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ドーピング

「今なら……死ねる?」


 ニルファは血相を変えて手のひらを自分へと向ける。


 すると徐々に、ニルファの手元に魔力が集中し、暖かなオレンジ色の光で輝き始めた。


「おっと、気持ちはわかるがやめておくんだな。恐らく想像したとおりになる」


 そんなニルファの手をアルは掴み、やろうとしていた行為を止めた。


「どうして止めるの……? 私は…………もう、いい。……疲れた」


 不服なのか、ニルファは少し興奮気味にアルを睨みつける。


「もう一度言う。気持ちはわかるがやめるんだ。やめないのであれば、元の状態に戻す。さっきも言ったがこれは取引なんでね……勝手に死なれるのは困るんだよ」


「あなたに……私の何がわかるの?」


「……わかるさ」


 アルはそう言うと、ニルファにだけ見えるよう、どこか遠い目を浮かべた。


 それが何を物語っているのか、ニルファは瞬時に悟ると、鼓動を落ち着かせる。


「君はまだ、普通の状態で過ごしたことがないだろう? どうせ死ぬつもりなら、それを楽しんでからでも遅くはないんじゃないか?」


「楽しむなんて…………無理。マナドレインが無くとも結局…………私は魔物だから」


「案外誰も気付かないものさ、それすらも試してみないとわからない。そうやってこれから先のことを考えると楽しくなってこないか?」


 ニルファは、言われた通り考える。すると暗い顔で俯いた。


 考えろと言われても、生まれてこの一度、そんなことを想像する機会も、楽しかった体験も、何一つなかったからだ。


「わからないのなら、まず知ればいい。当面は知れることを楽しみとして生きればいいさ」


 知れる。知ることができる。どうあがいても入り込めなかった世界に入れる。


 少しだけだったが、初めての感覚に心が躍り、小さな、本当に小さな笑みをこぼす。


 その姿に、シオンは不服そうに歯を噛みしめた。


「どうして……ですか?」


 そしてその不服を、言葉にしてアルへとぶつける。


「あなたは……ずっと前からニルファちゃんのことを知っていたんですよね?」


「少なくとも三年前か? それくらいの頃から知っていたが……それがどうした?」


「どうしてもっと早く……来てあげなかったんですか⁉」


 シオンは、あまりにも過酷な運命を背負わされたニルファを前に、助けられる立場でありながら、ずっと放置していたアルに憤慨していた。


「こんなところに独りぼっちで……誰も助けに来なくて、来るのは自分の命を狙う輩ばかりで……そんなの、あんまりすぎます……!」


 悔しそうに拳を震わせるシオンを前に、当人であるニルファはきょとんとしていた。


 さすがのアルも、予想外の言葉だったのか面食らい、思わずルミナに顔を向ける。


 ルミナは、そんなアルに「自慢の友達ッス」と満面の笑顔で答えた。


「シオン少年、お前は……いい奴だな」


「な……何を?」


 返ってきた言葉が予想外で、シオンは頬を赤らめる。


「まあ、文句なら神々に言って欲しいところだが?」


 そう言いながらアルはジト目でファティマを見つめた。


 何が言いたいのかすぐに察すると、ファティマは申し訳なさそうに視線を逸らす。


「今、お姫様はただの魔物になっているが、それは俺の力が働いているからだ。でも、俺が異世界に連れ出されれば力は及ばなくなる。だから、放置していたのさ。助ける義理もないしな」


「異世界……あの話は本当なんですか? あの授業も、ファティマ先生のことも……この世界のマナが枯渇しそうになっていることも」


「俺は最初から最後まで、ずっと本当のことしか言っていない。神々の身勝手のせいで、俺はずっと異世界に飛ばされ続けてきた。いつ飛ばされるかわからないから、助けようもなかったのさ」


