ダグラスの危惧
「おいおい、さすがにその嘘は無理があるだろシオン?」
無論、すんなりと信じられるわけがなく、ダグラスは引きつった顔を浮かべた。
どっからどう見ても、ただのエルフの少女にしか見えなかったからだ。
「嘘じゃないッスよ? ニルファちゃんはエルフ生まれの魔物さんッス」
「…………イェイ」
シオンの言葉を後押しするように、ルミナとニルファが告げる。
それでも、三人で共謀して、そういうことにしようとしている様にしか見えず、見ていた周囲に居た者たちは、うさん臭さで苦い顔を浮かべた。
しかし対照的に、ダグラスは気付かれないくらい僅かに驚いた顔を見せる。
「エルフ生まれの……魔物?」
実際、ダグラスも六大種族生まれの魔物が存在するのは知っていた。父親が管轄する人身売買を行うオークションでも、稀にそういう存在が入荷されるからだ。
しかし、その中でもレアな、その響きに、聞き覚えがあったからだ。
手に入れることができれば、他の種族を簡単に蹴散らせるだけの莫大な力が手に入る。人族だけではなく、六大種族が欲した怪物がそんな特徴だったのを、ダグラスは耳にしたことがあった。
かつてはダグラスの父、キールもその力を狙い、奴隷にしようと配下の兵士を差し向けていたこともあったほどだ。結局、差し向けた兵士の誰も連れて帰ることが叶わず「かけた人件費を損したわ!」と憤慨していた父親の姿も覚えている。
「……まさかな」
心の動揺を気付かれないよう、ダグラスは立ち止まって三人の背中を見送った。
とはいえ、そのエルフの魔物はユシール王国とは遠く離れた地にいる。たった一日、それも学校帰りで気軽になんとかできる距離ではなく、その可能性を切り捨てた。
「……アルハザードならできるのか? ……だとしたら、本当に何とかしないと危険だな」
額に汗を垂らし、アルの姿を脳裏にチラつかせながら。
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「朝のホームルーム……は、始めますよぉー」
騎士養成学院、一年Aクラス担任、マルモは困惑していた。
昨日、自分に代わり、このクラスの担任として務めることになったアルハザード家の当主がきて、頭が混乱しそうになったのは記憶に新しい。
一日経てば実は夢で、アルがいなくなるかと思えばやっぱりそんなことはなく、昨日と変わらず同じ女性として嫉妬するくらいの美女副担任を連れてマルモの隣に立っている。
そこまではギリギリまだ良かったが、今日は、変な教官だけでなく、変な生徒まで出現しており、耐えられなくなった。
「シ、シオンく~ん? その、その子は……なんなのかなぁ~?」
他の教官のように強い口調で言えず、おどおどとした態度でマルモはシオンに問う。
いつも目立たず、おとなしくて可愛いと思っていた男子生徒のシオンが、何故か人形のように美しい少女を、膝の上に乗せて席に座っていたからだ。
顔に似合わず女をはべらせる姿に、マルモは戸惑ってしまう。
「おいおい、嫉妬かい? マルモ先生?」
「ど、どういう解釈すれば私が嫉妬したことになるんでしょうか~? アル先生はあれが変だとは思わないので?」
「男子が女子を膝の上に乗せているだけだろう? そんなに慌てることかい?」
「なるほど、アル先生は遊郭街のボスですもんね……でも知っていますか~? ここ学院」
本当にこんな男に担任を任せていいのか、マルモはいささか不安になる。
「す、すみません……あの、立たせておくのはかわいそうだったので、僕の代わりに座らせようと思ったんですけど……何故かこういう形に」
いつも通りのどこか気弱な雰囲気の漂うシオンに、マルモは少しだけ安堵した。
「問題はそこじゃないんだなぁ~」
しかし、マルモが気になっているのは、少女を膝に乗せていることではなく、その少女が一体なんなのかである。
「その子は何ですか? シオン君の親戚……ってわけでもなさそうですし、奴隷? というわけでもないですよね?」
