シオン君16歳、青春中
「…………あぁ、億劫だ。学院に向かうのがこんなにも億劫だなんて」
「シオン……大丈夫? 昨日から随分と疲れているみたいだけど。夜遅くまで特訓なんかして、もしものことがあったら、お母さん……心配だな」
「大丈夫……学院に行くこと自体は別に億劫じゃないんだ」
平民区の一画にある住宅街。学生服に身を纏い、今すぐにでも出かけられる準備を終えた状態で、シオンがリビングのテーブルの上に突っ伏して、げんなりとした顔を浮かべた。
どんなことも前向きに努力してきた実の息子のかつてない落ち込み具合に、シオンよりも背丈が一回り大きい、シオンとそう変わらない見た目の若作りな母親は心配してしまう。
「学院で起きることがもう……絶対今日も何かやらかすぞ、あの先生…………」
とはいえ、最強を超えた理不尽相手に何もできず、シオンは溜め息を吐き出した。
シオンは苦悩していた。
先日、魔人族の王子ラムエと戦ったアルの力をこの目に焼き付けて、シオンの中のアルの認識は「要注意人物」から、「超絶危険人物」へと昇格していた。
というのも、絶対的な力に加え、世界を救うのではなく、逆に滅ぼしたこともあるという事実を知ってしまったからである。この世界は滅ぼさないとは言っていたが、気が変われば滅ぼすのではないかという不安が常に付き纏う。
さすがに、ルミナやヨシーダという家族がいるこの世界に手を出すとは思えなかったが、それでも常に人族の味方というわけでもなく、つまりはアルの気分次第であの理不尽な力が振るわれるというのが、気が気でなかった。
「ニルファちゃん……大丈夫かな? ルミナちゃんがいるから大丈夫とは思うけど」
ラムエとの戦いのあと、一同は再びヨシーダが開いたゲートを通り、ユシール王国へと戻った。
「協力してもらいたいことがある」という理由から、アルの手を取ったラムエも、シオンと主従契約を結ぶことになったニルファも一緒に戻り、現在アルハザード邸に滞在している。
ニルファと主従契約を終えたシオンだったが、さすがにエルフの見た目をした少女を家に連れて帰り、「僕の魔物」という話をして通じるとは思えず、一旦アルハザード邸に住まわせてもらっている。
「しかし、ニルファちゃんは僕と主従契約しているからいいとして、あの人は駄目だろ…………思いっきり不法入国じゃないか…………」
同じくラムエも、いつ気が変わって暴れだすか気が気じゃなかった。
アルとの戦いのせいで、暫くはマナも魔力も回復しなければならず、何もできないとは言っていたが、それでも魔人族の王子が人族の王国にいるというのは、かなり怖い。
そしてそんな危険な男と、これから毎日顔を合わせなければならないのだ。
「ぬぁぁぁぁぁあああああ! いつ死んじゃうかわからないよぉ!」
「息子が壊れた!」
結局、こちらへ戻ってニルファとの主従契約を終えてからすぐに解散となったが、シオンは家に帰ったあとも全く休めていない。
「それにしても……シオン、ちょっと見ないうちにたくましくなったわね、苦悩するだけの努力をちゃんとしてるってことかしら? そんなに悩まなくてもあなたならきっと大丈夫よ」
「……たくましく」
シオン母は、見た目でそう言っているわけではなく、体内に保有するマナの量と、薄っすらと流れ込んでいる魔力の影響でそう感じているだけだった。
そう感じてしまうのは当然のことで、シオンは現在、最強の魔物と主従契約をした影響で、扱いこなせないながら莫大なマナと魔力の恩恵を受けているからである。
主従契約は、本来主が従者へとマナを分け与えるものだが、本質は一蓮托生であり、主のマナが低下し、死にかけているときは魔物がマナを分け与える。
現状、シオンのマナはニルファに比べると低下しているに等しい量のマナのため、自動的にニルファからシオンへとマナが流れ込んでいるのだ。
ニルファの莫大すぎるマナと魔力の副次的な効果として、一緒に魔力まで。
「まあでも、試験を突破できるかもしれなくなったのは、素直に感謝しないと……一応、僕のためにあそこに行ってくれたわけだし」
「あそこ?」
「な、なんでもないよ!」
昨日の出来事をどう説明したらいいかもわからず、また、話しても心配され、アルハザード家と行動を共にしていることに口酸っぱく言われる可能性があったため、必死に誤魔化す。
「シオンく~ん! おはようッス!」
その時、家の外から元気で明るい声が響き渡る。
声に反応して慌ててシオンが外へと出ると、そこには同じく学生服に身を包み、太陽のようなはにかんだ笑顔を向けるルミナの姿があった。
「る、ルミナちゃん! どうしてここに⁉」
「ご主人がシオン君に学院に行く前に一度家に来てほしいって、呼びに来たッスよ」
理由を聞いて、シオンはあからさまにガッカリした顔を浮かべる。
てっきり自分と一緒に登校したいから来てくれたものだと思ったからだ。
「あら~随分と可愛いお客さんね、シオンも隅におけないな」
「シオンママ! おはようございますッス!」
後を追って外へと顔を出したシオン母は、うなだれるシオンを覗くように笑顔を向ける。
「明日も迎えに来るッスから、よろしくッス~」
「あらあら、こちらこそ、うちのシオンをよろしくお願い致しますね……え~っと、ルミナちゃん?」
「え、ちょっと待って、僕って毎日アル先生のところに行かないといけないの?」
「明日は違うッスよ? 折角こうして前より仲良くなったんだから、一緒に登校するッスよ~。シオン君はこれからも家に呼び出されたりしそうッスし!」
言われて、シオンは少しだけ頬を緩ませる。
アルハザード家は怖かったが、それでもこうして前よりルミナと親密になれたことに対してだけは、素直に嬉しく思えた。
「行ってらっしゃいシオン、朝の特訓をするために早起きする習慣をつけていて正解だったわね」
そして、その感情をシオン母に読まれ、にやにやとされながた背中を押しだされる。
そのまま、シオンは半場強制的にアルハザード家へと向かい始めた。
次回更新は明日12時予定です(明日は18時頃になるかもしれません)




