脱出
「どうするっスか⁉ どうするっスか⁉」
「城の外に急ぐ、ルミナ、ニルファ様……しっかり捕まっていなさい!」
「……速い」
疾風が如く、ヨシーダは二人を抱えたまま壁を走って一気にこれまで通ってきた道を駆ける。
ラムエの力を目の当たりにし、この城を破壊するほどのものだと瞬時に悟ったからだ。
「こらぁぁぁぁぁあ! 待つのです! 私は女神と言っても普通の人族とそこまで身体能力は変わらないのですよ⁉ 女神を置いてけぼりにするなです!」
「……ふぁ、ファティマ先生」
一方、シオンの肩を貸したファティマは、よいしょ、よいしょ、と階段を下りていた。
「どうしてそんなに急ぐんですか?」
「おいおい……わかんねえのか坊主?」
その疑問に、ロップイがシオンの頭上でやれやれと溜め息を吐きながら答える。
この状況に陥っても、余裕を見せられる意味がわからず、シオンは怪訝な顔を浮かべた。
「恐らくあの魔人族の力は、この城を吹き飛ばす威力を秘めているのです……まさか、瞬間的にとはいえ、あの大蜘蛛を超える力を発揮するとは」
「大蜘蛛? ……でも」
脳裏に焼き付いたラムエの姿を思い出して、シオンは口元を抑える。
城を吹き飛ばす力があるというファティマの言葉も、ありえる話だと素直に思えた。
「というか……それなら早くこの城から出ないと!」
「だからこんなに慌てているのです! まさか置いて行かれるとは……!」
「ファティマ先生! こっちに!」
もう平気なのか、シオンはファティマの肩から離れて階段の途中にあった出窓に登る。
「な、何をするつもりなのですか⁉」
「飛び降ります! …………ちょっと怖いけど、ファティマ先生一人くらいなら!」
そして、力の限りを尽くしてファティマを抱えると、シオンはまだ最上階近い階層の出窓から勢いよく飛び降りた。一瞬の間、二人に浮遊感が襲いかかる。
「うぐぐぐぐぐぐ…………うぎぎぎ!」
「だ、大丈夫なのですかシオン⁉」
「だ、だ、だい、だいじょ、大丈……夫」
全然大丈夫ではなかった。シオンは体内のマナをフル活用し、全力でスペシャルを発動して二人分浮遊させようとするが力が足りず、ほぼ普通に落下しているのと変わらない勢いで、氷で作られた地表へと向かって落ちていた。
「無理だ! 俺じゃお前らを運ぶことはできねえぞ!」
ロップイも加勢して耳を羽ばたかせるが、二人の落下速度は一切変わらない。
「さらば!」
「ああ! この薄情者!」
そして途中でロップイは離脱し、一匹でパタパタと宙を浮遊し始める。
「体内のマナだけではなく、空気中のマナも利用して発動するのです!」
「く、空気中の……⁉」
その方法がわからず、シオンは戸惑うが、とにかく我武者羅にスペシャルを発動し続けた。
「と、止まった……!」
すると、地面に激突する直前で空中で停止し、二人はゆっくりと地面に落ちた。
「……何かコツを掴めた気がします!」
「……できればマナは消費しないでほしいところですが。よくやったのです……シオン」
実のところ、女神の力で浮遊する程度はできるため、万が一は問題なかった。
とはいえ必死に頑張るシオンを女神として無下にはできず、内心成功してくれてかなりホッとしていた。
「信じてたぜ……坊主、俺はお前ならできるってな」
「絶対に嘘なのです」
後からロップイも、耳をパタパタと羽ばたかせて再びシオンの頭の上へと戻った。
「ファティマ様! ご無事ですか!」
そこで、ルミナとニルファを連れたヨシーダが、城の中から外へと到着する。
「ご無事ですか! じゃないのです! 女神を置いてけぼりにするとは思わなかったのですよ!」
「ルミナとニルファ様を下ろしたあと、すぐまた戻るつもりでしたが…………どうやらシオン少年が頑張ってくれたようですね、見直しましたよ」
何もできないだろうと思っていたのもあって、ヨシーダは素直にシオンを評価した。
シオンも素直に褒めてくれるとは思っていなかったため、照れくさそうに顔を赤くする。
「私もシオン君と一緒に落ちれば良かったッス…………兄貴、もうちょっと優しく走ってほしいッス」
「…………楽しかった」
「ニルファちゃんは…………おかしいッス」
一方、ヨシーダに抱えられていたルミナはグロッキーな状態だった。
「うぉおおおおおおおなんスかなんスか⁉」
その時、一同が城の外に出て一分も経たないうちに、城の上半分がファティマが予想していた通り、爆発によって粉々に吹き飛んだ。
突然の大きな音と、衝撃に、一同は身体をびくつかせる。
「とんでもねえ爆発だったな、あそこにいたら死んでたか……いや、生きてたか」
「いや、どう考えても死んでたでしょう⁉」
落ち着いた様子で煙草を吹かすロップイに、シオンがツッコミを入れる。
「いえ、恐らく死んではいなかったと思うのです」
「ファティマ先生まで……!」
ロップイと同意見なのか、ファティマも落ち着いた様子で吹き飛んだ城を見つめた。
吹き飛んだ城の上空に浮かぶ、あまりにも濃すぎる魔力とマナによって白髪となった魔人族と、あの爆発を受けてもなお、綺麗な姿のままでハットを深く被る男の姿の行く末を、既にもう、決まったかのような顔つきで。
「仮に残っていた場合も、普通に守られていたのです。でもアルは……あの魔人族の全てを引き出したいが故に、一対一になることを望んだのです。何か考えがあるのでしょう」
「どういう……ことです?」
「あれが本気を出したら……あの魔人族は何もできないはずですから」
故に、アルはアイコンタクトを送った。
アルを知っているが故に、そのアイコンタクトが、一人になりたいという意図以外にありえず、ヨシーダとファティマは大急ぎで城から脱出したのだ。
「つまり……邪魔だったとか、巻き込まれないように僕たちを逃がしたんじゃなくて……あの魔人族の王子に本気を出させるために引き離したってことですか?」
シオンの問いに、ファティマは頷く。
気付けば、ファティマだけではなく、ヨシーダもロップイもルミナすらも、ラムエにアルが倒される心配などしておらず、のんびりとしていた。慌てていたのは、城から脱出することに対してだけだったのである。
「そんな馬鹿な……相手は魔人族の王子、ラムエですよ⁉ 最強と名高い男ですよ⁉」
「ならば私はこういうのです、その魔人族の王子ラムエが相手にしているのは……神々が唯一救いを求めた男。アルデロン・アルハザードなのですよ?」
冗談で言っているとは思えない顔つきに、シオンは息を飲んで上空を見上げた。
当然のように浮遊する二人の男を見て、少し自信を無くすとともに、一生をかけて見られるか、見られないかの戦いをこの目に焼き付けようと、シオンはしっかりと眼を開いた。
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