全ての力を超えし者
世界を滅ぼせる力だった。
最大で、最強の一撃だった。
隕石をも魔力によって支配してしまうラムエの力は、全てを消し飛ばし、破壊するだけのパワーを秘めていた。
それを、アルは片手で受け止めてしまった。
炎を纏わせていた隕石はアルの手に触れた瞬間、ただの巨大な岩へと成り下がり。シオンたちの遥か上空でピッタリと止まっている。
遥かに小さな人族の手によって。
「さて、これはお返ししよう」
直後、アルは蹴鞠を軽く放り投げるように、隕石を空へと押し込んだ。
すると、先程まで落下していたはずの隕石は、凄まじい速度で上昇を開始し、ラムエのすぐ左隣を通過して再び空へと消えてしまう。
ラムエには、その光景をただ恐怖しながら見届けることしかできなかった。
信じられないといった顔で、顔から冷や汗を大量に放出しながら。
「隕石を……受け止めて、跳ね返すって……⁉ そんな芸当どうやって⁉」
夢でも見ていると錯覚するほどの非現実的な光景に、シオンは狼狽える。
「簡単な話なのです。あの男は……私たちの常識の外にいるのですから」
「常識の……外?」
「どうしてシオンは、あの隕石がとんでもなく危険だと感じたのです?」
「そんなの当たり前ですよ! あんな巨大な隕石……あんな重たくて硬い物質が上からぶつかれば、僕なんて潰されて……ただの肉片になっちゃうじゃないですか⁉」
「そう……重く、硬い物質にぶつかられれば、誰もが痛みを想像します。そして実際にぶつかれば、想像通りのダメージが身に起きるでしょう。それは、何故ですか?」
「そ、そんなの、『殴ったら痛いのは何故か?』と聞いているようなものじゃないですか!」
「その通りなのです。まさに私は、今、それを聞いたのですよ」
冗談を言っているような顔ではなかった。女神の立場でありながら、その力の正体に畏怖して怯えている姿に、シオンは「……まさか」と息を飲む。
「この世の……いえ、それぞれの世界の全ては、創造神が作った法則の上に成り立っています」
重い物を持ち上げるのには、その重いものを持ち上げられるだけのエネルギーが必要になる。
スペシャルを使うために、マナを消費するように。
この世の全ては、ある一定の法則の下に成り立っている。
「そして、私たちは、その創造神が定めた法則に従って生きているのです」
「…………僕たちが?」
「呼吸をしなければ、苦しくなるでしょう? それも、創造神が定めた人族の原理、法則。重力によってこの大地に縛られているのも、全ては創造神が定めたこの世界のルールなのです」
当たり前だった。当たり前すぎる話で、シオンは考えたこともなかった。
自分が息をしているのも、何かを食べて栄養を摂取しなければ、身体を動かすエネルギーが作れないのも、エネルギーを消費しなければ、身体を動かせないのも、あらゆる全ての現象が創造神によって作られたこの世界の定義だということに。
「そして、あなた方の言う強さとは……そのルールの上で行われているものなのです。スペシャルを使って現象を起こすのも、巨大な力で相手を物理的に殴るのも、魔力を衝撃に変えて相手へとぶつけるのも…………全て、全てが創造神の定めし法則の上での行いにすぎない」
「アル先生の力って…………まさか」
そこまで聞いて、シオンは全てに合点がいった。
何もせずとも、遠くの敵を気絶させていたのも――――
ニルファのマナドレインを防ぎ、ただの魔物へと変えてしまったのも――――
空を今も浮遊しているのも――――
あらゆる攻撃を全て、寸前のところで回避できていたのも――――
巨大な隕石がぶつかっても、何事もなかったかのように受け止めたのも――――
「そうです。アルデロン・アルハザード、彼のスペシャルは【法則無視】。創造神が定めし全ての法則に、唯一縛られることのない存在なのです」
全て、創造神が定めた法則を無視して行動していたからだったのだ。
「彼は物理の法則はもちろん、あらゆる法則……時の法則ですら無視してしまう」
