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ギャングスター

 その時、アルはひっそりと不気味な笑みを浮かべた。


 それにどんな意図が込められているのかわからず、ルミナは首を傾げる。


「ところでご主人……どうして昨日あんなこと言ったッスか?」


「あんなことって?」


「ファティマ様を焚きつけるようなことッスよ。世界を滅ぼしたことがあるとか、善と悪なんて存在しないだとか……わざわざ言わなくてもよかったじゃないッスか」


「そりゃ、事実だからさ」


「それが何か?」と何食わぬ顔でアルが首を傾げると、ルミナは不満なのか「むー」と唸りながら頬を膨らませた。


「たとえ事実だとしてもッス。ファティマ様、めちゃくちゃ驚いてたッスよ? 不安がらせてどうするッスか? 言葉責めを受けてるようでちょっとかわいそうだったッス……女神様なのに」


「…………ルミナは不安にならないんだな。お前も聞くのは初めてだっただろう?」


「え⁉ そうなんスか⁉ とはなったッスけどね……事情があるんでしょ?」


 アルのことを信じて止まないのか、ルミナは満面の笑顔を向けた。


 それを見て、アルは少し照れくさそうに帽子を深く被りこむ。


「そもそも、ご主人が世界を滅ぼそうとしても誰も止められないから、俺たちにはどうしようもないっていうか? なんていうか?」


「まあご主人がその気になったら終わりってことで、私は受け入れるッスよ」


 そうならないと確信しているのか、ルミナは胸に手を当てて「ふふん」と自信満々に答える。


「あれ? ……この音」


 その時、突然騒がしい音が窓の外から響き渡った。何事かとルミナが窓から外を除くと、苦虫を噛み潰したような引きつった顔を浮かべる。


「ルミナちゅわぁぁぁぁあん! お爺ちゃんが来たよぉ? うひょ、うひょひょぉ!」


 アルハザード邸の前には、いつの間に拝借したのか、昼間、ヨシーダが乗り回していたバイクに跨った、初老の男性がエンジンを鳴り響かせて手を振っていた。


 その男性は朱色のハットを被り、茶色の髭を頬から顎にかけて生え揃えた、異世界の西部劇に登場するような見た目をしており、何故か頭上では、ロップイが葉巻を咥えて能天気にくつろいでいる。


 また、周囲には、走って付き添っていたのか、身体にタトゥーを入れた荒っぽい見た目の男性八人が、肩を上下させて息を切らしていた。


「俺が呼んだんだ。丁重にお迎えしてやってくれ二人共」


「うぇぇぇえ……最近は合わずに済んでたッスのに、なんで呼んじゃうッスか?」


「おいおい、そんな嫌がることはないだろう。あの人はお前を可愛がってくれてるじゃないか」


「度が過ぎてるんスよあの人は……度が」


 とはいえ、アルが直々に呼んだお客様となればお迎えしないわけにもいかず、ルミナは重い足取りで部屋を出て玄関へと向かう。


 アルがソファーから腰を上げて窓から外を見ると、既に動いていたのかヨシーダが丁重に敷地内へと迎え、屋敷の中へと案内していた。


 いつもは明るいルミナが、少しげんなりとした顔でやってきた男たちを玄関で迎えたところまでを見て「やれやれ……まだまだ子供だな」とアルは笑みを浮かべる。


「よぉ~アルの旦那ぁ! 随分と久しぶりに招待してくれたねえ? 俺ぁ嬉しいよ」


 暫くして、頭に乗ったロップイと同じように葉巻を口に咥えた、初老の男性がアルの個室へと両手を広げながら入る。アルは「ようこそ」と口添えして握手を交わすと、初老の男性を窓側のソファーへと座らせた。


 後に続いて、身体にタトゥーを入れた荒っぽい見た目の男性たちが初老の男性の両側に寄り、ソファーに座ることなく姿勢を正して立つ。


 それを見届けたあと、アルも迎え側のソファーに座り、ヨシーダとルミナを両脇に立たせる。


「悪いねレイモンさん、今日はちょっと酒しか用意していないんだ」


「構わねえよ、ルミナちゃんに会えるだけで俺ぁ満足だぜ」


「なるほど? それじゃあルミナ、レイモンさんに酒を注いで差し上げろ」


 アルに指示を受けて、ルミナは「え~……」と嫌そうな顔をしながらも、レイモンと呼ばれた初老の男性が持つワイングラスにワインを注ぐ。


「おい……ガキぃ、てめぇ……誰のワイングラスにそんな嫌そうな顔で注いでんのかわかってんのか……? あぁ⁉ たかがメイドの分際で俺たちのオジキを馬鹿にしてんのがゴルァ……⁉」


