最強vs理不尽
「まさか……あれで死なんとは。どうやら貴様は俺の想像していた以上の男らしい」
「こちらこそ驚いている。異世界であれば、君は余裕でラスボスを担当できるくらいだ」
「何を……言っている?」
ファティマたちの遥か上空、城の最上階があった場所で、二人は睨み合っていた。
ここまでくれば、すぐに始めようが、後で始めようが変わらないと、二人は軽く言葉を交わす。
「まさかスーパー化するとは思わなかった。いいよね、男のロマンだ」
「馬鹿にしているのか?」
「褒めているのさ、君は間違いなく最強だと」
全身から魔力とマナによる禍々しいオーラが漏れ出る姿を前に、アルは笑みを浮かべる。
ラムエの白目は魔力によって黒く染まり、より瞳の赤色が際立ち、最早、その姿は魔人族ではなく、魔人そのものと呼んでも差し支えない姿だった。
そんな姿を前にしても、アルはいつも通りの余裕を見せ続ける。ラムエのことを、最強と呼びながら。
それが、ラムエには心底面白くなかった。
「一つ聞きたいことがある」
そこで、アルがラムエに問いかける。
「聞きたいことだと?」
「お姫様……あの少女を喰ったあと、どうするつもりだったんだ?」
「簡単な話だ…………六大種族と呼ばれる今の時代を終わらせる。この世界の完全な支配だ」
「完全な支配……そいつは物騒だな」
「勘違いするな、皆殺しにするわけじゃない……俺という巨大な象徴のもと、全ての種族を配下において、こき使うだけだ…………むしろ平和になると言っていい」
「お前が寿命で死んだあとはどうなるんだ?」
「知ったことか……俺は、俺が思うがままにできる世界が欲しいだけだ」
その答えに、アルは深く被っていた帽子を少しだけ上げて顔を見せる。
見えた顔が表現していたのは―――――憐みだった。
「くだらない」と言われているような、そんな顔だった。
「好きにすればいい……と、いつもなら言いたいところだったが、どうやら今回の目的上、そういうわけにはいかないみたいだ。だから……諦めてもらえないか?」
「俺のこの姿を見ても、まだ勝てるつもりでいるのか……面白いな」
それが、どこまでも自分をコケにしているようにしか見えず、ラムエは眉間に皺を寄せる。
だが直後――
「逆に聞いていいか?」
「なんだ?」
「お前は…………」
ラムエの背筋に、言葉では言い表せないほどの大きな悪寒が走った。
目の前の男を見つめ続けるのが、怖くて仕方が無くなるほどの恐怖がラムエを襲った。
意味がわからなかった。だが本能が叫んでいたのだ。「もう、やめておけ」と。
その気持ちを強引に押し殺して、ラムエはアルの顔を再び見つめる。
「ど う し て 俺 に 勝 て る と 思 っ て い る ん だ?」
そして、後悔した。
後悔で冷や汗が止まらなくなるほどに。
そこに居たのは、人ではなかった。間違いなく、人族の形をした何か。
濃密な、濃密すぎる青白いマナが、眼から炎のように揺らいで漏れ出ていた。
自分のように抑えきれず、駄々洩れしているのではなく、抑え込まれていた。
揺らいで漏れ出ているように見える眼光のマナも、放出されることなくしっかりと留まっている。
魔力こそ感じられなかったが、自分よりも遥かに圧倒的な量のマナを体内に保有していながら、一切漏らさずに抑え込んでいるのだ。それが、どれだけシビアな力のコントロールが必要か、自分があまりにも強すぎるが故に理解してしまった。
最も恐れるべきは、この男がそのマナを使用した気配を、一度も感じなかったことである。
「あ……ぐあ、あ……あぁ!」
自分の中の第六感が叫ぶ「今すぐ逃げろ」と。
しかしすぐに気付く、「逃げられない」と。
「う…………うぉおおおおおおおおおおおおお!」
ならば、相手が本気を出してしまうよりも早く、倒してしまう以外になかった。
目にも止まらぬ殴打と蹴りの連続、全方位からの魔力弾の連射をたった十数秒の間に数百回は繰り返す。純粋な力の暴力によって、残っていた下半分の城は勿論のこと、吹雪から守るためにニルファの力で覆っていたバリアすらも跡形もなく破壊された。
「馬鹿な…………なんなんだ? なんなんだ貴様は⁉ お前は一体何者なんだ⁉」
なのに、それでもアルに一撃すら届かない。
変わりなく綺麗な姿でハットを深く被る男を前に、ラムエは叫び散らした。
「アルデロン・アルハザード」
「…………お前が⁉」
合点がいったかのように、ラムエは顔を引きつらせる。
むしろ、人族がこんな場所に辿り着いている時点で、その可能性を考慮するべきだったと。
「ふ、ふははははは! なるほど……親父が恐れるわけだ」
魔人王があれほどまでに畏怖していた理由を、実際に戦ってみて理解する。
