アルハザード家へようこそ
「ご主人! こいつぁすげぇ! まるで俺のソウルの片割れが俺の中に溶け込んだかのようだ!」
鉄の馬に跨ったヨシーダは、そのまま庭園に出ると、激しいエンジン音を鳴り響かせてぐるぐると庭園内を走り出した。ヨシーダの頭上には、同じく気に入っているのかロップイの姿もある。
「な、何事……? 何あれ?」
当然の如く、シオンは突然の出来事に困惑していた。
そんなシオンを見て、ルミナが頬を膨らませてヨシーダへと迫る。
「アホ! アホ兄貴! もう少しでシオン君と私が怪我するところだったッスよ! 扉はちゃんと開けて出てくるもんッス! 扉を直すの誰だと思ってるッスか⁉」
しかしヨシーダは、まるで聞く耳を持たずに鉄の馬を走らせ続けた。
その途中、シオンの姿が目に入ったのか、ロップイがパタパタと大きな耳を羽ばたかせてシオンの頭上へと移動する。
「俺に会いに来たんだな? ……言わなくてもわかるぜ」
「いや、全然違うッス。というより……何事ッスか、これは?」
「ご主人がバイクって呼ばれる異世界の乗り物を作ってな、ヨシーダが試乗していたところだ」
「どうしてまたそんな物を作ったッスか……?」
「さあ? それは直接ご主人に聞いてくれ」
別にアルが何をしようがどうでもいいのか、興味のなさそうな顔でロップイは煙草を吹かす。
頭の上に乗られているシオンは、煙たそうにしていた。
「つべこべ言わずにルミナ、お前も乗ればわかる。走ればわかる。口で言ったってダメさ」
途中、多少満足したのかヨシーダがルミナの前にバイクを止めて語り掛ける。
元々少し乗りたかったのか、ルミナはヨシーダに代わってバイクに跨ると「た、楽しいッス~!」と、ヨシーダに負けない勢いで庭園を走り出した。
「お、来たか……随分と早かったな」
そこで、バイクの様子を見に外に出てきたアルがシオンに声をかける。
「あの……あれは一体なんですか?」
「バイクって呼ばれる異世界の乗り物さ、今後、資源を世界中から運びだすのにこういう乗り物が必要になってくると思ってな。魔晶石の力を借りて見様見真似で作っているから、ちゃんとしたバイクじゃないが、まあ試作品としては充分だろう」
実際、バイクは簡素な作りだった。外見だけはしっかりと真似たのかちゃんとしたフォルムだったが、中身はスカスカで、本来なら必要なエンジンや動力源が搭載されておらず、代わりに推進力を持たせるための様々なスペシャルが封じられた魔晶石を積み込んである。
「言っておきますが、絶対に使わせないのです! これは……この世界で使ってはダメなのです」
「なんだ女神様? バイクを知っているのか?」
「馬鹿にしないでほしいのです。それくらいなら知っています! 確かに移動手段としてはとても優秀ですが……それは環境に良くない毒を撒き散らします」
「とはいえ、資源がなければ魔晶石に代わる便利な道具を提供できないぜ?」
「むぅ……ならば、資源や物資を運ぶための移動手段に対してのみマナを使うようにすればいいのです。何もマナを一切使ってはダメというわけではないのですから」
「なるほど……ならバイクを含む、異世界の乗り物は不要か」
「えっと……あの、二人は何の話をしているんでしょうか?」
何やら深刻な顔で話し合う二人についていけず、シオンが呆けた顔を浮かべてしまう。
「マナを使ってはいけないというのは……どういうことですか?」
「そりゃシオン少年、このまま俺たちがマナを使用し続けると世界樹が枯れて、この世界に生きるほぼ全ての者がマナの枯渇で死滅するからだ」
「マナが無くなる……⁉ ありえません! どうしてそんなことがわかるんです?」
「この世界の女神様が、直々におっしゃっているからさ。俺にもなんとなくだが、世界樹の力が弱まっているのがわかる」
「女神様? ……そんなのがこの世にいるわけが」
信じようとしないシオンに対し、アルはファティマの背中をポンッと押し出して「こちらがこの世界の女神様だ」と、教官服ではなく、いつもの女神としての服装に戻ったファティマを見せつける。
あまりにも美しいその姿を直視するのが照れ臭かったのか、シオンは咄嗟に視線を逸らし「ば、馬鹿にしないでください!」と、自分をたばかろうとしているのだと憤怒した。
「どうしてファティマ先生がここに……? というか女神なんてこの世にいるわけがないじゃないですか!」
「おいおい、じゃあ俺がいつも女神様って言っているのが馬鹿みたいだろう」
「……あなたがずっとファティマ先生を女神様と呼んでいたのは気になっていましたが……言わせているだけなんでしょう? 確かにファティマ先生……綺麗ですから」
女神と呼んでも差し支えないくらいに綺麗だと思っているのか、シオンはこれまた照れくさそうにファティマを褒め称えた。女神じゃないと言われて少しショックを受けていたが、綺麗と言われてたまらないほど嬉しくなったのか、威厳を保つために無表情を繕いながら、ぷるぷると口角を上げ下げしていた。
「そうだ、言ってやれ少年、てめえなんかが女神なわけがねえだろババアってな」
「ロップイ、あなたはもう絶対に許さないのです!」
というのも、女神なのに最近、こうやって馬鹿にされ、からかわれたりばっかりだからだ。
「大体にして、どうしてそれなら国王に話さないんですか? 他の貴族たちに事情を話して協力を得られれば……」
「シオン少年のように、誰にも信じてもらえないからさ。俺は……アルハザードだからな」
「……あ」
自分が矛盾したことを言っているのに気付き、申し訳なさそうに顔を俯かせる。
そもそも自分が信じていないのに、王家と他の貴族が、禁忌として扱っている厄介者の話を信じるわけがないからだ。無論、協力を得られることもないだろう。
「だが信じないのならそれでいい、俺は勝手にやって、勝手にこの世界をなんとかするさ」
それに気付いた時、むしろそのことが逆に、信憑性に繋がった。
「……学院に教官として入ったのは、そのためですか?」
「ま、そういうことだな。協力が得られないなら勝手に改革していくしかないからな」
誰も信用していないのに、アルたちは独自でなんとかしようと動いているからだ。
何もないただの嘘であれば、そのために動く必要はない。だがアルたちは、世界を救うという目的のもと、今こうして動こうとしていた。
また、それが悪いことをしようとしていて動いているわけでないのも、ルミナという人格者の友人が、「ご主人」と慕っていることから、なんとなくシオンにはわかった。
そう思った時、少しだけシオンの中で、アルに対する嫌悪感が取り除かれた気がした。
周囲が皆思っているほど、悪い人ではないのかもしれないと。
「とは言ってもだ。この世界を救うのは二次的な目的で、俺は適当に楽しみながらやらせてもらうつもりだ。シオン少年に協力するのも、面白そうだからやるんだぜ?」
「もうちょっと真面目にやるのです……世界をなんだと思っているのですか」
「もともとそういう約束だろ女神様? 俺はたまに相談に乗って協力するだけさ……それにな」
そう言うと、アルはどこか悲しそうな、見ているだけでこちらまで切なくなるような表情を浮かべ――
「楽しく生きられなくなったら、それこそ俺は、世界どころじゃなくなるんだ」
そう言った。
言葉の意味がわからず、ファティマもシオンも、首を傾げてしまう。
だが、その言葉と表情は何故か、シオンとファティマの心に深い印象を残した。いつか、その言葉の意味を知るときが来るのかもしれないと。
次回更新は明日12時頃予定です




