善悪
「…………殺せ」
全身を纏っていた禍々しいオーラが消え去り、ラムエはゆっくりと地へと降り立つ。
そして、圧倒的な力を前にして戦う気力を失ったのか、焦燥した顔つきで膝を崩した。
「お前を倒せるビジョンが見えない……そこの魔物の女を喰ったとしても」
あまりの力の差を前にして、心を折ってしまった最強を前に、ファティマは憐れんでしまう。
そもそも住む世界が違っただけで、決して弱いわけではないのにと。
「殺さないさ。最初に言っただろう? 俺は君を招待したいんだ」
すると、アルも追って地へと降りる。
戦い始める前と、何ら変わらない姿を目にし、改めてアルの強さにシオンは息を飲んだ。
「親父の言った通りだった……何をしても、お前には勝てない…………そうだろう?」
先程まで満ち溢れていた覇気が消え失せ、虚ろな瞳でラムエは呟く。
「命乞いなどしない、殺せ」
「なんで殺すという結論に?」
「俺は負けた……殺すのは当然だろう? 俺はお前を……お前の仲間を殺そうとしたんだ」
「気にする必要はない、殺そうとしたところで、君が殺せる可能性は最初から0だった」
煽りに近い言葉だったが、認めざるをえないのか、ラムエは反応しなかった。
「よく言うのです。ニルファが肩を食べられていたではないですか」
「訂正しよう。君が俺たちを殺せる可能性はあったかもしれない」
「プライドとか、ないのですか?」
かっこつけたかっただけなのか、アルは誤魔化すように跪くラムエに手を伸ばす。
「なんだ……この手は? 俺を愚弄しているのか?」
「いや、足痛めて立てないのかと思って」
「愚弄…………しているのか⁉」
情けなどいらない。そんな気概の感じる迫力のある顔でラムエはアルへと叫び散らす。
「んあぁぁぁぁああああああああああああああ!」
それに反応して、ヨシーダが叫び返した。
「ど、どうしたッスか兄貴⁉」
「出番なさすぎて暇だったから叫んじゃった」
「空気を読むッス!」
緊張感のない空気に、ラムエが顔を引きつらせる。
「ヨシーダが暇で叫んじゃうくらい、君を殺すか殺さないかなんてどうでもいいということだ。もちろん死にたいなら勝手に死ねばいいが……どうせいつか死ぬんだ、生きることをお勧めする」
「俺を放っておけば、いずれ人族の王国を滅ぼすぞ? 人の寿命は所詮百年程度……お前が寿命で消えてから、必ず俺は人族の王国を滅ぼす」
「……寿命ねぇ」
その時、何故かアルは寂しそうな顔を見せた。その顔の意図がわからず、ラムエは困惑する。
「俺がいなくなってから世界を滅ぼすとしても、俺から君に言えることは一つだ……随分とつまらない人生を選択するんだなってな」
「つまらない人生だと……? 全てを支配し、思い通りにできる……これのどこがつまらない⁉」
「達成するまでは楽しいさ。でもそのあとは違う」
「あとの話だと……?」
「その選択をした時のお前の運命を教えてやろう」
アルは不敵な笑みを浮かべると、見透かすような視線をラムエへと向けた。
自分の体内を隅々まで探られているような異様な感覚に、ラムエは身体をびくつかせる。
「俺が居ない場合、お前は全てを支配できるだろう。全てを支配し、逆らう者もいなくなり、全てが思い通りに事を進められる帝王になる」
「……最高ではないか」
「そして、お前は自害する」
「なんだと?」
今の自分からは想像できない結末に、ラムエは眉間に皺を寄せた。
「最初の百年は、君もその支配した世界を楽しむだろう。だが、途中で飽きるのさ」
「飽きる……?」
「そう、君が強すぎるが故に」
アルも、戦ったからこそラムエの力を認めていた。間違いなくこの世界最強の存在であると。
「もしも、君が中途半端な強さであれば状況も変わっただろう。だが、君は強すぎる。だから誰も逆らわない、挑戦する者もいない、故に、退屈な世界を過ごすことになる」
先の見えない話を語っているだけのはずなのに、アルの真剣に話す様を前に、冗談で言っているようには聞こえなくなり、ラムエは息を飲む。
「同じことの繰り返し、何一つ変わることのない日常。最強と謳われた力も、一切使うこともなく、虚しくなったお前は自害を選ぶのさ……つまらない人生に終止符をつけるために」
「あ……ありえん」
「君はまだ知らないだけだ。誰も逆らわないことのつまらなさを。なんでも思い通りにできるという孤独を…………想像を絶する退屈さだぞ?」
その時見せた、アルの寂しげな表情と、どこか虚ろな瞳を目にしてラムエは気付く。
それが憶測ではなく、実体験のもとに語っている過去であると。
「確か親父が言うに貴様は……この世界にはいないことが多とか?」
「そうだな、ずっと異世界を転々としていたが……それがどうかしたか?」
「貴様……その異世界とやらで、試したな?」
その問いかけに最も強い反応を見せたのは、ファティマとシオンだった。
それが何を意味するのか瞬時に理解し、そうだった場合の危険性を想像したからだ。
「動揺するなよ、女神様、それにシオン少年。俺はそんなことしないさ」
その一言に、ファティマとシオンは安堵する。
「もうそれがどれだけつまらないことなのか、試したあとだからな」
だが、直後に吐かれた言葉で、ファティマは焦燥した顔つきになった。
「どういうことですか……? あなたは、世界を救ってきたのではないのですか⁉」
「救ってきたさ。でも、全てじゃない……時には敵側に回ったこともある」
「あ……あなた!」
「おいおい女神様。俺がいつ……自分を完璧な善人だなんて言った?」
体調崩してしまい、更新遅れてしまい申し訳ありません。
次回更新は一日猶予いただきまして12/27 12時予定になります