世界樹に巣食っていた巨大な魔物の気配が消えたのにも、父親が進行を魔物が消えたからという理由ではなく、この男がいるからやめた判断を下したその全てに納得がいった。
同時に、恐怖を押し殺して考えを改める。
この男を乗り越えられなければ、世界の支配は愚か、六大種族の中でも最も戦闘力に劣る人族の王国に攻め入ることなど一生不可能であると。
今ここで、倒してしまわなければならない男であると。
「もっと……もっとだ! 数年間動けなくなってもいい……! 我がマナを……魔力に!」
大地を揺るがす大きな力が、さらにラムエへと宿り始める。
ラムエが持つスペシャル【魔力支配】により、元々体内に持っていたマナと、ニルファから奪い取ったマナの全てが魔力へと変換され、ラムエの肉体は禍々しい魔力の色に染まり、紫色へと変色していく。
そして生まれたその存在は、力の化身と呼んでも差し支えない力を秘めていた。
この世界に住むどんな生物が挑もうと、その肉体に届くことはなく、周囲に放たれた魔力の前に全てが吹き飛ばされるだろう。
「ぁぁぁぁ………うがぁぁあああああ!」
ラムエは、溢れ出ん力を、抑えることなくなりふり構わず奮い始めた。
あまりの力にラムエが通ったあとの空間が歪み、たった一つの動きで突風が巻き起こる。
吹雪を降らせていた天を覆う雲は、ラムエの魔力によって消し飛ばされ、快晴の空が顔を出していた。そして、ラムエの禍々しい魔力の影響を受け、辺り一帯の空間は薄暗い紫色に変色していく。
また、ラムエの速度は攻撃を加える度に増していった。一撃でも当たれば肉片に変えてしまう威力の殴打と蹴りを、数千発、数万発と、最早目で追いきれない速度で繰り返し続けた。
それでも一撃すら届かない。何をやっても当たらない。
最早、実体がそこにないとしか思えなかった。幽霊と戦っているような気分だった。
どんな攻撃手段を率いても、ぎりぎりのところで全て回避される。
殴打に見せかけた魔力の放射攻撃でフェイントを仕掛けても、全て読まれて回避される。
「なんなんです…………なんなんですかあの人は⁉」
「久しぶりにご主人が戦うところを見たが……相変わらず、ぶっ壊れてやがるな」
神の怒りを体現したかのような戦いに、シオンとロップイは顔を引きつらせる。
「いえ、最早あれは戦いとは呼べないのです。戦いは……同じ次元に立つ者同士でなければ起こらない。彼は……攻撃を避けることしかしていないのですから」
アルは、ラムエから繰り出される猛攻を、表情一つ変えずに避け続けていた。
ただの人であれば、見届けることすらも恐怖で震えあがってしまう相手を赤子のように扱うアルを、ファティマは勝利を確信した顔つきで見届ける。
「そう……あれは今みたいに漆黒の魔に空間が染められし時だった。俺は風魔忍軍最後の男として密命を受けたのさ……この世界の終わらせるために」
「兄貴、ちょっと静かにしてほしいッス。今ご主人が久しぶりにかっこいいところなんッス」
「…………すごい」
既にもう終わっていると感じているのかヨシーダとルミナは落ち着いた様子で空を眺めていた。
ニルファも、自分を超える力を持った二人の存在を素直に認めると、瞬きも忘れて驚愕した顔で二人の戦う様を見届けた。
「ニルファちゃんでも……すごいって思うの?」
最強の魔物と呼ばれる存在ですら驚愕してしまう光景に、シオンが問いかける。
「あの魔人族の男………………破壊的な力だけでなら私なんかよりずっと上。きっと私を………………殺せていた」
「……アル先生は?」
「すごい……すごいとしか言いようがない」
「どういうこと?」
「何の力なのか…………全くわからないから」
ただ、攻撃を避け続けている。
それは単純なようで、複数の力が発動していなければ不可能な所業だった。
攻撃を回避するだけでも、人族の枠を超えた身体能力が必要だからだ。
故に、身体能力を上昇させる類のスペシャルを持っているのかと考えるしかない。
だがアルは、空を飛んでいた。
それだけではなく、不意打ちの攻撃に対処していることから、未来予知のようなスペシャルも予測される。
ニルファにはもう、どんな力が働いているのか想像もつかなかったのだ。
「ファティマ先生……教えてください。アル先生の力を知っているんでしょう? アル先生……いえ、アルデロン・アルハザードが神々に選ばれた理由を教えてください!」
神々が唯一認めた男。人の領域を超えた戦いを前に最早それを疑うことはなく、シオンは問う。
「彼は…………彼の力は――――」
そして、隠すつもりもないのかファティマは空に浮かぶアルを見つめながら口を開いた。
次回更新は明日12頃です




