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学生兵士

「で、この嬢ちゃんのことはさておき……何の用だ、ご主人?」


「帰り道がわからなくてな、家まで案内してくれないか?」


「やれやれ……随分とお安い御用で呼び出されちまったもんだ。ついてきな」


 そこは主従関係だからか、ロップイはアルに対して愚痴をこぼすことなく耳をパタパタと羽ばたかせ、葉巻を口に咥えたまま素直に道案内を始めた。


 ふてぶてしい態度が見た目と合っていないだけで、一周回ってこういう生き物もアリなのかもしれないとファティマは考え直すと、少しだけ頬を緩ませて後を追う。


「ロップイ、俺はどれくらいの間、不在にしていた?」


 道中、アルが不可解な質問を投げかける。その意図がわからず、ファティマは首を傾げた。


「今回は随分と短かったぜ? 一週間……ってところだな」


「一週間……想定通りか、あっという間だったな。珍しく何もせずに観光していた割にはだけど」


「おいおい……観光たぁ良い御身分だな? アルハザード家当主の自覚はあんのか? こっちはその一週間の間で色々と大変だったってーのに」


「……なんかあったのか?」


「世界中で魔物が暴れまわってやがるんだ。王国の騎士団連中はもちろん、学院の学生兵士ですら日夜働き詰めの状況だぜ?」


「ふーん? お前も魔物だけど、お前は大丈夫なのか?」


「俺もずっと血が騒いでやがる……正直、おやっさんの下で鍛えられてなかったら危なかったな……実際、主従契約を結んでいる魔物も暴れだしてるって話だ」


 事実確認のためか、アルはファティマに視線を向ける。ファティマもそれについては知っているのか頷くと「あなたが既に解決済みなのです」と返した。


 それで理解したのかアルも「あの大蜘蛛のせいか」と手をポンッと叩く。


 アルが仕留めなければ、いずれ魔王と呼ばれていただろう大蜘蛛、その大蜘蛛が蓄えた巨大なマナに感化され、また、その大蜘蛛にいずれ自分の身に蓄えたマナを奪われるのではないかと世界中の魔物が危機を感じて暴れ回っていたのだ。


「後一週間もすれば落ち着くから安心しな」


「遂に異世界だけじゃなく、この世界の平和まで救っちまったのかご主人?」


「残念ながらこの世界の平和はまだ守られてない」


「ん? どういうこった?」


「帰ったら詳しく、今後のことも含めて事情を話すさ」


「おいおい、まだ問題が残ってやがるのか? …………お?」


 ロップイがうんざりした顔を浮かべたその時だった。


 正面の木々に覆われて見えなかった世界樹の森の中心部辺りから突然、昇り龍が如き炎が舞い上がった。それまでボーっとアルの後ろをついて歩いていたファティマも、何事かと慌てだす。


「お、なんだなんだ。騒々しいな」


 アルは特に驚いた様子もなく、額に手を当ててその光景を眺めた。


 すると、暫くしてから、人族の王国の学生であることを証明する王国のマークの入った学生服を着用した少女が、森の中から空へと向かって飛び出した。


 追われているのか、それに続いて荷馬車サイズの小型の飛竜が飛び出す。


「ああ……キティードラゴンか」


 小型とはいえ、空色の鱗に包まれた表皮、鋭く生え伸びた頭部の二本の角は体内のマナが潤沢であることを表しており、強力な力を秘めているのが窺えた。


 実際、どう手出ししたものかと迷っているのか、空を縦横無尽に動き回る少女は防戦一方で、攻撃を仕掛ける気配がない。


「あんな感じに暴れ回ってんだ。さすがに立ち入り禁止の世界樹にまで騎士団は派遣されねえから、ここらへんにはまだまだうじゃうじゃと狂暴化した魔物がいるんだぜご主人?」


「お前はよく来れたな」


「そりゃご主人……俺だぜ?」


「あなた方……ドラゴン種の魔物が人を襲っているのに落ち着きすぎなのです!」


 明らかに窮地に陥っている少女に指を差して、ファティマは慌てた様子で「いいから早く助けるのです! ドラゴンの暴走を止めてください!」と狼狽える。


「あの少女……飛んでるってことは飛行能力のスペシャル持ちか、珍しい力だな。戦闘向きではないけど、空を飛べるのは便利だよな」


「というかなんだってあの嬢ちゃん、男装してやがんだ? ありゃ男子用の学生服だぜ?」


 しかし一人と一匹は、慌てることなくボーっとした様子で目の前の光景を眺めた。


「ちょっとは慌てるのです! ドラゴンの一撃なんて一発でも受けたら死んでしまうのです!」


「ガタガタうるせえ嬢ちゃんだ。安心しな、あそこでぴゅんぴゅん飛んでる嬢ちゃんは――」


 まるで心配していないのか、ロップイは煙草を口に咥えると一息入れる。そして、口から噴き出すように煙を放出させた次の瞬間――


「ご主人の目に留まった時点でもう助かってる」


 飛竜は突然羽ばたくのをやめて、飛んでいる途中で息絶えた鳥の如く、垂直に落下を始めた。


 何が起きたのかわからず、逃げ惑っていた少女も突然落下した飛竜に困惑した顔を浮かべる。


 すぐさま周囲をキョロキョロと見回して、風変わりな服装をしている二人組の男女を見つけると、ゆっくりと浮遊して近付いた。


「もしかして……ですけど、あなた方が何かをしたのですか?」


 恐る恐る少女はアルとファティマに問いかける。


「ちょっと眠ってもらっただけさ、ドラゴンを殺すと隣の女神様が『命は平等なのです!』ってうるさいんでね。暫くしたら起きてまた暴れるだろうから……今のうちに逃げ――」


