ニルファちゃん登校中
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「エルフ……? あの女の子なに? 学院の子じゃないよね?」
「えー、別にどうでもいいじゃんそんなの? 可愛いし、人形みたいで」
「おいおい、あんなの連れてきていいのか……? あいつ誰だ?」
「一年Aクラスのシオンだったか? ほら、あの見た目で男ってんで、一時話題になったやつ」
「ああ~いたいた、確かそいつ平民だったろ? いいのか? 平民がそんな勝手なことして?」
「はぁはぁ…………し、シオンきゅん」
学院の敷地内、学院へと続く路上を歩いている途中、シオンが予感していた通り、たくさんの噂が飛び交っていた。
元々見栄えの良いシオンとルミナに加え、水色の神秘的な長髪と人形のような端正な顔立ちを持つニルファと三人で歩くのは、嫌でも目立ったからだ。
それも、学院の制服を着用していないエルフの少女となれば余計に目立つ。
「うぅ……どうしよう、やっぱり目立ってる」
目立って目の敵にされるのが心底嫌なのか、シオンは暗い顔で俯きながら歩いていた。
「大丈夫ッスよ~周りの目なんて気にしちゃ駄目ッス」
「そりゃルミナちゃんはアルハザード家のメイドって昨日で皆にばれたから、誰からもちょっかいは出されないだろうけど……僕はただの平民。貴族の玩具さ……」
「それは違うッスよシオン君」
暗い発言ばかりするシオンを、ルミナは人差し指を立てて少し怒った顔で見つめる。
「そのアルハザード家だからちょっかいをかけてはいけない……という認識を作ったのはご主人ッス。他の誰でもない、ご主人自身の力ッス。他人にどう思われるかの一番大きな要素は、家柄や名誉じゃなくて、本人がどういった人物か、なんスよ?」
そしてすぐに、心持ち得意げに語った。
だが、その言葉には説得力があった。
「アルハザード家だから~とか、あの人は貴族で有名だから~とか、そんなのは副次的なものッス、その人がどういった人物かどうかを知った後に来るものッスよ」
実際、ルミナは昨日まで身元不明で、メイドのバイトをやっているぐらいの情報しか出回っていなかったのに、それでも学院内で人気者として扱われていたからだ。
「妬みや嫉妬はカッコ悪いッス、確かに親から受け継いだもので差があるかもしれないッスけど、それは親の代が自分の力で勝ち取った者ッスよ。結局評価されるのは個々の力ッス、今自分の手元にないのであれば、勝ち取るために自分を磨くッスよ」
「でも……僕」
「大丈夫ッス、シオン君は努力してるッスよ! 努力したからニルファちゃんとこうして主従契約できたんだから! あとは心の問題ッス、前向きに、自分は誰にも負けないって気持ちで頑張るッスよぉ!」
満面の笑みでルミナはシオンの背中を押した。
結局は自分次第、何回も繰り返したことのあるわかりきったことだったが、不思議とルミナに言われると素直に受け取ることができた。
いつもは馬鹿にされないように目立たずに過ごしてきたが、今日は勇気を出してちょっとだけ自信をもって過ごしてみようと、シオンは「……よーし」と意気込む。
「ニルファちゃん、今日からよろしく! 僕から離れないようにね!」
シオンのヤル気が空回しているように見える無表情で、ニルファは頷く。
「よぉ~シオン、朝っぱらから女二人と登校なんて良いご身分じゃねえか?」
「……きた」
聞きなれた嫌な声に、シオンは苦い顔を浮かべる。
振り返って確認すると、ダグラスがいつもの嫌味な笑みを浮かべてすぐ後ろを追従していた。
取り巻きはおらず、一人でいることに情けないながらも安心してしまう。
「昨日はアルハザード家に呼び出されて行ってきたんだろ? 試験を突破するための秘策は教えてもらえたのかよ?」
「教える必要なんてないだろう?」
「そう言うなよ、お前と俺の仲じゃねえか……なあ?」
ダグラスはそう言うと、強引にルミナとシオンの間に割って入り、シオンの肩へと手を回す。
「二人は仲良いッスね~」
その光景を、ルミナは怒るどころか微笑ましそうに見ていた。
どうやったらそんな風に見えるのか心底気になりながら、シオンは少し強気にダグラスを手で突っぱねて離す。
「おいおい、今日は随分と強気じゃねえかシオン? ……その様子だと、何かしらの力は得たってことか? じゃねえとお前なんかがルミナちゃんと一緒に登校するはずないもんな?」
「僕がルミナちゃんと登校するのがそんなにおかしいのかよ?」
「そりゃそうだろ、学年一の人気者だぜ? まあ……まさかアルハザード家でメイドをやっていたとは思わなかったけどよ。っで……一緒に登校ってことはアルハザード家に泊まり込みで特訓でもしてたのか?」
「行こう、二人とも」
探りを入れようとするダグラスを無視して、シオンは先へと進む。
ニルファは無表情のまま、ルミナは「了解ッス~」と元気よくシオンの後を追う。
「ほお……なるほど」
いつもは半泣きで助けを求める子犬のような顔を浮かべるシオンが、今日はいつもより強気なのが気に食わず、ダグラスは眉間に皺を寄せた。
「何かしらの力は得たようだな」
同時に確信を得たのか、ダグラスは舌打ちを鳴らす。
その態度は、自信となる何かがなければできないことを、奴隷商人の跡取りとして、調教の心得を学んでいるダグラスは手に取るようにわかるからだ。
「わかったわかったシオン、これ以上俺はアルハザード家で何してきたかなんて聞かねえよ。だからよ……一つ聞かせてくれ、そこの小動物はなんだ?」
できれば触れてほしくなかったことなのか、問われてシオンは身体を硬直させる。
「ど、どうだっていいだろう?」
「いや、さすがに無理だろう。お前、全員にそう言って誤魔化すつもりか? 学院の生徒でもないエルフの少女を連れて……聞くなって方が無理だぜ?」
さすがにダグラスの言い分が正論すぎて、シオンは何も言い返せずに黙ってしまう。
「平民のお前がエルフの奴隷なんて高価なもんを買えるとは思えないし……アルハザード家から譲ってもらったのか? もしかして……その奴隷を使って試験を突破しようって考えか?」
「だ、だったらなんだよ」
「お前……試験は奴隷を使えないことくらい知っているだろう? 連れていけねえぞ?」
「大丈夫だよ、この子は……その、僕の魔物だから」
「え?」
「この子は僕と主従契約を交わした魔物なの!」
流石にそれは予想外だったのか、ダグラスも呆けた顔を浮かべて固まってしまう。
どっからどう見てもただのエルフの少女にしか見えず、魔物だと思えなかったからだ。
周囲でこっそり聞き耳を立てていた生徒たちも、魔物と聞いて信じられないのか「ま、魔物⁉」とこぞって驚愕した表情を浮かべていた
次回更新は明日12時予定です




