実施訓練その3
「飛行能力は汎用性の高いスペシャルです。……どんな状態でも臨機応変に動けるその力は、地味ながら強力と言わざるをえないでしょう。まずは、自分の力の長所を活かす術を覚えるところから始めさせるつもりです」
「それじゃあ試験に間に合わないから、シオン少年はこんなにも抗っているんだろう?」
「……では、どうするおつもりで?」
「方法なら一つだけあるだろう?」
何も心配していない表情のアルに、ファティマは「まさか」と懸念する。
「だ、駄目なのですよ! 異世界の道具を戦争のために使っては!」
「はやとちりだ、女神様、そう結論を急ぐなよ?」
「では、どうするのですか? 試験の日まで残り三日しかないのですよ! 今から猛勉強でもして、座学で優秀な成績を残させるとかですか?」
「男子、三日会わざれば刮目して見よって言うだろう? 三日もあれば充分だ」
なんとかできる確信があるのか、アルは懐から一枚のメモ用紙を取り出してシオンへと渡す。
「……これは?」
「アルハザード家の住所だ。今日の授業行程が全部終わったらここに来るといい」
「アルハザード家の……住所⁉」
予想外の物を渡され、シオンは戸惑ってしまう。
決して、アルに家の住所を教えてもらったから驚いているわけではなかった。むしろ、アルハザード家の住所はユシール国の人間であれば誰もが知っている。ただ、絶対に近付いてはならない禁忌とされていた場所に来いと言われるとは思ってもいなかっただけで。
「そんな不安そうな顔しなくてもいい。来るか来ないかは自由だ。急を要さないのであれば、ここにいるヨシーダの指導を受けるだけでも充分強くなれるはずだからな」
「そういえば凄い凄いとは聞いていましたが、ヨシーダはどれくらい強いのですか?」
「試してみるといい」
「そんな自信満々に言われたところで試せるわけがないのです」
とはいえまだ出会ったばかり、そのうち嫌でも知ることになるだろうと一旦置いておく。
「なるほど、主従契約ですか」
そこで、アルが何を考えているのか思案していたヨシーダが、閃いたように手を叩く。
「そういうこと。試験を突破することだけが目的なら、強くなる必要は別にないのさ」
「とはいえ、手助けしたところで契約させてもらえるとは思いません。魔物のほとんどは自分を倒した強い相手と契約したがるもの……我々が手助けすれば、我々としか契約を結ぼうとはしないでしょう」
「ほとんどの魔物は、安全を求めるために強い奴と契約を結びたがるからな……でも、逆を言えばそうじゃない奴なら契約を結べるってわけだ」
「心あたりが?」
「一人だけ、な」
「……一人?」
魔物に対しての呼び方ではなく、ヨシーダは首を傾げる。
そんな中、シオンは何をしようとしているのか全く話についていけず、不安そうにおどおどとし、遠くでダグラスが嫉妬深そうにアルたちを見つめていた。
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「……お客様」
ユシール国の反対に位置する極寒の土地の中心部、そこに、全てが氷で造られた城が建てられている。とはいえ、ただ建っているだけで、そこで暮らすことは常人には不可能だった。
常に吹雪いているその土地に入り込むことすら困難であり、その中心部の城の中は吹雪の影響を受けずとも、気温はマイナス80度と極寒。
城の中にいたとしても、火にあたっていなければすぐに身を凍らせてしまう。
だが、全てが氷で造られた城内に火を起こす道具は一切なく、とても生活はできない。
「私を……食べたいの?」
そんな城の最上階で、一人の少女が玉座に座っていた。
寒さをものともしていないのか、雪のように白い肌ながら血色がよく、むしろ、その少女がこの空間を作っているのではないかと思えるような水色の神秘的な長髪で、まだ幼く人形のように美しい容姿をもった少女。
そんな少女が、目の前に迫った一匹の狼のような獰猛な魔物に対し、感受性のなさそうな無機質な笑みを浮かべた。
「いいよ……食べていいよ」
涎を垂らし、唸り声をあげる一匹の魔物に対し、特に警戒心をみせることもなく、少女は両手を広げて歓迎する。
直後、迫った一匹の魔物は少女へと飛び掛かり、鋭く、狂暴なまでに無数に生えた牙を少女の肩へと突き立てて、肉を食い千切った。
「……う」
血しぶきが宙を舞い、宙を舞った血が気温の低さによってすぐさま結晶化していく。
残酷な光景ながら、生命力が噴き出しているかのような神秘的なその空間は、見る者がいれば思わず息を飲んで目を奪われるだろう。
肉を食い千切った一匹の魔物は、元々その少女を喰らうつもりでここにやってきたのか、ご満悦な様子で、くちゃくちゃと肉を引き裂き圧し潰す音をたてて、むさぼっていた。
「ぐ…………⁉ ぎげぇあぁぁあ⁉」
そんな一匹の魔物に、突如異変が襲いかかる。
その魔物が少女の肉を飲み込み、胃袋へと収めた瞬間、一匹の魔物は湯が沸騰するかの如く、身体中がボコボコと膨らみ始めたのだ。
「げぎゃぁぁぁぁああああああああ!」
そして、限界まで肥大化すると、一匹の魔物は風船のように破裂し、体温を失った肉片と血液は結晶化してサラサラと消えていった。
後に残ったのは、噛まれる前の健全な状態のまま少女の姿のみ。
「…………死にたい」
何事もなかったかのように玉座に座る少女は、結晶化した一匹の魔物の肉片を掴み取り、手元で粉々に崩すと残念そうに溜息を吐いた。
「いつ……終わるんだろう」
そして、少女は今日も、悲し気に呟く。
次回更新は明日12時付近予定です
追記※すみません、体調が悪いので21時頃の更新とさせてください