「余計なことをしないでください!」


 助けたつもりが予想外な言葉を吐かれ、アルとファティマは面食らう。


「てっきり襲われているものだと思ったが、違うのか?」


「僕は自分であのドラゴンに戦いを挑んだんです! 強くなるために!」


「強くなるために?」


 どこからどう見ても襲われているようにしか見えなかったため、アルとファティマは顔を見合わせて首を傾げた。


「逃げているようにしか見えなかったが?」


「あ、あれは……どう戦おうか考えていただけです! 決して逃げていたわけでは……!」


「……どうして強くなるのにドラゴンと戦う必要が?」


「……僕はただの学生じゃありません。服装でわかるかと思いますが、王国が設立した騎士を養成する学院……そこに所属する学生兵士です」


 学生兵士と言われてアルは思い出したのか手をポンッと叩く。その王国のマークの入った学生服には、どこか見覚えがあったからだ。


「そういえば、ウチのメイドが通っている学院と同じ制服だな」


「あなたの家にはメイドがいるのですか?」


「留守にすることが多いから、家の管理ついでに留守番役としてな。まだ学生の見習いだが、将来騎士じゃなくてメイドになりたいそうだ。学院は戦いだけじゃなくて学問も収められるんでね」


 管理が必要なほどの家に住んでいることに素直に驚き「へー……そうなのですか」と言葉にしつつ、ファティマは女神の身ながらメイドのいる家に居候できることに少しだけ心を躍らせた。


「なるほど、近々試験があるのか」


「試験とは……なんなのです?」


 世界の情勢は知れども、内部事情はよくわかっていないのかファティマが問いかける。


「学生兵士の試験は実戦投入でね、弱ければ命を落とすのさ。その代わり学費とかもろもろの費用を王国が負担してくれたり、王家直属の騎士団員の近道だったりとメリットもたくさんある」


 まだ学生の身である子供が戦場に出なければならないという事実に、ファティマは少しだけ驚いた顔を見せる。だがすぐに、常に戦力を必要とする戦乱の世であるからこそ、こうしてマナが不足する事態に陥っているのだと、悲しい顔を浮かべた。


「他の種族……特に魔人族はドラゴン種を使役します。キティードラゴンも倒せないようでは戦場では役にはたてません。それに……倒すことができれば主従契約も行える。飛竜を使役すれば戦場できっと大きな戦果をあげられます! そうなれば……誰も僕を馬鹿になんか…………!」


 どこか悔しそうに、少女は拳を作りあげる。


「学生兵士にそんな大きな戦果は期待していないと思うが? それに……実戦とはいえど、一人で戦うわけでもないし、他の学生兵士と協力して戦果をあげればいいんじゃないのか?」


「僕は、僕だけでやり遂げたという大きな戦果が欲しいんです!」


「欲張りさんだな」


 説得は難しいと諦めたのか、アルはやれやれと小首を傾げる。


「とはいえ、さっきの戦いぶりを見ていたがどう考えても力不足だ。自信がないなら試験を辞退すればいい。試験でうまくいかなくても、学問で成績を伸ばし、スペシャルの能力が認められれば単位はもらえるはずだろう?」


「そんなのじゃダメなんです! 僕は……辞退するわけにはいかない!」


「別に変な話でもないだろう? 女子学生は試験を辞退するケースが多いって聞くぞ? 我が家で働いているメイドも、毎回試験は辞退している」


「僕は男です! 服装を見たらわかるでしょう⁉」


 予想外だったのか、アルは目を見開いてマジマジと目の前の少女―――――にしか見えない少年を見つめる。パッチリとした大きな目に綺麗に生え並ぶまつげ、少し長めで艶やかな輝きを放つ美しい金髪、女性にしか思えない小さな顔、控えめで桜色の唇、透き通った色白の肌はどう考えても女性にしか思えなかったからだ。


「たまげたな……男の娘ってやつか」


 そう言いながらロップイは、アルの頭から離れて少年の頭の上へと移動する。


 その行動を、怪訝な眼差しでファティマが見届けた。


「……なんで移動するのですか?」


「こいつは性癖が特殊でな、男の娘と幼女が大好きなのさ。それと俺以外はゴミだと思っている」


「とんでもない魔物なのです!」


 しかし、いくら変態で葉巻を口に咥えたギャング交じりでも、可愛らしい見た目は憎めないのか、ファティマは「くぅ~~!!」と複雑な表情を浮かべる。

次回更新は12/02 13時予定です

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