アルの行動の挙動が何一つ見えなかったのも、ラムエが限界を超えた神速の動きで連撃を放ったにも関わらず、一切攻撃が当たらなかったのも、止まった時の中を動きまわっていたから。
ニルファのマナドレインが失われたのも、その法則を、なかったことにしたから。
遠くの敵を気絶させたのも、止まった時の中で一撃を加えたか、もしくは敵の中の何かの法則をいじくりまわして気絶させたか――――いくらでもやりようがある。
隕石を片手で受け止められたのも、本来なら発生する物理的な衝撃をなかったことにしたから。
今も隕石を支えられているのは、本来なら発生するはずの重さによるエネルギーを、なかったことにしているから。
「そんなの…………誰も勝てるわけが…………」
力の正体を知って、シオンは言葉を失う。
それも当然だった。
この世に存在する強さという概念の全ては、創造神が作りし法則の上で成り立っているからだ。
強さの外側にいる。言い換えれば、その強さが発生する土俵をいじくる側にいるのである。
それは、アルに何をしても無駄という事実を告げていた。
隕石が降ろうと、ブラックホールに飲み込まれようと、星が破壊されようと、ビックバンが起きようと、どんな能力が発動しようと、その全ての力が無視される。なかったことにされる。
「彼を倒せるのは同じく法則の外側にいる存在……創造神のみ。そしてその創造神を殺せるのも……同じく法則の外側にいる存在、アルデロン・アルハザードだけなのです」
魔人族の、たかだか世界最強程度で倒せる相手ではなかった。法則の内側でどれだけ強かろうが、所詮は法則の上での最強。外側には通用しない。
故にファティマはこう呼んだのだ。理不尽と。
「実際のところ……異世界を救おうと思えば、あの魔人族の男でも簡単に救えるのです。この世界の人間はそれだけ強力な力をそれぞれ持っていますから」
「どういう……ことですか?」
「……連れていけないのですよ。どんな生物も、異世界に持ち運べるのは魂なき物質のみ。仮にシオン、あなたを異世界に連れて行けば、あなたは消滅してしまうのですよ」
「それも……創造神が定めた法則ですか?」
シオンの問いに、ファティマは頷いて返す。
当然の話だった。
いくらでも異世界の人間を行き来自由にさせられるのであれば、元々その世界に存在した生命たちが場合によっては追いやられることになってしまうからだ。
弱い世界は、強い世界の存在に淘汰されてしまう。
故に、創造神はそれぞれの世界が干渉し合えないように法則を作り出した。
だが、その法則すら、アルは無視することができる。
「異世界の神々が彼だけを呼び出して世界を救わせ続けたのも、彼でなければダメだったから」
そして、アルは異世界の危機を救い続けた。
創造神が定めた、その世界の行く末すらも無視して。
「でも……それってつまり創造神に逆らっているってことですよね? 神様たちも」
「そうなるのです……でも、そうしなければ神々やその世界は創造神によって殺されていた」
「どういう……ことですか?」
「異世界が危機に陥る、それは……逆を返せば創造神が元々そうなるように仕向けたともとれます。創造神が何を考えているのかはわかりませんが……法則とはそれだけ絶対的な力なのです」
それは、運命とも呼べた。
最初から最後まで、ある一定の法則の下に世界が成り立っているのだとしたら、結末がどうなるのかも、創造神の裁量しだいなのだ。
人が、知識を持ち、知識の下に起こされた行動の結果で世界が滅んだとしても、それは、人が知識を持てるように生みだした創造神によって導かれた結末にしかすぎない。
「そして、法則の上に立っているに過ぎない私たちには、その運命に逆らうことはできない」
「だからアル先生が……」
「ええ、故に彼は神々にこう呼ばれているのです――――」
ハットを深く被り、変わらず無表情のまま空に浮かび続ける男を視界に、ファティマはゆっくりと口を開く。
「運命壊し…………フラグクラッシャーと」
神々をも超えた、ただの人に、敬意と畏怖の感情をこめて。
次回更新は明日12時頃予定です