 すると、嫌そうにワインを注いでる姿が気にくわなかったのか、立ち並んでいた荒っぽい見た目の男たちの中で、一番若かった男が眉間に皺を寄せ、血管をピクピクとさせながらルミナへと顔を近付けて凄んだ。


「アルハザードの旦那のメイドだからって調子にのってっと……ぶち殺ぉぉべぇぇぇぇ⁉」


 直後、その若い男はレイモンによって信じられない勢いで殴り飛ばされ、アルの個室の壁へと叩きつけられる。


 そして、そのまま若い男の胸倉を掴んで持ち上げると、懐にしまっていたナイフを口の中へと突っ込み、タン唾を吐き捨てた。


「おいガキぃ、てめぇ、誰のワイン注ぎ注ぎチャンスを妨害したかわかってんのか……? 俺のルミナちゃんにイチャモンつけやがって……殺すぞてめぇ……⁉ いや……もう殺す!」


「オジキぃ! 落ち着いてください! そいつ、最近ウチの組に入ったばっかりの見込みある奴なんです! 勘弁してやってください!」


「今のもオジキを思ってやったことなんです、勘弁してあげてくだせぇ!」


「ルミナちゃんみたいな無害な天使ちゃんに凄んだ時点でこいつには見込みがねぇ、殺す」


 そして、ナイフを口に突っ込んだレイモンを止めるために、周りの荒っぽい見た目の男たちが一斉にレイモンの身体を抑えつけて、なんとか宥めようとする。


「落ち着くッスよレイモン様、いつものことッス、私は全然気にしてないッスよ」


「ダメだ。そんないつものことになっちまうくらい、こいつらは同じ馬鹿を繰り返してるってことだろ? 二度とこういうことが起きねえように、今こいつをここで殺して俺の組の末端にまで聞き届く消えねえ伝説を作らねえとよ」


「ご主人の個室を血で汚さないでほしいッス。そんなことしたら、嫌いになっちゃうッスよ?」


 血走った眼でナイフを突きつけ続けるレイモンを止めるためか、ルミナはワインボトルを持ったままわざとらしくそっぽを向き、可愛らしく頬を膨らませる。


「えぇ~嫌いになっちゃうのぉ~? じゃあ止めちゃぅ~もうヤーメタ、ヤメタからね~?」


 その仕草があまりにもレイモンにとって可愛かったのか、さっきまでの鬼の形相が消え失せ、とろけた田楽のような緩み切った顔になってゆっくりとソファーへと戻る。


 とりあえず落ち着いたようで、周囲にいた荒っぽい見た目の男たちはホッと胸を撫でおろした。


「おい……俺の側近になったなら、しっかりお前らでルールを叩きこんどけ? 次はねえぞ?」


「へ、へい!」


 と思った矢先、人が殺せるくらいに恐ろしい視線で荒っぽい見た目の男たちを睨む。


 あまりの表情と性格の変化具合に、アルは笑いを堪えるために帽子を深く被り、ヨシーダはゲートで自分の個室へと移動して笑い転げた。


 レイモン・バッカード。アルハザード家に仕えているわけではないが、アルハザード家に領地の一端を任され、遊郭街全体を管理しているマフィアのボスである。


 悪には厳しく、遊郭街とは無縁な堅気の人間には優しく、よく貧民街に住まう子供たちの面倒を見たりしていることから、多くの者に慕われているギャングスター。


 麻薬はご法度で、他の区画を拠点としているマフィアたちが麻薬を売りさばいていたのを理由に、アルハザードの管轄になく手の出しにくい他の区画のマフィアを潰したこともある有名人。


 そして————


「それとルミナちゃん? レイモン様なんて暑苦しい呼び方しなくていいんだよぉ~~? お爺ちゃんって呼んでくれていいんだよぉ?」


「それでは注ぎますねレイモン様」


 ルミナ大好きマジキチじじいである。

次回更新は明日21時頃予定です

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