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シオンの憂鬱

「……どうしよう、どうしてこんなことに」


 日が落ち始め、空がオレンジ色に染まりかけた学院の帰り、シオンは心底嫌そうに深いため息を吐いた。いつも通る平民区への道のりではなく、現在シオンは、滅多に赴かない商業区を歩いている。


「あの時……世界樹に入ったのがそもそもの間違いだったんだ。結局……なんの訓練にもならなかったし、キティードラゴンも倒せなかったし……」


 あれから、アルとファティマはまだ授業の時間が割り当てられていないのもあり、シオンのために色々と準備をするからという理由で帰宅してしまった。


 ふけようとも思ったが、今後毎日のように顔を合わせることを考えると得策ではなく、また、試験をなんとかしたいという思いは本当のため、足取りは重かったがアルハザード家へと渋々と向かっていた。


「商業区はやっぱり異種族でいっぱいだな……どうして異種族は敵である人族の街になんか来るんだろう……人族のためにわざわざ生活に必要な魔晶石も届けて」


「それはご主人いわく、どんな種族にも利益を得て自分だけ良い思いをしようとする奴がいるから、らしいッスよ? そしてそういうのは絶対にいなくならない……だそうッス」


「る、ルミナちゃん⁉ いつから後ろに居たの?」


 ふいに背後から聞こえた声にびくつき、シオンは慌てて振り返る。


 そこには、何食わぬ顔で学生服に身を包み、鞄を背負ったルミナの姿があった。


「ずっと後ろで見守ってたッスよ?」


「一応聞くけど……何のために?」


「そりゃもう、ご主人から見張れって言われたからッスよ~」


 元々逃がすつもりもなかったという事実に、シオンは顔を青くする。


 まさか、好意を寄せている相手に、見張られていたとは思わなかったからだ。


「というかルミナちゃんは……どうしてアルハザード家なんかのメイドをやってるの?」


「なんかとは失礼ッスね、私が学院に通えているのも、ご主人が学費もろもろ面倒を見てくれているおかげなんスよ?」


「ルミナちゃんとアル先生の関係っていったい……?」


「それは話すと長くなるッス。今日はご主人がお待ちかねなので、また今度話してあげるッスよ」


 時は夕暮れ、ルミナは時間は有限であるとシオンの手を取り、引っ張って歩き始めた。


「お友達と一緒に帰るのなんて初めてでなんかワクワクするッス! いつもはメイドの仕事のためにスペシャルの【加速】を使って、とっとと家に帰ってたッスから」


「だから、今まで下校時間になるとすぐにいなくなってたんだ……」


 ウキウキと笑顔で商業区を駆ける若い美男美女二人の姿は微笑ましく、商業区内にテントを張り、商品の取引を行っていた行商人や客たちは、そんな二人を暖かい目で見守る。


 だがそんな二人が、そのまま遊郭街に入って行ったのを見て、もれなく驚愕して口を開いた。


「ルミナちゃん、どこに行こうとしてるの⁉」


 アルハザード家が遊郭街の中にあることを知らなかったシオンも、突然入り込んでしまった桃色の雰囲気を放つ空間に慌て始める。


「え? アルハザード家ッスよ? 住所の書いてある紙をシオン君もらってなかったッスか?」


「え…………あ、本当だ。方角的にもこっち……ていうか、なんでこんなところに?」


「ご主人の家が元々あって、後から遊郭街になったんスよ。決してご主人の趣味ではないッス」


 遊郭街は、娼婦とキャッチを行う強面の男たちで溢れかえっていた。


 娼婦たちの纏う服装はどれも、子供には刺激の強い色気を放つものばかりで、シオンは目のやり場に困って頬を赤くしながら俯いてしまう。


「あら、ルミナちゃん。お友達? 連れてきたの初めてじゃない?」


「お友達ッス~!」


「可愛い子連れてるねえ……将来俺んとこで働かねえか? だっひゃっひゃ」


「シオン君は男の子ッスよ?」


「ルミナちゃん、帰りは気を付けるんだよ……まあ、手出しするようなのはいないだろうけど」


 そして目も当てられない人物たちが、こぞって通りすがるルミナに声をかけていく。


 それがあまりにも意外で、シオンは目を丸くした。


「ルミナちゃん……仲いいんだね」


「皆家族みたいなもんッスよ、いい人たちばっかりッス」


 娼婦たちを家族呼ばわりするルミナを一瞬信じられなかったが、さっきまで強面だった男性たちの顔はルミナに会うや否や緩み、客引きで大人の顔を見せていた娼婦たちも顔を明るくしてルミナへと手を振っており、冗談でもないのだと信じてしまう。


 ただの学生に対し、遊郭街のほぼ全員が反応を見せており、たまたまたその時間に立ち寄った他の客たちも、何事なのかと振り返ってルミナたちに視線を向ける。


 それがまた恥ずかしくなって、シオンは視線を逸らして頬を赤くした。


「シオン君ってそうやってしおらしくしていると、本当に女の子みたいッスよね」


「僕は正真正銘の男の子です!」


「だったら強くなって、ちゃんと皆に男だって言い張れるようにしないとッスね!」


 悪気があって言ったわけではないのか、ルミナは無邪気な笑みを浮かべる。


 その顔にそれ以上何も言えず、シオンは引かれる手に道案内を任せて走り続けた。


 暫くして、遊郭街の中に、周囲とは雰囲気の異なる大きなお屋敷を見つけ出す。


 まだ日が出ていたため、ちゃんとしたお屋敷に見えたのが幸いしてか、シオンはすぐにそこがアルハザード家なのだと認識する。


「ここだけ……世界が切り抜かれているみたい」


 アルハザード家を前にして、シオンは息を飲む。仮に魔王がこの世界に存在するならば、魔王の城とはこんな感じなのではないかと思うような、どこか恐ろしい雰囲気があったからだ。


 実際はただのアルハザード家への偏見からくる思い込みで、至って普通のお屋敷である。


「さあさあどうぞッス! アルハザード家にシオン君みたいなピチピチで張りのある若い子が来てくれるなんて初めてで、なんだか嬉しいッスよ」


「ルミナちゃん……ちょっと言い方怖い」


 そのまま、ルミナは庭園への門を開き、シオンを連れて玄関の扉前へと向かう。


 そして、扉を開けようと取っ手を掴んだ瞬間、ルミナは時を止められたかのようにピタっと動きを止めた。


 扉の奥、お屋敷の中から、ファティマの「どうしてそういうモノを作っちゃうんですか!」という叫び声と共に、聞いたことのない「ドゥルン! ドゥルン!」という激しい何かの音が響き始め、それが徐々に扉へと近付いていたからだ。


「ヒィアウィッゴォォオオオオオオ!」


 危険を察知し、ルミナがシオンを連れて扉から飛び退いた直後、激しいうなり声をあげる二輪の鉄の馬に跨ったパリピが、叫び声をあげながら扉をぶち破って現れた。

次回更新は12/14 12時予定です

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