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可能性の獣

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「それで……これからどこに行くつもりなのですか?」


 暗闇から解き放たれ、世界樹の枝木をすり抜けて差しこんだ光をファティマは手で覆う。


「ん? そりゃもちろん家に帰るさ」


 フェルトの広大な土地を見渡せる景色を前に、アルは背を伸ばして気持ちよさそうに欠伸を漏らした。


 世界の中央に位置する、天高く生え伸びる世界樹のある高地。そこは、どの種族も立ち入ることを許されない聖地とされており、誰の手も加えられていない自然豊かな土地だった。


 整理されていない土地にも関わらず、草木は命じられたかのように綺麗に生え揃い、雑草が悪戯に生えることもない。


 また、世界樹の影響を強く受けて草木の一つ一つが炎のように揺らめきながら淡い緑色の光を放つため、昼夜問わず神秘的な雰囲気が漂う。


「それで……なんでついて来るんだ? あんた女神様だろ。世界樹を守ってなくていいのか?」


 時は夕暮れ、日が沈みかけてオレンジ色に染まった空をボーっと見つめながらアルが問う。


「問題ないのです。たまに人里へ遊び……いぇ、様子を観に行ったりしていましたので。私は見た目が人間とそう変わらないので、一度もバレたことがないのです」


「そんな『私は女神です』みたいなあからさまな恰好をしているのに?」


「そんなことはどうでもいいのです! 一緒にこの世界を救うための手段を考えてくれると言ったではないですか! あなたについて行くのは当然なのです!」


「いや、そりゃ一緒に考えるとは言ったけど、一緒に行動するとまでは言ってないが?」


 アルの一言に、痛いところを突かれたと、ファティマは怒られた子犬のような顔を見せる。


 女神という立場でありながら、威張り散らさず顔色を伺っている様子に、それだけこれまで頼れる相手がいなかったのだろうと、アルもバツが悪そうに溜息を吐いた。


「ウチは狭いぞ? 文句言うなよ、女神様?」


 その一言で、女神は顔をパッと明るくさせる。


「ところで、俺の家ってどっちだ?」


「知るわけがないのです」


 そしてすぐに、がっかりした冷たい視線を向けた。


「自分の家の場所がわからないって……今まではどうしていたのですか?」


「大体いつも呼び出された場所に戻されていたから、こうやって見慣れない場所から戻るのは今回が初めてだ。俺の家から世界樹はいつも見えていたから……多分あっちだと思うけど」


 高地である世界樹からは、世界樹を中心に囲うように作り上げた人族の王国、ユシール王国の一画が見渡せた。


 二人の視界には、後世で評価される芸術家の作品のように、くすんだ色でごちゃごちゃと並ぶ建築物が映りこんでいる。


「何度見ても圧巻なのです。よくもまあここまでの建造物を作り上げたものです」


「文明の高さと小賢しさだけが人族の頼りだからな、その代わり……力じゃ他の種族には敵わない。スペシャルも他の種族のように固定された能力じゃないから変なのばっかりだ」


「あなたのように……ですか?」


 ファティマの問いに応えず、アルは肩をすくめる。するとそのまま、羽織っていたコートのポケットから咥えて吹くだけの単純な作りの小さな笛を取り出した。


「なんですかそれは?」


「こういう時くらいじゃないと働かないただ飯ぐらいを呼び出そうと思ってな」


 アルはそのまま笛を口に咥えると、澄んだ笛の音色を鳴り響かせた。


 暫くの間、世界樹のそびえる高地に笛の音が反響し続ける。


「お、来たか」


 音が鳴り止んでから数分の暇を持て余した後、大きな耳をパタパタと羽ばたかせて空を飛ぶ小動物が姿を現した。


 綿あめのようにふわふわとした白い毛に包まれたウサギのような小動物は、一生懸命に耳を羽ばたかせて少しずつこちらへと向かってきている。


「なんですか⁉ あの可愛い生き物は!」


 遠目から見ても愛くるしいその姿に、ファティマは両手を重ねて頬を緩ませた。


「ロップイアスカイラビット……自分の世界にいる生物くらいわかるだろう?」


「ば、馬鹿にしないでください! それくらいわかっているのです! どうしてあれがここに来たのかを聞いているのです」


「俺の使い魔だからさ。ロップイアスカイラビットは魔物だから主従契約ができるだろ? 俺がまだ子供だった頃に親とはぐれて迷子になっていたこいつを拾って育てたんだ。名前はロップイ」


「ネーミングがそのまんますぎるのです……」


 そこにいるのがわかっているのか、ロップイは迷わずにアルの下へと空を飛んで移動すると、アルの頭の上へと降り立ってチョコンと座り込む。


 ロップイアスカイラビットに限らず、この世界には魔物と呼ばれる生物が存在する。


 魔物はスペシャルを持たないが、その代わりにマナで身体能力の強化や魔法と呼ばれる様々な現象を引き起こす力を持つ。世界樹を食い荒らしていた大蜘蛛も、魔物の一種だ。


 しかし魔物は、空気中のマナを吸収することができず、他者を食らうことでしかマナを体内に取り込む手段を持たない。だが魔物は、マナを取り込めば取り込むだけ強くなれるため、その多くが他を襲う危険な生物とされている。


 とはいえ、全ての魔物がそうというわけではなく、中には温厚な性格で、空気中のマナを体内に取り込むことのできる六大種族のような生物と主従契約を交わし、マナを分け与えてもらおうとする魔物もいる。


 ロップイアスカイラビットもそんな魔物の代表的な存在だ。


 単純に弱いからというのもある。


「はわわわわわ……か、可愛いのです!」


 ロップイはアルの頭の上に座るや否や、ペロペロとふわふわとした毛を繕い始める。


 その様子をファティマは女神という立場を忘れて興奮した様子で見つめた。


 直後、ファティマは我慢できなくなったのかロップイへと手を伸ばす。だが――


「気安く触んじゃねえよ、この、メス豚が……」


 伸ばされた手は可愛らしい小さな手によってはたかれ、タン唾が地面へと吐き捨てられた。


「てめぇ……何様だ? 舐めてんのかこの俺を? あぁ?」


「やっぱり全然可愛くないのです」


 小動物とは思えないドスの効いた声と、ひねくれた不良のような凄まじい睨みつけに、興奮気味だったファティマの目が一気に冷める。


「おいおいロップイ、この世界の女神様に対してメス豚は失礼だろ?」


「女神様だぁ? おいおい、ご主人よぉ……こんな見てくれがいいだけの普通のチャン姉が女神様な訳がねえだろ? 寝言は寝てから言いな」


「お前にとって女神様ってどんなイメージなんだ」


 アルに忠告を受けて再度ファティマを見直すが、やはり想像している女神とは違い、ロップイはファティマを軽く鼻で笑う。


 その後、自分の腹部の毛に手を突っ込んで葉巻とジッポーを取り出し「出直してきな」と、大きな煙を口から吐きだした。


「一体どんな育て方をしたらこんな風になるのですか?」


「あんたら神様たちのせいでこの世界にいないことの方が多かったからな、いない時は昔から仲の良いギャングのおっさんに預けてたらこうなったんだ。好物は葉巻とバーボン」


「ギャングのおっさんって……あなたの交友関係はどうなっているのですか?」


「いやしかし、その人は街の中でギャングスターって呼ばれるくらい凄い人でな?」


「その人については興味ないのです」


 可愛らしい見た目からは想像できないふてぶてしい態度を前に、ファティマは一瞬でも可愛いと思ってしまった自分を殴りたくなる。

次回更新は12/2 7:00予定です

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