「どうしてアル先生だけが……?」


「簡単だ。俺以外だと、死ぬからだ」


 気迫めいた表情からただならぬ理由を感じ、シオンは息を飲む。


 そして疑問が募る。全ての話が真実だとして――


 アルハザード家が、禁忌と呼ばれ、恐れ続けられた理由。


 神々が、強者の募るこの世界において、アルだけを選び続ける理由。


 襲いかかる魔物全てが、何もしないうちに倒れ、六大種族が諦めたニルファのマナドレインを、本人も気付かぬうちに防いでしまった力の正体。


 この全てが一体なんなのかを。


「アル先生の……力っていったい?」


 疑問の全てを解消するため、シオンは問いかける。


 それにアルが答えようと、口を開いた瞬間――――



「先客がいるとは予想外だったが……まあ問題はない」



 背後から野太い男性の声が割って入った。


 すぐさまその場にいた全員、大扉を振り返って確認するが、その姿が見えたのは一瞬のことで、すぐに姿を見失ってしまう。


「たとえ主従契約を終えていたとしても……俺の目的は喰うことだからな」


 直後、肉を引きちぎる痛ましい音が広間に響いた。


 再び振り返り、音の先を追うと、そこには黒い装束を身に纏った長身の男性が、ニルファの肩の肉を引きちぎり、頬張る姿があった。


「な、なんてエッチなやつ!」


 すかさず、ヨシーダがそう叫びながら接近し、蹴りを放つ。しかし、男性は飛び退いてすぐにヨシーダから距離を取った。


 あまりにも一瞬のことで油断していたのか、アルが少しだけ表情を強張らせる。


「に、ニルファちゃん! 大丈夫?」


「……少し食べられただけ……この程度なら、今でもすぐに回復する」


 ニルファの引きちぎられた肩から、一瞬だけ血が噴き出すが、すぐにボコボコと泡のように体内からマナが放出され、元の綺麗な状態へと細胞が再生する。


 シオンも念入りに確認するが、命に別状はなく、ホッと安堵の溜め息を吐く。


「脆弱な人族の集団か……何故かはわからないが、マナドレインが発動していないが故に、辿り着けたといったところか? あともう少しだったのに……残念だったな?」


「…………魔人族ッス」


 魔人族特有の長い黒髪と茶色の肌、そして赤い瞳を見てルミナが険しい表情を浮かべた。


「まあ……こんなところにまで、なんの装備もなしに単独で来られるのは竜人か魔人ぐらいだろうからな」


「ほお……俺の姿を見て臆さないか? 力の差がわからないほど愚鈍なのかは知らんが?」


「よほど自信がおありのようだな?」


「当然だ……俺は魔人族の時期当主、魔人……ラムエだぞ?」


 名前を聞いてもピンと来ないのか、アルは首を傾げる。


「ま、ま、ま、魔人族の……ラムエ⁉」


 そんなアルとは真逆に、シオンは腰を抜かして震えあがった。


 その名を知っているのか、ファティマも険しい顔を浮かべ、ヨシーダもパリピ忍者としてではなく、執事として本気の攻撃態勢をとる。


「そんなにヤバい奴なのか?」


「魔人族の王子……ラムエと言えば、魔人族最強と名高い男です。彼が出る戦場において、敵国の生還者は誰一人として残らないと噂されるほどに」


「そんな凄いやつがいるなら、この世界はとっくに魔人族のものだろう?」


「スペシャルの燃費が非常に悪いと聞いております。遠く離れた地だと……回復の途中をいくらでも狙えますから、恐らく攻め入れないのでしょう」


 ヨシーダから与えられた情報に、アルは眉一つ動かさずに「なるほど」と口にする。


 それを聞いても尚、臆した様子のないアルが、ラムエには少し不快に感じた。


「でも…………もう終わり。あなたは……私を食べた」


 ニルファから引きちぎった肉を口に咥えていたラムエは、それを一気にごくりと飲み込む。


 すると、ニルファの肉を喰らってきたこれまでの魔物と同じように、ラムエの身体はボコボコと膨らみ始めた。


「なるほど……たった一口でとんでもないマナと魔力の量だ」


 だが、それは次第に静まり、破裂することなく元の姿へと戻る。


「成人する前の俺であれば耐えられなかっただろうが……今の俺ならば問題ない。ククク……ふははは! 馴染む……馴染むぞぉおおお! この力を全て我が身に抑えられれば、休憩など必要ない! 最初から最後までノンストップで戦い続けられる!」


 ニルファの一部とはいえ巨大なマナと魔力を取り込み、より膨大な力を増したラムエは狂喜し、

続きをいただこうとニルファに狂った笑みを向けた。

次回更新は明日13時ごろです

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