暗躍する仲間
「確かにこれなら、試験はまるで問題ないねぇ~。むしろ、シオン少年の浮遊能力と合わせれば機動力も出て、最強戦力になるんじゃな~い?」
「ほ、本当ですか⁉」
「でも油断大敵っしょ、バリアの内側に入られれば少なくともシオン少年は死ぬ、姫ちゃんも今はご主人に力を封じられて不死身というわけじゃないからね?」
指摘を受けて、少し浮かれていたとシオンは反省する。
力を得たとはいっても、それはニルファの力であって自分の力ではない。自分は相変わらず、何の力もなく、ニルファがいなければ簡単に殺されてしまう無力な人間でしかないのだ。
また、バリアの内側に入り込める能力は、ヨシーダを含め、何人かは存在する。
そんなのと遭遇してしまえば、ニルファはともかく、シオンの命の灯は潰えるだろう。
「まあ試験くらいはどうとでもなるっしょ……くぅぅぅぅう! おめでとうシオンきゅん」
それでも、とりあえずは試験を突破できることに安堵した。
周囲で見ていた生徒たちも、シオンに与えられたニルファを見て「ねえ、私たちもアル先生に頼めばあの子みたいなのくれるのかな?」とか「俺もちょっと高等部での最初の試験だから自信なかったんだよな……相談してみようかな」と、アルに対しての評価をあげていく。
「なんだよ……あれ、卑怯じゃねえか?」
「あのエルフの少女を使ってでかい顔されんの……すっげえムカつくんだけど、なあ? ダグラス君? シオン自身の力じゃねえのによ?」
そんな中、ダグラスとその取り巻きの二人だけは気に食わなさそうな顔で見ていた。
取り巻きの二人はニルファの力を見て臆し、その力を得た妬みからかシオンを睨みつける。
「主従契約を交わしたなら、どう言おうがシオンの力だろ? 認めろよ、みっともねえ」
「は? どうしたんだよ急に?」
逆に、ダグラスはそんな取り巻きの二人を見て呆れた顔を浮かべた。さらに、取り巻き二人だけではなく、アルに頼り始めようとしている他の生徒たちにも呆れてしまう。
力を与えられたシオンを妬む二人は論外だが、アルに媚びる生徒たちも危機感が足りなさすぎた。
そんな力を誰もが持ってしまえば、六大種族の争いを一瞬で終わらせられるどころか、秩序が乱れ、力が全ての世の中になるだろう。
そんな力を簡単に与えられるアルを、恐ろしいと思わないのか? と、試験を楽に突破できると浮かれている生徒たちを、能天気に感じてしまう。
「よーし……ニルファちゃん、他に何ができるか色々試させてもらっていいかな」
力を得たとはいえ、扱いこなせなければ意味がない。
そう思ったシオンは早速、ニルファの力を試験の時に扱いこなせるように試そうとする。
「その前に……ちょっといいか?」
そんなシオンの下に、ダグラスが単体で近寄った。
学校では必ず取り巻きの二人を連れて歩くダグラスが一人で声をかけてきたことに、シオンは警戒して身構える。
「なんだよ……いつもの二人は置いてきていいのかよ」
「あいつらは駄目だ。家柄も成績もいいから傍に置いてたが……考えが浅すぎる」
そして、普段であればシオンの前で決して吐かない言葉に、驚き戸惑った。
「ちょっとこっちに来い、二人だけで話がある……ああ、そこのエルフの女も連れて来ていいぞ」
来いと言われて素直について行こうと思う相手でもなく、シオンはどうしようかとニルファに一度視線を合わせた後、再び身構える。
「安心しろ、絶対に何もしねえからよ」
「僕が信じるとでも思っているのか?」
「嫌がらせするなら、堂々と正面きってやっているだろう?」
「今はニルファちゃんがいるからだろ?」
「だからその娘も連れてきていいって言ってんだよ」
そこまで言われて、シオンは再度考え直す。
確かに、いつもとは雰囲気が違った。
取り巻きの二人も、今は何故か不機嫌そうにこちらを見続けている。
シオンだけではなく、ダグラスも含めてだ。
いつものような嫌悪感のある態度は見せておらず、どちらかというと緊迫した表情を浮かべており、まるで助けを乞うようだった。
「……まだ授業中だし、手短に話せよ?」
「ああ、とりあえず教官たちにはトイレに行くって誤魔化して、非常階段のところで話そう」
とりあえず身の危険はないと確信したのか、シオンとニルファはダグラスの後へと続く。
そして、校庭からそう遠くない、本校の非常階段のところまで移動した直後――
「アルハザードを殺す。手伝ってくれ」
ダグラスはもったいぶらず、すぐに本題を語った。
あまりにも唐突かつ、大胆な発言に、シオンは驚き戸惑う。
「……どういうことさ?」
「とりあえず話を聞こうとするだけ、お前はあいつらよかマシだな。成績だけじゃ本質はわからないってことか? はん……少し勉強になった。ますますお前が欲しくなったな」
そしていつも通り、興奮気味に涎を垂らすダグラスを見て、シオンは引きつった顔を浮かべた。
「早くお前を……はぁ……はぁ、専属メイドに迎えたいぜ」
「せめて……メイドじゃなくて執事だろ? さっさと僕の質問に答えろよ」
「ああ……悪い悪い。つい、いつもの癖で…………理由なんて俺よりも、実際にそのエルフの少女を捕まえに行ったお前の方が理解しているんじゃねえか?」
否定できず、シオンは黙り込む。
何が言いたいのか、アルの圧倒的な力を目にしてきたシオンは理解できてしまったからだ。
アルハザードは、禁忌と呼ばれるに足りる危険な存在であると。
「その顔を浮かべてくれて安心したぜ。ハッキリと否定されたらどうしようもなかったからな」
「………………シオン」
シオンの迷う姿に、ニルファは不安そうな顔を浮かべる。
「わかってるよ、ニルファちゃん…………でも」
アルを殺すということは、ニルファを再び元の生活に戻すということに繋がったからだ。
無論、シオンもそれはわかっているし、自分のためにニルファを与えてくれたアルに感謝していないわけではない。だが、それ以上にアルをなんとかしないといけないと、脅威を感じていた。
あの力が仮に、自分たちに向けられたなら? と。
実際にその力を向けられ、なくなった世界がある。
仮に、アルが莫大な力を持つだけならば、まだ恐怖するだけで終わっただろう。
この世界は滅ぼさないと言っていたが、アルの気分次第で変わるかもしれない。
何より、この世界以外なら平然とした顔で滅ぼせる人間性であることが、一番の問題だった。
「あれは……やばいぜ? やばすぎて笑っちまうくらい……危険な存在だ。お前もそう感じたから、恩を与えられてもそうやって悩んでるんだろう?」
アルは、悪人ではない。
だが、善人でもない。それが、シオンを悩ませていた。
つまりは、何を考えているのか、さっぱりわからないのだ。
さっぱりわからないということは、何がアルの気分を変えてしまうかもわからず、何が、アルに世界を滅ぼさせるきっかけになるかもわからないということになる。
いつ地雷を踏んでしまうかの恐怖に怯えながら、シオンは今後も過ごさなければならないのだ。
何故なら、シオンはアルを知ってしまったから。
「随分と……興味深い話をしているのです」
その時、非常階段の上層から、ずっと隠れて話を聞いていたのか声が聞こえる。
「提案するということは、何か考えがあるのでしょう? 私にも……聞かせるのです」
そしてコツコツと一段ずつ降りて、ファティマが真剣な表情を浮かべながら姿を現した。
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