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ゴリマッチョ先生

「…………はぁ」


 太陽が昇り、鳥のさえずりが聞こえる天気の良い朝。


 いつもの学生服に身を包み、少し長めで艶やかな輝きを放つ、美しい金髪の少年は暗い顔で溜め息を吐いた。


 シオン・スコット。王国が設立した騎士を養成する学院に所属する女性にしか見えない高等部の一年生。


 将来、王家に仕える騎士を目指す――平民区に住まう少年。


 シオンは生まれ持ったスペシャル【飛行能力】を16歳の歳になっても未だ扱いきれていなかった。


 また、戦いにおける技術の低さと、並みの女性よりも美しいその容姿から、多くの者に馬鹿にされていた。


 貴族からは所詮平民と馬鹿にされ、同じ平民の仲間からも男女と馬鹿にされている。


「僕は……本当に駄目だな」


 だがシオンは、そう言われても仕方がないと思えるほど、自分に嫌悪していた。


 先日、世界樹の聖域にこっそり特訓をしに行ったが結局何もできず、アルハザード家の人間を前にして無様に逃げたあげく、結局アルハザード家が戻ってきたことを誰にも伝えられていない。


 何故なら、それを伝えると聖域に立ち入ったことがばれて怒られてしまうからだ。


 せめて友人に話せればとも思ったが、よく考えれば相談できるような友人もおらず、シオンは教室の机に頬をくっつけて泣きそうになってしまう。


「もうすぐ試験だな、お互い生き残れるといいな?」


「はん……誰に向かって言っている? 力が強いだけで頭の回らない平民のお前に心配されるなんて心外だな。私を馬鹿にしているのか?」


「おーおー、貴族様は自信たっぷりのようで、ま……いざという時は守ってやるよ」


 既に教室内はほとんどの生徒が登校を果たし、朝のホームルームまでの時間を各々有意義に過ごしている。シオンの周囲の席で、それぞれ生徒が楽しそうにだ。


「シオン君、なーに暗い顔してるッスか?」


「ルミナちゃん……! おはよう!」


「おはようッス~!」


 そんなシオンに対し、学生服に身を包んだルミナがいつもの明るい笑みを浮かべて声をかける。


 ルミナは、唯一シオンに話しかけてくれる同級生だった。誰に対しても分け隔てなく接し、騎士になりたいという願望もなく、これといった欲がないため同級生からの人気も高い。


 それなのにルミナは、シオンによく話しかけてくれていた。友人とまでは恐れ多くて思えずにいたが、それでも話しかけてくれるのはシオンにとって、とても嬉しいことだった。


 ルミナと話している間は、普段嫌味を言ってくる同級生も、ルミナに嫌われたくないのか何も言ってこないからだ。


「ちょっと……人には言えない悩みがあって」


「そうなんスか? ……私でよければいつでも聞くッスよ! 後でこっそり教えてほしいッス」


 そう言ってルミナは太陽のように眩しい笑顔を見せた。


 ルミナ・ルミエール。彼女は学生たちの間でも謎が多い人物とされている。騎士になりたいわけでもないのに多額の金を払って学院に通い、帰る時間になると誰も気が付かない間に学院の敷地内からいなくなっているからだ。


