暗躍する豚
「アルデロン・アルハザード……あの没落貴族が、好き勝手やりよって。商業区の一画を管理している貴族が学院の教官だと? とことんふざけた真似を……品格の欠片もない」
「ですが父上、どうしようもないでしょう……あの男は、俺の眼から見てもやばかった」
商業区は五人の領主によって管理されている。
一つは最も土地が広く、最も人が流通する、異種族の国産品や名産品の取引、及び人族の商い全般が行われる中央の大通りを管理しているシュナイダー公爵。
異種族に流通させるスペシャルを封じ込めた魔晶石の生産や、傷薬や身体能力を強化する魔法薬を生産し、書物などをメインに販売を行う、商業区の裏通りを管理するマギカ伯爵。
壁門を這うように領地を管理し、鉱石などから戦争に使われる鎧や武器、また、農業や鉱山で使われる道具を生産して販売を行うバッカス伯爵。
ギャングと犯罪者が集うため、治安が最も悪いが、大通りに次いで大きな上納金を国に納めている、男のロマンが詰まった娯楽通り、遊郭街を管理するアルハザード子爵。
そして、労働力を金で雇いたいという者のために学院を卒業して資格を取得したメイド、執事、及び人族の奴隷や、異種族の奴隷を販売する市場、オークション会場を管理するハルバード伯爵。
「気にくわん……なんと気にくわん男だ」
そのハルバード伯爵の敷地内にて、息子のダグラスより、アルが学院の教官となった知らせを受け、憤怒する者がいた。
キール・ハルバード。ダグラスの父親にして、現ハルバード家の当主。
「奴の父親も気にくわん男だった。理想ばかり語って実のある話など一切しようとしない。何が……奴隷の扱いは反対だ。ろくな上納金も収められず、綺麗ごとばかり抜かしよって」
「…………今のアルハザードは、上納金を収めている額でも俺たちより上ですが」
「ふん、所詮は汚れた金よ。娼婦たちが吸い上げ、無法者たちが巻き上げた……悪魔の金だ。貴族のやることではない。なんと汚らわしい……反吐がでる」
奴隷などの人身売買を営みにしている自分たちも、父親の言う汚らわしいに該当するような気がしたが、ダグラスは何も言わずに口を閉じた。
プライドが高い故、下手に突っ込むとうるさいことを理解しているからである。
「上も上で愚かよ、上納金の額が大きいからと見逃しおって……このワシが口酸っぱく進言したというのに、爵位剥奪ではなく、子爵に降格させる程度で済ますなど」
「管理を無法者に任せてろくな仕事をしていないとは聞きますが……それでもちゃんと、回せてはいるみたいです。治安もぎりぎりのところで保たれているとかで」
「管理せんのであれば、領土などいらん。それこそワシがやってでもできるではないか、ならばワシに領地を任せた方がよっぽど国益になるというものだろう?」
それを言ってしまうと、他人に奴隷の流通や管理を任せっぱなしの父親も不要になったが、やっぱりとやかく言われたくないので、ダグラスは遠い目を浮かべるだけで何も言わなかった。
結局のところつまり、キールはただアルハザードが気にくわないだけだった。その気にくわない一族が、自分と同じ領土と、商業区の一画を任せられる立場にあるのが不快なのである。
それゆえ、何かとあるとキールはアルハザード家へとちょっかいを出してきた。
アルデロン・アルハザードが領主になり、その力を見せつけるまでは。
自分の父親ながら、絵に描いた豚のような情けない貴族の姿に、少しだけゲンナリしてしまう。
「とはいえ、現状、認められているのですからどうしようもないでしょう? 俺も、大事なツレを横取りされて気にくわなかったら挑んでみましたが……ありゃ駄目ですよ。意味がわからない」
ただ試すつもりで殴ったはずが、自分の力で、学院の壁を粉砕する勢いで吹き飛んで行った。
なのに、戻ってきたら傷どころか汚れすらなく、ダグラスは一瞬で悟ったのだ。「こいつに手を出すのはやめよう」と、何故禁忌として扱われているのかを即座に理解して。
「確かに……現、アルハザード家の当主は強い。強すぎるが故に、上も多少無茶したところで何も言わん……そのまま放置だ。気にくわん、全くもって気にくわん! ちょっと上納金を多く納めているくらいで……国が総力をあげて仕留めにいくべきだろう!」
「しかし、あれはどう考えても倒せないでしょう……力の正体が不明すぎる」
「奴の力の正体……は既に割れている」
「アルハザードの力の正体を既に暴いているというのですか?」
口だけでどうしようもないと思っていた父親だったが、意外にもしっかりと情報を掴んでいるようで、少し見直して感心した顔を見せる。
「奴が強いのは……スペシャルだけだ。身体能力が特別凄いとかいうわけでもない」
「アルデロン・アルハザード……奴の力とはいったい?」
「法則無視……あらゆる事象を無視してしまう破格のスペシャルだ。奴に物理的な攻撃はもちろん、重力、スペシャルによる特殊攻撃や即死攻撃………というか何も効かん! 狂っとる!」
「……なるほど、だから異世界なのですか」
どうして異世界の文明を知っているか、異世界へと赴くことができたのかは理解し、ダグラスは合点がいったように顎に手を置いて思考する。
アルがこの地に異世界の文明をもたらそうとしている理由が、気になったからだ。
「何が異世界の文明だ。ワシならその文明を独占して国を栄えさせるためだけに利用するというのに、学院の生徒に教えて誰でも作れるように無償で広めるだと⁉ 宝の持ち腐れだ……!」
「我々がそれを利用してやればいいのでは?」
「……できたらやっておる。だが恐らく無理だろう。利用するには、まず情報の出所を消す必要がある。奴が誰彼構わずに教えているというのであれば、異世界の文明といえ、必然的に価値は薄れていくからな」
「なら、諦めるしかないですね」
妬むだけで結局はアルハザードの力を恐れて何もしようとしない父親に少し呆れ、ダグラスはヤレヤレと溜め息を吐く。
父親が愚かなのはわかってはいるが、それに付き合うのも骨が折れるからだ。
「いや……そうでもないぞ」
だが、その日は少しだけ違った。
「と……言いますと?」
「奴が脅威なのは……スペシャルだけだ。無論、法則を無視されれば意味がないが、その法則無視のスペシャルを先に封じてしまえば……奴はただの人間、何の脅威もなくなる」
「それができないから、王国も諦めて、アルハザード禁忌としたのではないですか?」
「ふふ…………ふははは!」
まさしくそれを聞いて欲しかったのか、キールは改めて高笑いをあげた。
「確かにその時はどうしようもなかった。だがな……奴隷を扱っていると、現れる者なのだ……アルハザードのように、特殊なスペシャルを持った者がな……!」
豚のような顔で不気味な笑みを浮かべるキールに、ダグラスは後ずさりしてしまう。
「見ていろアルハザード! 貴様たちが自由にできる時代はもう……終わりだ!」
そして改めて感じた。この男のアルハザードへの執着は、異常だと。
自分の父親であることを、残念に思いながら。
次回更新は明日12時頃予定です




