実施訓練その1
「それで……あなたは何がしたかったのですか?」
ダグラスとの一件から数分後、次の授業の開始まで残り一分もない頃合いで、ファティマは飛ばされ学院の外の草木に埋もれていたアルに問いかける。
アルは帽子を深く被りながら、草木をクッション替わりにくつろいでいた。
「……なんでくつろいでいるのですか」
「すぐに戻ったんじゃ、ダグラス少年の面子がたたないだろ?」
「あんなわざとらしく負けるやり方で、彼の面子が守れたとでも?」
「あれが一番てっとり早く、場を丸く収める方法だったのさ。取り巻きにしても、俺にしても、ダグラス少年にしても……な。恐らく周りの連中にはダグラスの力で勝ったようにしか見えなかったはずだ」
「どうして言い切れるのですか……実際、何故かマルモや他の生徒二人は信じていましたが」
「当然だ。彼らは俺の力を知らない、なのに誰がわざとだと思う?」
考えがあっての行動だったと、アルは笑みを浮かべる。
やはりというべきか、立ち上がって服を叩くアルの姿に汚れは一切なく、特にダメージを負った様子もなかった。
「俺は教官でしかも子爵だ。そんな俺が特に理由もなく伯爵さまの生徒を殴れないだろう?」
「領地を奪還しようとしてきた貴族を含む、騎士千人は叩きのめすのにですか?」
「何を勘違いしているかわからないが、俺は常識的なルールは守る男だぜ? ただ……一方的な理不尽を許さないだけさ……だからこそ、この世界はまだ、この世界のままなんだろう?」
その気になればいつでも壊せる――――
そんな意味が含まれた言葉に、ファティマは女神の身でありながら、ただの人の子相手に、背筋に悪寒を走らせる。
「さて、そろそろ戻らないと次の授業が始まるな」
「それなのですが、あなたと私の授業は急に決まったものなので、まだ他のクラスを含んで時間が割り当てられていないとのことなのです。さっきもマルモの時間を無理に削ってあなたの授業に回してくれたらしいのですよ」
「そうだったのか? マルモ先生には悪いことをしてしまったな」
「何をいまさら……マルモが担任のAクラスは授業が進んでるので問題なかったとのことですが、他のクラスは遅れが出てしまうから勘弁してほしいとのことなのです」
「とは言っても、世界が滅ぶまでの時間は多く残されていないだろう?」
「一日二日でなんとか時間割りの変更を申請すると言っていたので、それくらいは待ってあげるのです。ここはマルモの顔を立ててあげましょう」
「なら少しの間は暇になるな。どうする女神様?」
「暇を持て余すなら、クラスの訓練授業を見学に行って、生徒たちとの親交を深めたらどうかとマルモは提案していたのです。アルハザード家はただでさえ怖がられているからって」
「なるほど。あの先生、いまいちパッとしないが、中々に気を遣える良い先生じゃないか」
「……全くなのです」
突然現れて、これまでの穏やかな学院生活を崩されたマルモの苦労を思って溜息を吐く。
その後、二人は吹き飛ばされた先である学院の外周をグルっと回り、学院の実施訓練所となっている校庭へと足を運ぶ。
校庭では既に授業が始まっているのか、生徒たちが甲斐甲斐しく模造刀をぶつけあい、実戦を想定した訓練を行っていた。他にも、実戦で僅かでも生存能力をあげるための体力作りに励む者や、装備する鎧の重量で動きを鈍くしないよう筋トレをする者、スペシャルに詳しい教官の学者の指導の下、スペシャルの能力を伸ばす訓練を行っている生徒もいる。
「あ……見て、アルハザード先生だよ」
「ダグラス君に負けたって聞いた? なんか一発でやられたって男子が言ってたけど」
「聞いた聞いた! ダグラス君が強いのは知ってるけど……本当なのかな?」
「ダグラス君ならありえるんじゃね? それともやっぱりただの噂だけで、アルハザード先生ってそんなに危険な力をもってないとか? 前からただの一個人が禁忌ってなんだよって思ってたし」
「だったらいいよね、アルハザード先生って雰囲気なんか優しそうだし。あとイケメン」
「いやいや、顔はそんなにだろ。それより俺たちでアルハザード家を倒したらさ、国から恩賞とかもらえるんじゃないか? ダグラス君に協力してもらってさ、俺たちでやっちまわねえか?」
そして顔を出すや否や、生徒たちの間で噂が飛び交った。
「ほら、早速良い効果が表れているだろう?」
「これは……良い効果なのですか? ちらほらあなたを倒して恩賞をもらうとか物騒なことを言っている方もいるのですが」
「だが、少なくともアルハザードに逆らってはいけないという恐怖心は取り除けたはずだ」
生徒たちの表情は先程までとは打って変わり、アルハザードが来たという恐怖心で一致しておらず、各々アルハザードに対して別の新たな感情を抱いたかのような顔をしていた。
それでもまだ怯えている者もいたが、アルが生徒に負けたという情報は、これまで植え付けられていたアルハザードに対するイメージを変えたのは間違いなかった。
「そして俺を倒した面倒な生徒は、逆に俺の力を思い知って二度と手を出そうなんて考えないはずだ。俺に勝ったことで面子も保たれているし、下手なことを言う必要もない……完璧だろう?」
完璧かどうかは怪しかったが、丸く収まってはいた。あんな破天荒な行動にちゃんと意味があったことに、ファティマも「なるほど」と素直に驚く。
「どうして兄貴がここにいるんスか!」
その時、校庭の中心から、校庭の外周に立っていたアルたちにも聞こえるほどの叫び声が響く。
何事かと視線を向けると、そこには一部の生徒たちが綺麗に整列して座る中、取り乱して立ち上がってぎゃいぎゃいと騒ぐルミナの姿と、明らかに浮いた装束を纏ったパリピの姿があった。
「ノリ」
ぎゃいぎゃいと叫ぶルミナを前に、変わらず表情がわからないマスクと帽子を深く被りこんだヨシーダが、淡々と冷静にそう告げる。
次回更新は12/11 12時予定です




