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マナドレイン

 魔物として生まれたわけではなく、エルフとして生まれたはずの魔物。それは、そう生まれてしまった者にとって、あまりにも残酷な運命だった。


 親から譲り受けた体内に保有するマナが枯渇すれば、いずれ死に絶える。生き延びるには、他者からマナを奪うしかない。他者からマナを奪わなければ生きられない存在、それが魔物。


 だが魔物には、他者から奪う以外にも、主従契約を結び、契約主からマナを受け取ることで生き延びるという抜け道がある。ロップイがそれだ。


「初めまして、俺はアルデロン・アルハザード。君は?」


 ハットを脱ぎ、礼儀正しくアルはお辞儀を見せる。


 その行動に、エルフの少女は何故か面食らう。


「……ニルファ。姓はない……ただのニルファ」


 そして、ニルファはアルと同じように礼儀正しくお辞儀をした。


「た……ただの普通の女の子じゃないですか」


 挨拶に対してちゃんと挨拶を返す姿に、シオンが戸惑う。


「どうしてこんな場所に一人で? たとえマナを空気中から取り込めなかったとしても、主従契約を誰かが結べば良いだけでは? 会話のできる相手なら、倒す必要もないですよね⁉」


「シオン少年、逆に聞くが、こんな場所に一人でいて……彼女は何故まだ生きていると思う?」


「他の生物を……喰らっているから?」


「喰らっているように見えるか?」


 見えなかった。見えなかったからこそシオンは戸惑ったのだ。こんな美しく、儚げな少女が、他者の命を奪って生き永らえているのか? と。


「私を…………殺しに来てくれたの?」


 その時、ニルファは首を傾げて問うてきた。


 何を言っているのかわからず、シオンは顔を引きつらせる。聞き間違いでなければ、ニルファは今「来た」ではなく、「来てくれた」と喜びを表現したからだ。


「主従契約をしに来たんだ、俺たちの力になってくれないか?」


 アルはそんなニルファに、ニヒルな笑みを浮かべて頼み込む。


 しかしニルファは、首を左右に振った。


「私は戦えないし、戦いたくないから……あなたの力になれない。だからといって……主従契約を結んで無理やり従わせようとするのも、やめておいた方がいい」


「……どうして?」


 その理由が気になり、シオンが問う。


「死んじゃうから」


 そして無表情のまま、ニルファは告げる。


 その主従契約をしようとしているシオンが動揺しないわけがなく、汗が頬を伝った。


「……どういうことですか?」


 無論、口ぶりからそのことを知らなかったとは思えず、アルを睨みつける。


「そう睨むなよ、シオン少年。俺もヨシーダから聞かされていただけで、実際のところ本当なのかどうかは彼女から直接聞くまでは知らなかったんだ」


 ニルファ。エルフ族として生まれた魔物の子。


 彼女は魔物として生まれたが故に、マナを体内に取り込むことができなかった。


 だが、それだけなら生みの親が主従契約を交わすことで、生き永らえることはできる。


 しかし、それを行うことは死に繋がった。


 何故なら、彼女は魔物として、ある特殊な力を持って生まれてしまったからだ。


「マナドレイン……彼女は別に、主従契約を結ばなくても、他者を喰わなくても、マナを他者から奪う力を持っているのさ」


「それってスペシャルですか?」


「スペシャルはマナを消費して発動する力だから違う。彼女のマナドレインは魔物としての特性みたいなものさ、ロップイアスカイラビットが耳で空を飛べるようにな」


「だったら……ニルファちゃんはなんでこんなところに? 主従契約を結ぶ必要がないなら、誰も死ぬことはないですよね? どうして主従契約を結ぶと死ぬかはわからないですけど」


