成り上がり
「確か今日の一限目は、外で実施訓練だったはずだ。百聞は一見にしかず、見てくればいい」
群がっていた生徒たちからマルモの服の襟を掴んでひょいっと持ち上げると、アルはそれだけ告げて教室を去る。その後に続いて、ファティマが少し気難しい顔で部屋から立ち去った。
「どうしたんだろう……ファティマ先生」
昨日までは見せなかった強張った表情に、シオンは少し首を傾げてしまう。
「シオン、お前その子どうしたんだよ⁉ 昨日までいなかっただろ⁉ お前が教室に来てからずっと気になってたけどよ!」
「昨日アルハザード先生に呼び出されてたけど……その子を貸してもらうためだったの?」
教室から教官がいなくなった後、クラスの生徒たちは一斉にシオンへと群がった。
「お人形さんみたいでかわいい~喋れるの?」
「…………喋れる」
「いいなぁ~俺もアル先生に頼んでエルフの魔物の奴隷もらえないかなぁ? こんな美少女だったら俺の体内のマナいくらでも分けるわ」
「ど、奴隷じゃないよ」
これまで素っ気ない態度や、嫌がらせを受け続けてきたシオンにとって、こんなにもクラスメイトに興味を抱かれるのは初めてのことで、少しだけ臆してしまう。
「よぉ~シオンきゅぅ~ん、昨日に比べて随分と良いご身分になったなあ?」
「その娘……ちょっと貸してくれよ、な? いいよな?」
その時、クラスメイトたちの前で辱めを受けさせるためか、いつもダグラスと行動を共にし、シオンに嫌がらせを繰り返している男子生徒二人がシオンに割って入りこんだ。
二人はダグラスに負けず劣らずの名家の貴族の跡取りで、因縁をつけられたくない他の生徒たちはこぞって身を引き、さっさと校庭へと向かう。
ただの跡取りというだけなら、実力が直接評価に繋がるユシール王国で大きな顔はさせなかったが、厄介なことにダグラスを含め、この二人は成績が良かった。
故に、誰も口を出せず、成績の悪いシオンはいつもやられっぱなしなのである。
「おい、やめとけ……さっさと校庭行くぞ」
しかし意外にも、そんな二人を止めたのはダグラスだった。
「どうしたんだよダグラス君? 昨日から少し変だぜ? アルハザードを一方的にぶっ飛ばしていたのに急によそよそしくなってよぉ」
「いいのかよ? シオンが魔物か奴隷かはわからねえけど、女連れててよ?」
二人の問いかけに、ダグラスは軽くため息を吐くと「いいんだよ、とっとと行くぞ」と教室を去ってしまう。あまりにもすんなりと立ち去ったダグラスを見て、二人も少し困った顔を浮かべると、その後に続いた。
実際のところ、ダグラスは今日も並みの美女よりも可愛く、シオンの白くてきめ細やかな肌を舐めまわしたくて仕方がなかったが、グッと堪えていた。
そんなことを言っている場合じゃ、なくなったからだ。
「ちったぁ頭使えよ……馬鹿なのか? 成績だけ良くても使えるかどうかは別ってこったな…………縁切るか」
「ん? なんか言ったダグラス君?」
アルとの戦いの件も、今回の件も、少し頭を使えば簡単にわかることだった。
どう考えてもただの殴打であれだけ人が吹っ飛ぶはずがない、それも無傷で。
エルフの少女も、シオンが試験を突破するために与えられたもの。つまり、能力の低いシオンを補うだけの力を秘めている可能性がある。
それも、そのエルフの少女を与えたのがアルハザードとなれば、噂に聞きし最果ての地にいる『マナドレイン』を使う少女である可能性も高い。
何故か現在『マナドレイン』は発動されていなかったが、要注意なのは間違いなかった。
それに対して嫌がらせを行う等、アホの極。
「アルハザードぉ…………!」
とはいえ、手塩にかけて追い詰めてきたシオンに救いが与えられたのは面白くなく、ダグラスは歯ぎしりをしてしまう。
だが、すぐに落ち着きを取り戻して笑みを浮かべた。
「仮に、あのエルフが本物なら……」
ダグラスの考えがわからず、取り巻きの二人は首を傾げる。
そして、一限目の実施訓練で、クラスメイトたちはニルファの力を知ることになった。
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「っく………………ならこれはどうです⁉」
空中へと跳んだヨシーダは、己の分身を十数体、スペシャルによって作り上げ、炎で象られたクナイをそれぞれニルファ率いるシオンの下へと投げつける。
「…………無駄」
だが、クナイはニルファが作り出した球状のバリアによって全て防がれる。
それは、ニルファの居た氷の城を吹雪から守っていたバリアよりも、範囲が小さい分強度の高いバリアだった。
先程からヨシーダがあの手この手を使ってバリアを突破しようと試みるが、全て防がれている。
「……ならば、奥義! 月影永陣斬!」
直後、ヨシーダは分身体をニルファとシオンの周囲へと円形になるように無数に出現させた。
分身体はそれぞれ目にも止まらぬ速度で一直線に斬りかかり続ける。全方位からの連続の斬撃にシオンは慌てるが、ニルファは落ち着いた様子でヨシーダの攻撃が終わるのを待った。
一番驚いていたのは、それを見ていた他の生徒たちだった。
どう考えても、ヨシーダの放った技は人間離れしていた。それも炎を出したり電撃を放ったりと、エルフが主体となって扱うスペシャルも使いこなすヨシーダに、驚きを隠せなかった。
それだけの実力がありながら、何故騎士団に所属しないのかと疑問に思ってしまうほどに。
ただのうるさいパリピじゃなかったことに衝撃を隠せなかったのだ。
「ぐはぁぁぁああああああああ!」
そして、ヨシーダは突然何かに殴りつけられたかのように宙へと舞った。
無論、ヨシーダの放った無数の攻撃は一切ニルファには効いていない。
「に、ニルファちゃん、ヨシーダ先生に何かしたの?」
「…………何もしてない。ヨシーダが自分で勝手に吹っ飛んだだけ」
「……なんで?」
「…………さあ」
そのままヨシーダは地面に倒れて二回わざとらしく「ドシンドシン」と跳ねると「ユウ、ウイン」と謎の言葉を発する。
「ちょっとぉちょっとぉ~ずるいっしょぉ~? その力はずるいっしょぉ~?」
直後、何事もなかったかのように立ち上がり、シオンの下へと近付いてきた。
「もうこうなると、バリアの内側にゲートを開いて直接攻撃するしかなくなってくるじゃ~ん?」
これが実戦であればヨシーダにも倒す術はいくらでもあった。しかし、単純な力比べが目的だったため、ヨシーダも素直に負けを認めてヤレヤレと首を振る。
「はぁ……こんなことなら家でラムエ様と一緒にバイブス上げ続けとけばよかった」
「そういえば……ヨシーダ先生はいつの間に学校に来たんですか?」
「シオンきゅ~ん? 執事としてご主人とお客様より先に出かけるわけにはいかないっしょ? シオンきゅんがアルハザード家を出てからすぐに猛ダッシュで来たに決まってるじゃ~ん?」
「ラムエさんは……置いてきてよかったんですか?」
「ラムエ様なら今頃ラジカセを肩にブリブリ言わせてるはずっしょ」
用意に想像できたが、魔人族のプリンスがそうなっている姿を想像していいのか悩んでしまう。
次回更新は明日の予定です




