アル先生の素敵な授業1
「それじゃあ早速授業を始めさせてもらう」
朝のホームルームが終わり、授業開始のベルが学院に響き渡る。
「……アイテム学は異世界の道具の知識を与えるだけではなく、実際に作ってもらうところまでやってもらう。材料はこちらで用意するから安心してくれ」
念のためということで正式な担任の教官とファティマは教室の後ろ側に席を設けて座り、アルのアイテム学の授業が始まった。
「最初に前提を言っておくが、俺はこの授業を通して実際に実用化していきたいと考えている。知識を与えるのは俺だが……作るのはお前たちだ。つまり、お前たちが新しい時代を作っていくことになるわけだ」
新しい時代を作ると聞いて興奮したのか、生徒たちは小さくだが「おお」と感嘆の声をあげる。
その様子に掴みはバッチリだと判断すると、アルは笑みを浮かべた。
「実はこの世界にも、異世界で使われている道具があったりする」
アルは教壇に立つと、懐から奪い取ったロップイのジッポを取り出し、生徒たちへと見せた。
「火を起こすための道具であるジッポも、異世界にも普通に存在する」
「ということは……異世界にも魔晶石が?」
最前列に座っていた、眼鏡を着用した真面目そうな黒髪の男子生徒が問いかける。
「いや、魔晶石はこの世界にしかない存在しない特別な石だ。スペシャルがこの世界の住民にしか使えない力でな、他の世界にあっても意味がないんだ」
「ならばどうやって火をつけているのですか?」
この世界、フェルトにおけるジッポの仕組みは単純だった。
蓋を開ければマナが供給され、ジッポの中に入れた魔晶石のスペシャルが発動して燃え盛る。スペシャルの発動時間が終了すれば使えなくなり、魔晶石を取り換えなければならない。
「燃料、例えば酒とか油とか木とか……そういうのに火が燃え移るのはわかるよな? 学生兵士なら火炎瓶くらい作ったことはあるだろう? 火矢だって矢の先端に燃料をつけるものだしな」
とはいえ、その火炎瓶に着火する火も、この世界では魔晶石が使われる。着火の技術が、魔晶石があるために必要ないからだ。
それ以外の手段で摩擦熱による着火方法を知る者も極わずかにいるが、その工程のめんどくささからほとんどは知らず、魔晶石の供給が断たれればフェルトは火のない世界になるといっても過言でないほどだった。
それゆえ、火を扱うスペシャルを持つ者は国のインフラを保つ存在として、重宝されている。
「単純な話、異世界のジッポはその燃料に着火して火を起こしているんだ」
「どうやって着火するんですか?」
「摩擦熱を利用して火をつけるのさ、摩擦による熱の発生を知っている奴はどれくらいいる?」
アルが生徒たちに問いかけると、最前列に座っていた眼鏡の男子生徒を含め、貴族と思われる数人が手を上げる。それだけ、この世界において常識ではない知識だと改めて認識し、アルはやれやれと首を振る。
「摩擦熱というのは、物体と物体が擦り合うことで生まれる熱のことだ。一番身近なもので説明するなら手と手を素早く擦ると手が熱くなってくるだろう? それも摩擦熱になる」
想像していたよりもまともな解説と授業に、ファティマも「おお」と感心する。生徒たちも初めて知った者が多かったのか「へー……これって摩擦熱だったんだ」と声を漏らす者もいた。
「まあ正式には運動エネルギーの一部が失われた時に熱として散逸するのが摩擦熱なんだが、お前たちには多分まだ理解できないだろうから、とりあえず擦れたら生まれる熱だと思ってくれ」
「異世界のジッポも……その摩擦熱を応用して火をつけているんですか?」
「その通り、ここに異世界のジッポを持ってきてある。摩擦熱は物体の質量や物体にはたらく摩擦力の大きさによって熱の大きさが違うんだが、その中でも熱を生みやすい物質を使って作られている」
異世界のオーソドックスなジッポをちらつかせ、フリントホイールと呼ばれる着火石を回転させて火をつけてみせる。魔晶石を使わずに意図もたやすく火をつけたことに驚き、生徒たちはこぞって席を立ちあがり、ジッポを持っているアルへと群がった。