「彼女はシオン少年の新たなパートナーさ、主従契約を交わしたな」
その問いに、シオンではなくアルが得意げに答える。
「主従契約って……つまり彼女は魔物ってことですか? はは……馬鹿な」
そう言いながら、マルモは教官として持ち歩いているカバンの中から、虫眼鏡のような道具を取り出した。
それは、スペクタルレンズと呼ばれる魔学鑑定士としての資格を持った者だけが持つ、相手の魔力とマナの保有量を、レンズを通して計ることのできる希少性の高いアイテムである。
世界樹から放出されるマナの影響を強く浴び続けたガラスで作られる道具で、そう簡単に作れる代物ではない。
「えーっと…………えー」
元学院の生徒であり、かつて優秀な成績を収めて卒業したマルモは、これまで様々な経験をしてきた。それこそ戦場や、元老院の集まる学会にも参加し、騎士団に所属していた時期もあった。
そんなマルモが、見たことのない光景が、スペクタルレンズを通して広がっていた。
スペクタルレンズを通せば、マナは青、魔力は赤色として、オーラのようなものが漂う。今教室内にいる生徒たちは大小様々だが、ほとんどが青色のオーラに包まれていた。
中には魔物と主従契約を行い、僅かな魔力が流れているせいで赤色のオーラが混じる生徒もいたが、シオンは違った。溢れでんばかりの青色と赤色のオーラが周囲を漂っていたのだ。
それを供給しているのが、シオンの膝の上に座る少女による影響であるのは一目瞭然だった。
「あ……あの、アル先生…………って、え~」
どういうことなのか、何か知っている口ぶりのアルにマルモは問おうとする。そして、驚きのあまり声を裏返してしまった。
莫大なマナと魔力を保有してしまったシオンにも驚きを隠せなかったが、身体から一切のマナを放出していないアルと、その隣で青色でもない赤色でもない、金色のオーラを放っているファティマがもっと意味不明だったからだ。
この人たちは本当に何者なのだろうかと口に出そうになって、マルモは言葉にするのをやめた。
どうせアルハザードだしと、簡単に片づけられたからだ。
「なるほどぉ~……それじゃあホームルームを終了します。皆さん今日も一日頑張りましょう~」
そして現実逃避し、マルモは早々に教室から立ち去ろうとする。
「いや、何々⁉ 先生何を見たの⁉ ちゃんと説明して行ってよ!」
「そんな中途半端な終わり方はねえだろ先生! 結局どうなんだよ⁉」
無論、納得するはずがなく、生徒たちは一斉にマルモの身体を抑えつけて逃がさないようにする。
抑えつけられたマルモは「え~……ウチの生徒ってこんなアグレッシブだったんだ~」と心底困惑した顔で、全力で逃げようとしていた。
「先生……魔物なのか?」
そんな中、少し緊迫した表情でダグラスがマルモへと近付き、問いかける。
「えーっと……魔物かどうかは怪しいですが、規則上……問題はないですね。主従契約のようなものがなされていましたので……まあ、仮に魔物なら教室に入れないでほしいですが」
「おいおいマルモ先生、あんな美少女を魔物専用の小屋に入れるのはかわいそうだろう?」
「それは確かにそうですが、規則は規則ですし……えぇ~、もう早く帰りたい」
その答えを受けて、ダグラスは額から冷や汗を噴き出した。
仮にこれが魔物だとするなら、ハルバード家が総力をあげて手に入れようとしたエルフの魔物である可能性が高かった。
まだそれとは関係のない他のエルフの魔物の可能性もあったが、わざわざ自分のマナを分け与えるハンデを背負ってまで、シオンが主従契約をする意味がなく、その可能性は極めて低い。
「マジかよ……」
仮に本物であるならば、たった半日で、六大種族の戦争を終わらせる力を持った怪物を手に入れ、それをシオンに与えたアルに恐怖、いや、脅威を抱かざるを得なかった。
この世界を、気分次第で滅ぼすことができるのではないかと感じてしまうほどに。
そう考えた瞬間、父親の嫉妬心とは別に、なんとかしなければならないという感情が、ダグラスの中で芽生えた。
次回更新は明日12時予定です