「吸い取りすぎるのが問題なのさ」


「吸い取りすぎる?」


「主従契約すると、一瞬でマナを奪われて死んでしまう……でも、主従契約をしなくても、近くにいるだけで彼女は生物を殺す」


 言われて疑問に感じたのか、シオンは自分の身体を探るように見つめる。少なくとも現在、自分の身体からマナが吸い取られている感覚がなかったからだ。


「残念ながら見当はずれだ。俺が吸い取られるのを防いでいるだけでな」


「アル先生が……? もし防いでいなかったら?」


「この部屋に辿り着く途中で死んでいる。彼女のマナドレインは、近付けば近付くほど……多くのマナを吸い取られるらしいぞ?」


 それは、ヨシーダがもたらした情報だった。


 同時に納得する。どうしてヨシーダを含む討伐体が、手も足も出ずに諦めてしまったのかを。


 実際、過去にヨシーダはこの広間に辿り着くのが限界だった。それ以上近付けば、確実に死に至る量のマナを奪われると判断して、逃げ帰ったのだ。


 仮にできたとしても、一太刀浴びせるのが精一杯だっただろう。


「そしてその力を、彼女は自分で制御できない」


 それが、ニルファがエルフ族に捨てられることになった最大の理由だった。


 傍に置いておけば、いずれマナを吸い尽くされて死に至る。


 そんな危険な魔物を傍に置いていくわけにも、放置するわけにもいかず、ニルファはエルフ族たちの手によって、処分されるはずだった。


「俺を除く世界中のありとあらゆる生物が、彼女にマナを奪われ続けている」


「世界中……全ての生物のマナを……?」


「彼女がこんな最果ての地にいるのはそれが理由だ。離れるほどに吸い取る量が減るからな」


「それでも……全生物ってなると、ものすごく膨大な量じゃ」


「そうだな……だからこそ、彼女は六大種族に狙われることになったのさ」


 だが、膨大な量のマナが、ニルファを守ってしまった。


 どれだけ傷つけ、毒を飲ませたとしても、生命力の源であるマナの力が、ニルファの身体をたちまち再生させる。


 それもそのはずで、彼女に宿っているのは、全生物の生命力そのものだからだ。


 その膨大なマナを求めて、多くの者がニルファへと挑んだ。


 ある者はただ近付くだけで、死に至った。


 ある者は主従契約を結び、死に至った。


 ある者はマナを奪われながらもニルファを喰い、肉体が膨大なマナに耐えきれず、死に至った。


 そしていつしか、誰もニルファに近付かなくなった。


「彼女と主従契約を結び、力の一端を借りることができれば、シオン少年もたちまち無敵の男になれるというわけだ。なんせ無尽蔵にマナが使えるんだからな、なんなら魔力を借りて魔法も使えばいい。試験なんて楽勝だろう?」


「何を言っているんですか……? 主従契約も、誰かの傍にいることもできないから、ニルファちゃんはこんな場所で……たった一人で過ごしているんでしょう⁉ ひどいですよ先生……ニルファちゃんの気持ちを考えて発言できないんですか⁉ 僕のことも弄んで……!」


 怒り心頭のシオンを前に、アルはヨシーダへと視線を向ける。


 そして二人で同時に首を傾げると、ヨシーダは「ッド!」と叫んで一人で笑い始めた。


「とまあそんなわけで、俺じゃなくてここにいるシオン少年と主従契約を交わして欲しいのさ」


 そのままアルはシオンを無視してニルファに話しかける。


「死なせたい……の? 私と主従契約を結ぶことの意味……わかってる?」


「なんだ……案外まぬけなんだな、お姫様?」


「どういう……こと?」


「気付いてないのか? 体内のマナ量が多すぎて感覚が鈍っているのかい?」


 意味がわからず、ニルファは首を傾げる。


 だが、すぐにその言葉の意味を理解して、眼を見開いて驚愕した。先程まで人形のような無機質な表情を浮かべていた少女と同一人物とは思えないほど、信じられないといった顔で。


「ようやく生き物らしい顔をしたな、お姫様?」


「なんで……どうして⁉」


「これは取引だ……お姫様」


「……取引?」


「主従契約しろと言っても、別に積極的に誰かと戦えというわけじゃない。シオン少年が一人前の男になるまで、彼の学院生活をちょっとだけ手伝ってあげてほしいのさ」


 どうしてここまでニルファが狼狽えているのかわからず、シオンは怪訝そうな表情をする。


「報酬は、その状態の維持だ」


「アル先生は一体何を……?」


「彼女をただの魔物にしてあげただけさ」


「それはどういう……?」


「さっきも言っただろう? 防いでいると」


 そこまで説明されて、ようやくシオンも気付く。


 アルは、ニルファからマナを吸い取られるのを防いでいたわけではない。ニルファのマナドレインそのものを防いでいたのだ。


 つまり、今のニルファはただの魔物も同然の状態だった。

更新は明日13時頃予定です

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