「なるほど……火花を油に着けることで燃え上がらせているのですね」
「よしよし、とりあえず席につきな、嫌でもこれから作ることになる」
アルへの恐怖心はすっかりと薄れたのか、生徒たちは素直に目を輝かせて席へと戻る。
「ご覧の通り、魔晶石なんか使わなくても簡単に火をつける手段はある。これが実用化されればわざわざ火のスペシャルを持つ奴から高い魔晶石を購入しなくても済むんだ……経済的だろ?」
実際、魔晶石は単価が安くとも使い切りで持続時間も短いため、大量に購入せねばならず、使い終わった魔晶石を売却しても、その費用は馬鹿にならなかった。
貴族の生徒は面白い程度にしか考えなかったが、平民の生徒には画期的な道具に見えたのか、うんうんと頷いて激しい賛同を見せる。
その様子を見て、ファティマは安心した顔を見せた。
てっきり、もっとめちゃくちゃで、適当極まりない授業をするものだと思っていたからだ。
「これなら大丈夫そうなのです」と、ファティマも胸に手を当てて安堵する。
「というわけで君たちには火炎放射器を作ってもらいます」
「ジッポを作れなのです!」
だがその安堵は次の一瞬で消え去った。
アルが唐突に教卓の上へ、どこに隠していたのかジッポの数十倍のサイズはある火炎放射器を取り出してドカッと乗せたからだ。
突然の兵器の持ち込みに、火炎放射器を僅かながらも知っているファティマは、思わず席を立ちあがって叫んでしまう。
「これまでの説明はなんだったのですか!」
「異世界には簡単に火をつける手段があると伝えたかったのさ、どうせ作るなら、最初から規模のでかいものからの方がいいだろう?」
「間違っているのです! 規模が大きすぎるのです!」
火炎放射器よりも圧倒的に激しい炎を起こすスペシャルを持った者がいて、それを難なく対処できるスペシャルを持った者たちがいる以上、軍事的な運用は恐らくされないとは予想できるが、それでも危険な兵器にはかかわらず、ファティマは取り乱す。
「なんでそれを作らせようと思ったのですか!」
「火炎放射器は男の理屈」
「全然説明になっていないのです! そんなものを作るのは許せないのですよ!」
ファティマの突然の憤りに、生徒たちは動揺し始める。
そもそも二人はどうゆう関係なのかを含めて。
「あ……アル先生? それは一体どういう道具なんですか?」
そこで、純粋に興味を抱いたからか、シオンが恐る恐る説明を求めた。
「これは凄いんだ。火をつけるだけじゃなく、あらゆる汚物を消毒することができる」
「汚物を……消毒?」
何を言っているのかさっぱりわからなかったが、とりあえずは先程のジッポよりも大きな火を起こせる道具なのだと理解する。
アルはアルで、異世界で読んだ漫画や、映画で使われていた火炎放射器の運用方法を思い出し、眼をキラキラとさせていた。
「ぶっちゃけ言うと、これさえ作れればあとはもう規模を小さくするだけでいろんな物を作れるようになるはずだから、これを作らせるのが一番てっとり早いのさ」
「めんどくさがっているだけなのです!」
「そんなことはない、他にもまだまだ教えないといけない道具はあるし、作らせないといけないんだ。期限を考えたら、短縮は重要だろ?」
「う……で、でも、間違っているのです!」
二人の会話の意味がわからず、ルミナを除く生徒たちは困惑して二人の言い争いを見届ける。結局、ファティマが押し切り、生徒たちにはジッポよりもさらに簡易的な着火道具を作らせることになった。
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「アルハザ…………アル先生!」
一限目の授業が終わり、アルが教官室へと戻ろうとファティマのネチネチとした説教を受けながら廊下を歩いている途中、少女にしか見えない金髪の少年が後を追って慌ただしく廊下を駆ける。
次回更新は12/08 12時予定です




