出す。


「手口があまりにもわざとらしすぎます。ご主人様に手を出させるのが目的かと」


「だろうな」


 ハルバード家は表向き、マフィアとは無関係を貫いている。実際は奴隷やオークションで出品する品をマフィアに集めさせているズブズブの関係だが、ここでアルが直々に報復を行えば、ハルバード家の領地内に侵攻してきたと捉えられてもおかしくない状況になってしまう。


 こういった領地内の住民が起こした揉め事は、その領地を管理している者同士で話し合い、和解金を納めたり、ルールを取り決めるなどで本来解決するが、時間が掛かってしまう。


 証拠集めのための事情聴取や、事実確認、証言を行う者の日程を合わせて会談と、色々と準備が必要だからだ。


 そのため、多くの領主同士が事前に揉め事を回避するためにルールの取り決めを行う。


「俺とハルバードさんところは、何の取り決めも交わしてないからな……やられたらやり返す、ごたごた言うならお前らも潰す。その代わり何もしないなら手を出さないって感じで」


 しかしアルだけは例外だった。


 本来ルールを破ったことを放置すれば秩序が乱れるため、国が後ろ盾になって取り決めは守らせるが、国が後ろ盾になったところで全て薙ぎ倒せるため、アルは特に他の領主とルールを取り決めたことがない。国が定めた基本的な法があるのみ。


「『報復に来ても構わない』というメッセージなのでしょうね。こちらから出向いたとなれば、相手側に大義名分もできますし」


「今更、大義名分とか気にする必要があるのか? 散々これまで向こうは因縁つけてきたのに」


 とはいえ、これまでは尻尾を掴ませない嫌がらせ程度だったため、正式に裁いたことは一度もなく、あまりにも小さすぎる出来事すぎてアルも報復に出向いたことはなかった。


「それだけ勝てる自信があるのでしょう。攻められて勝利したとなれば、アルハザード家が管轄する領地は全てハルバード家のものになりますので。逆に向こうが攻めてきた場合、勝利したとしても国が定めた法に反していますので、アルハザード家の領地を全てもらえない可能性がありますからね」


「あれ? 領地をもらえないだけでハルバード家はお咎めなしッスか?」


「ご主人様は国でどうしようもないから放置されているだけであって、倒せるなら倒したいのが国の本音。アルハザード家の領地に住まう住民に被害を出したことは咎めなければならないが、ご主人様を殺すこと自体はむしろ褒められることなのさ、ルミナ」


「兄貴、常にその喋り方でいて欲しいッス。妹として」


「ふぅうう! 折角お兄ちゃんが親切に説明してあげたのに返事がソレェ~⁉」


 予定通りハルバード家は仕掛けてきた。だが、少し想像していたのとは違い、アルは少し首を傾げて困った顔を見せる。


「マフィアにやらせるとは思わなかったな。ハルバードさんのことだからストレートにぶつかってくると思ったんだけど」


「どうしますかご主人様? 予定とは少し違いますが、直接乗り込んでマフィアをボコボコにした後、ハルバード家との関係性を吐かせますか?」


「それだと俺の嫌いな力づくになるだろ? 弱みを握って平和的にいたぶろうと思ってたのに」


「そっちの方がえぐくないッスか?」

次回更新は明日21時頃予定です

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