 平民なのか、貴族なのかもわからなかったが、大きな顔はせず、また、人望もあったため、生徒は皆深く事情を聞こうとはせずにルミナを受け入れていた。


 無論、人気があるため、シオンに話しかけに行くことを快く思っていない者は多い。


「本当? それじゃあ……」


「よぉーシオン? 今日も可愛い顔してるなぁ?」


 ルミナに先日のことを打ち明けようとした瞬間、隣の席で話をしていた青髪をオールバックまとめた貴族の少年が机を叩いてシオンへと顔を近付けた。


 ダグラス・ハルバード。伯爵であるハルバード家の跡取りの息子であり、学院内の成績も優秀で貴族からも平民からも将来を期待されている少年。


「ちょっとちょっと、今私がシオン君と話をしているッスよ」


「悪いなルミナちゃん、ちょっと急ぎでシオンに話があってさ~……席外してくんないか?」


「え、そうなんスか?」


「そうそう、だからさぁ~……今は俺たちに話させてくれよ」


「わかったッス~! それじゃあシオン君、また後で話を聞かせてほしいッス」


 ダグラスは特に、素性のわからないルミナに対して特別な感情を抱いているわけではなかったが、シオンには毎日のようにちょっかいをかけていた。


 ルミナがシオンと話していると、決まってダグラスが邪魔をしてくる。


「おいおい……平民の落ちこぼれが楽しそうにしてんじゃねえよ?」


 ルミナが席から離れた瞬間、ダグラスはさらにシオンへと顔を近付けてすごむ。


 逃げ出そうにも、ダグラスの取り巻きである生徒二人が既に囲んでいるため逃げられない。


「別にいいだろ……それより僕に何のようだよ」


 そのため、シオンは視線を逸らしてやり過ごすしかできなかった。


 悔しそうに少しだけ涙目になって視線を逸らすシオンの様がたまらなく優越感に浸れるのか、ダグラスは嬉しそうに歪んだ笑みを浮かべる。


「気にくわねえんだよ……実力もねえくせに、お前が楽しそうに誰かと話してるのがな」


「ただ……邪魔したかっただけかよ?」


「ああそうだぜ? 当然だろう?」


 直後、ダグラスは席に座るシオンの頭を強引に鷲掴んだ。




「お前は…………俺とだけ話していればいいんだからよぉ……な?」




 そして、頬を赤らめ、呼吸を乱しながら、これでもかと優しくシオンの頭を撫で始めた。


 至近距離で息を乱して頬を赤らめるダグラスにシオンは背筋を凍らせ、顔を青くするとげんなりとした表情を浮かべた。


「そろそろいいだろう? なあ……俺に仕えろよ…………な? 後悔させないからよぉ……な?」


「絶対に……嫌だ」


 ダグラスは、シオンに好意を抱いていた。無論、友達としての好きではなく、もう一方の好きという意味で。


「ふーん、あっそう…………なら、これからも嫌がらせは続けないとなぁ?」


 ダグラスが合図を出すと、取り巻きの生徒二人がシオンの机に濡れた雑巾をぶちまける。


 ダグラスの好意は、果てしなく歪んでいた。シオンを追い込むことで心を弱らせ、いつか自分のモノにしようと考えるほどに。それほどまでに、ダグラスにとってシオンの容姿は美しかったのだ。男であることなど些細だと思えるほどに。


 尚、シオンは他の者から見下されてはいるし、ルミナと接することを面白く思われてはいないが、ダグラス以外からはいじめを受けていない。


 また、人気の高いルミナがシオンに話しかけるのをダグラスが面白く思っていないのは、ルミナにシオンを奪われるのを危険視しているからである。


「もう……僕に関わらないでよ」


「そうはいかねえよ、お前は絶対に……俺のモノにする。早いところ、諦めてくれると嬉しいぜ。まあ……どうせお前は騎士になれないだろうし、学院を卒業した時に、俺の伯爵としての権限でお前を俺のモノにするから……遅かれ早かれ俺のモノだけどな?」


 その時、教室のドアがガラッと開き、担任の教官が中へと入る。


 朝のホームルームが始まる時間になったことを察すると、ダグラスは撫でるようにシオンの顎をさすると、そのまま自席へと戻っていった。


「た……助かった」


 良いタイミングで教室に入ってきてくれた教官に感謝しながら、シオンは机の雑巾を綺麗に片付けて、頬を机へとくっつける。


「騎士にならないと……絶対に騎士にならないと! 次の試験で評価されないと……僕は!」


 自分の未来を想像して、シオンは手を口元にあてる。メイド服を着せられる等、辱めを受けるのが容易に想像できたからだ。間違っても執事服を着せられることはないだろう。


「きょ……今日から私と兼任して、このクラスの担任と副担任になられる先生を紹介します」


 試験を前に新しい教官が加わることは珍しく、教室がざわつく。


 また、いつもは明るい担任の教官が妙に元気のないことから、教室内に不穏な空気が漂った。


「なになに……先生どうしたの?」


「もしかしてクビになったとか?」


「えー……でも、兼任になったって言ってたよ」


 すぐに教室内で生徒たちによる憶測が飛び交う。


「それでは早速……挨拶してもらいます」


 どうせすぐにその答えがわかることになるのに、無駄な会話を繰り広げる他の生徒を少し羨ましく感じながら、シオンも教室の外で待機している、新しい担任の教官の登場を待った。


 直後、教室の扉がゆっくりと開かれる。


「紹介します……このクラスの新しい担任になる…………アルデロン・アルハザード先生と、副担任になります、ファティマ・ゴリマッチョ先生です」


 そして廊下から、とても教官とは思えない藤紫色のハットとコートに身を包んだ銀髪の青年と、きっちりと教官服を着用した、輝くほどに眩しいと錯覚するほどの美女が登場する。


 ざわついていた教室内は一瞬のうちに静まり返り――――


「「「「ええええええええええええええええええええ⁉」」」」


 数秒後、叫び声で満たされた。

次回更新は12/04 12時予定です

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